第22話 変化

「ジーク! さっきのどう!? 上手く避けたと思わない!?」


 飴を受け取ったあの日から三週間が経った、穏やかな朝。

 

 例の如く鍛錬を続けている二人は、風で運ばれた赤や黄の葉が点々と模様のように落ちる石畳の中庭で向かい合い、ラーラマリーはしっかり構えの型をとったまま、頬を上気させ水色の瞳を輝かせた。


「ああ、そうだな。凄く良かった。回転の時、軸足のぶれが全くなかった」


「やっぱり!? ね、さっきのもう一回やって! 同じ事できるかやってみるから! いい!?」


 目を細めて褒めてくれたジークヴァルトに食い気味にお願いすると、ラーラマリーは興奮のまますぐに彼に向かって走り出した。


(まず左、左、それで回し蹴りを下に避けて、片足を軸に回転したら、そのまま突きを防いで、次は右──)


 頭の中で先程の動きをなぞりながら、ジークヴァルトの周りを舞うように挑む。

 

 技を交わし合い、避け合い、攻防を続け、予定していた動きを全て出し切った後も、その軽やかな交わりは長く続いた。


 ジークヴァルトの動きは、高い蹴りも、躱わす手も、踏み込む姿も、まるで猛獣が大きな弧を描き踊るかのようにしなやかで美しい。


 彼と攻防を続けていると、その優雅な流れと一体になったような不思議な感覚に陥ってしまう。

 

 ラーラマリーは繰り出された突きを顔の横スレスレでするりと回って避けながら、思わず笑みを溢して言った。

 

「ジーク、楽しいね!」


 クシャリと目を細め声を弾ませるラーラマリーは、その表情と言葉に、ジークヴァルトが息を呑んだ事に気づかず、拳を当てようとそのまま踏み込んだ。


 きっとジークヴァルトはこれを避け、自分はさらにそれを追いかける。

 そう思いながら、お互いの意識が一つになったようなこの攻防をどこまで続けられるかと胸を躍らせ、昂揚のまま拳を突き出したラーラマリーは、驚いた。


「──わ!!」


 彼に避けられると思っていた拳は、上から包むようにジークヴァルトの手で優しく掴まれ、ぐいと彼の方に引き寄せられる。


 踏み込んだ勢いを殺せず彼の胸へ飛び込めば、ラーラマリーは片手を取られたまま、ジークヴァルトに突然、強く抱きしめられた。


 突如自分を包み込んだ温もりに、ラーラマリーは戸惑い大きく目を見開いた。


「な……! ちょ、ジーク…!?」


 狼狽えて声を上げたが、彼女を閉じ込めるように背中に回された腕は、緩む気配がない。

 顔を俯かせているのか、耳の上、髪にその頬を埋めるようなジークヴァルトの熱を感じて一気に顔が熱くなる。

 

 顔を動かすこともできず、彼の頑強な肩を見つめるしかないラーラマリーは、逃れるため身を後ろに引こうとするが、逃げるなとばかりに背に回された腕がやんわりと力を強めた。


「ジーク、あの……は、離して」


「嫌だ。離したくない」


 低く縋るようなジークヴァルトの声が耳元で響き、胸の奥がぞくりと甘く痺れる。

 

 ぴたりと固まった彼女に、堪えきれないとばかりに吐息を混じらせ、強く抱きしめたままジークヴァルトは言った。

 

「──好きだ」


 はっきりとした言葉に、ラーラマリーは息が止まった。


「好きだ、ラーラマリー。お前を離したくない。俺とずっと、共にいてほしい」


 重ねて言われ、ラーラマリーは溢れんばかりに目を見開き、心臓は早鐘のように煩く鳴り始めた。


(え……今、なんて……すき……好き!? ジークが──私を!?)


 言われた言葉が飲み込めず、大きく動揺したラーラマリーが言葉を詰まらせていると、ジークヴァルトが僅かに拘束を緩め、不安げな金の瞳で彼女を見つめた。


「……俺はラーラマリーが好きだ。一緒にいたい。……返事は?」


「わ……私、は……」


 どうして今まで気付かなかったのか。

 じっと射抜くように自分を映すジークヴァルトの瞳には、確かに熱がこもっている。


 だが突然の事で上手く言葉が出てこず、返事は、とねだられても困ってしまう。


「……俺の事は、嫌いか? 触れられるのは嫌だと思うか?」


 僅かに揺れる瞳で尋ねられ、ラーラマリーは顔を真っ赤にしたまま首を横に振った。


「い……いやじゃない、し……嫌いな訳ない」


 何とか紡いだ言葉はそれだけだったが、ジークヴァルトに告げられ意識してみれば、それまで気付いていなかっただけで、答えはもう出ている。


 だがラーラマリーの心の中には、好意を告げられた喜びと同時に、不安も広がっていた。


(私も……ジークが好き……だと思う。でも、まだ生贄の事、話してない。自分がどうなるかもわからないのに、好きって伝えてもいいの……?)


 考えている間に、ラーラマリーの言葉で安堵したジークヴァルトは、瞳を甘く細めると、再び彼女を強く抱きしめ、その琥珀色の髪に鼻を埋めた。


「嫌じゃないなら、今はそれでいい。好きになって貰えるように努力する。それでもし、ラーラマリーが俺と……そうしたら、俺はお前に──竜のと誓う」


「ジーク、私──」


 驚く程に真剣な声で言われ、ラーラマリーが口を開こうとすると、城と中庭を繋ぐ大きな扉の方から、突然城中に響くほどの大声がした。


「あーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 ジークヴァルトに抱きしめられたまま、ラーラマリーは飛び上がる程にビクリと肩を揺らし声の方を見ると、そこにいたのは、抱えていたであろう山のような洗濯物を全て地に落とし、口をあんぐり開けて瞳を輝かせているメルナリッサだった。


 抱えていた洗濯物がなくなっている事に気づいていないのか、手のひらを上にして両手を前に出したまま、メルナリッサは期待と興奮を滲ませ、わなわなと震えている。


「え……ちょ、それ!! もしかして……!!」


 上手く言葉が出ないメルナリッサに、ラーラマリーを閉じ込めたままのジークヴァルトは、幸せそうに笑いながらさらりと言った。


「ああ、今ラーラマリーを口説いている所だ」


 あまりにも直接的に堂々と表現され、ラーラマリーは赤かった顔をさらにぼっと赤くした。


 それを見たメルナリッサは、みるみるその顔に喜びを映すと、息を大きく吸い込み、二人の方へ駆け出したいのを我慢するようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、城の中へ向かって大声を上げた。


「ちょ、え……キースーーーーーー!!!! キース、キース!!! オルフェも!! 早く!! 早く来て!!!!!! 早くーーーーーー!!」


 何がそんなに嬉しいのか、喜びを爆発させたメルナリッサは、じっとしていられないとばかりに、落ちていたシーツやタオルを巻き上げながら、その場で何度も何度も側転をしてくるくると回る。


 キースとオルフェが駆け付けると、我慢の限界を迎えた彼女は、「やったーーーー!!」と声を上げながら庭中を駆け回り始めた。


 恥ずかしさと驚きとで困惑するラーラマリーを抱きしめたまま、くるくると飛び跳ね喜び続けるメルナリッサを見て、ジークヴァルトは声を出して笑った。





 これを境に、ラーラマリーが思わず隠れたくなる程に、ジークヴァルトからこれでもかと愛を囁かれる、甘い日々が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る