第30話 冷たいダンス
「ずっと……私を騙していたの?」
目の前の竜に向かって真っ直ぐに伸ばした刃に、震えはない。
「毎日必死で強くなろうとして……帰れないって泣いてる私を見て、楽しかった?」
口を突いて出てくる言葉は、どこか他人のもののようで、本当に自分が話しているのか、よくわからない。
金の瞳の竜が何か言っているけれど、風のせいだろうか……言葉が何も聞こえない。
そうか、これは夢なんだ。
どうしてか竜も悲しそうだし……なんだかすごく寒くて、嫌な夢だな。
早く夢から覚めて、帰りたい。
あたたかなあの人の所へ、帰りたい。
あの人って、誰だっけ……?
わからないけど
でも
そうだ。
さっき教えてもらった。
怖い夢を終わらせる方法はただ一つ。
花喰い竜を──殺せばいいんだ。
「──やめろ、ラーラマリー!!」
鋭く風を切る刃を避けながら、ジークヴァルトは呻いた。
ラーラマリーの様子がおかしい事は、その瞳と表情を見れば一目瞭然だった。
生気のない虚な瞳の今の彼女は、恐らく魔物に取り憑かれている。
愛らしい口から紡がれる鋭利な言葉達が、言わされているのか、それとも彼女自身が本当に言おうとして溢れたものなのかも、今はわからない。
そうとわかっていても、ラーラマリーと少しでも長く一緒にいたいという己の欲で真実を隠していた事を、愛しい彼女の口から問い詰められ、ジークヴァルトの胸は酷く軋んだ。
「お願いだ、ラーラマリー! やめてくれ!!」
叫ぶジークヴァルトを追い詰めるように、ぐるんと大きく回されたラーラマリーの腕が短剣を勢い良く振り抜き、かわされた瞬間、彼女はぐんと姿勢を低くして、振り回す剣の反動のまま、まるでコマのように今度はジークヴァルトの脚を切りつけんと迫ってくる。
後ろへ大きく跳躍したジークヴァルトに距離を取られ、ゆらりと立ち上がったラーラマリーは、広がるリュスタールの花々を大きく踏み躙りながら、剣を構えて鋭い速さでその後を追う。
冷たい風で頰が痛い。
ぶんと高く上がったラーラマリーの蹴りを片手で受け、普段と違うその重さに、ジークヴァルトは顔を歪めた。
(この動き……やはりあいつが……)
殺気の籠る鋭い突き、体重の乗った重い蹴り、何度も繰り返す上下の攻撃に、演舞のような大振りの太刀筋。
そのどれもが、目の前で自分を殺さんと迫ってくる彼女が、彼女ではない事を物語っている。
(ラーラマリーの蹴りは、もっと跳ぶように軽やかだ。今の俺の突きを避けるなら、左じゃなく右……ああ、違う。彼女はそんな腕の振り方をしない。やめろ! 彼女の動きはそうじゃない!! このままでは……ラーラマリーが壊れてしまう!!)
目一杯振り抜かれる刃の音を聞くたびに、ジークヴァルトの焦りが強くなる。
ラーラマリーの動きは、まるで熟練の戦士のように澱みなく力強い。
それが取り憑いた魔物による動きであり、華奢なラーラマリーの身体にどれだけ負担を強いているかは明白だ。
早く飲み込んだ黒い魔力を消さなければ。
そうは思うが、ラーラマリーの体を傷付けずに、猛攻を避けつつ彼女を捕らえるのが難しい。
さらには、あと一歩で流れを掴めるという時に、不意に動きが普段のラーラマリーに戻るのだ。
それがジークヴァルトの心を激しく掻き乱し、攻防をさらに複雑にしていた。
どれくらい時間が経ったのか。
空はもう重暗い灰色だけが広がり、夜を呼び寄せている。
ぐんと勢いを付け、まるで突進するかの如く切り付けようと向かってきた短剣を、あわよくば遠くへ飛ばせればと蹴り上げ、ジークヴァルトは息が止まった。
向かってくる勢いが速すぎたせいか、ラーラマリーは跳ね上がった剣を離す事なく大きく体勢を崩し、鋭い刃を握り締めたまま倒れ込もうとしていた。
(危ない──!!)
ジークヴァルトは咄嗟にラーラマリーの服を掴み、ぐんと勢い良くその身を引き上げ、抱きしめるようにぐるりと体を捻って位置を替え、彼女の身を庇う。
お互いの勢いを殺しきれず、ジークヴァルトはそのままどさりとリュスタールの花畑に背中から倒れ込んだ。
その衝撃で周囲には無数の白銀の花びらが舞い、ジークヴァルトの上、息も付かずすぐさま起き上がり馬乗りになったラーラマリーは、ジークヴァルトの心臓目掛けて、力一杯短剣を振り下ろした。
「──っ!!」
仰向けになったジークヴァルトの胸に、銀の切先からぼたりと鮮やかな血が滴り落ちる。
「……じーく」
動かない剣を握りしめ、上に跨ったままグシャリと顔を歪めて涙を溢したラーラマリーに、ジークヴァルトは僅かに眉を寄せ、涙を滲ませ笑って見せた。
「……泣くな。俺は大丈夫だから。……せっかく貰った服を……もう汚してしまった。すまない」
ボロボロと溢れるラーラマリーの涙を拭うように、ジークヴァルトがその頬にそっと手を添える。
ラーラマリーの剣は、ジークヴァルトの心臓には届いていなかった。
振り下ろされた刃を、寸前の所で咄嗟に握り締めて素手で受け止め、ジークヴァルトは捕らえたラーラマリーの胸に大量の魔力を流し込んで魔物の魔力を消していた。
ジークヴァルトが放った、円が重なり中心から放射状に線が伸びる魔法陣──まるで馬車の車輪のようなそれがラーラマリーの中を通り過ぎていくと、濁っていた水色の瞳は光を取り戻し、普段の愛しい彼女に戻っていた。
「ジーク……私……ごめんなさい……!」
意識を取り戻し混乱しているのだろう。
ラーラマリーは剣を固く握り締めたまま泣きじゃくっている。
「いいんだ。何も話さなかった俺のせいだから。それに相手がちゃんとラーラマリーなら……お前が本当に俺を殺したいと願うなら……俺は別に、殺されてもよかった」
あやすように穏やかな声でそう言えば、ラーラマリーはさらに大粒の涙をこぼし、顔を歪ませて首を横に振った。
「殺したい訳ない……! ジークを殺すなんて……そんなこと、望むわけない……!!」
「……そうか」
彼女の本心からの言葉だろう。
ジークヴァルトは腹の上で泣くラーラマリーを撫で、ほっと安堵の息を吐くと、柄を握り締め固まったままの彼女の指をゆっくりと解いてやり、優しく短剣を奪い取った。
手のひらから流れ続ける血で、彼女をこれ以上動揺させないよう、短剣と一緒にリュスタールの花畑に傷付いた手を下ろして隠し、雲が晴れ星が見え始めた空を背にする彼女を見上げながら、ジークヴァルトは静かに、ラーラマリーが泣き止むのを待つ。
まだ心がぐちゃぐちゃなままのラーラマリーは、堪えきれず、ジークヴァルトに尋ねた。
「ジーク……教えて。どうして私を選んだの……?」
ジークヴァルトは言葉に詰まった。
──選ぶ。
それは、永遠にも思える孤独を共にする相手として、という意味だろうか。
だが、ジークヴァルトはラーラマリーを家に帰すつもりだ。
もう彼女を選ぶ気はない。
どう答えるべきかと悩んでいる間に、泣き続け顔色の悪いラーラマリーはさらに問いかけてくる。
「どうして、私をここに呼んだの……? 生贄になれだなんて、どうして……」
「生贄……? 何のことだ。ラーラマリー、俺は──」
思わぬ言葉に体を起こし、上に乗るラーラマリーを抱きしめて詳しく真意を問おうと顔を覗き込む。
ジークヴァルトは彼女の顔を見てゾッとした。
疲れと動揺、それから周囲の暗さのせいだと思っていたラーラマリーの顔色の悪さは、近くで見れば本当に血の気が引いたように青白く、唇の色まで無くしている。
「ラーラマリー!!」
冷たくぐったりと体の力を失い始めた彼女を抱きしめ、意識を繋ぎ止めようと必死で名を呼ぶ。
「……ジーク……どうして……」
だがラーラマリーはうわ言のようにそう繰り返すだけで、呼びかけに答えることなく、やがて重い瞼を閉じると、ジークヴァルトの腕の中で、そのまま意識を手放した。
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