第3話(2)

想定外だったのは、台帳の取り扱いについての検討結果であった。

台帳管理部門から提出された報告を読み、アレクサンドラはもう少しで、机前で所在なさげに立っている管理者に対し声を荒らげるところだった。

まずは、担当部門の考えについて共有をと申し伝えたが、内容を要約すると、


・今回の事件は、台帳にアクセス可能な者が、犯罪的な利用を目論んで台帳に細工をし、かつ使用時のルール違反の結果、誤った認証がなされたことによって発生した。

・このうち台帳への細工、すなわちページの差し替えについては、人目がない折を見計らい密かになされたものと思われるが、管理棚の構造上と冊数により、そのような不正が行われても物理的に目が行き届かず、監視することは困難である。

・また、使用時のルール違反については、多忙な時は常態化していたという証言を複数聴取したが、申請が混んでいる時は特に、誰かに助力を頼むことが容易ではなく、独りでチェックする方ことも、正確性が保たれるのであれば許容しても良いのではないか。

・いずれにせよ今回の事件は、認証作業の手順と台帳管理棚の構造上、発生してしまった事態であり、害意ある者を認証から排除することが唯一かつ最善の策だと考える。


現状の分析が粗く、代わりに指示していないのに解決策の案が記されている。

しかも、今後類似の事件が起こるのは構造上仕方がなく、犯罪者を近づけないのが解決策であると悪びれていない。

落ち着きなさい、感情をぶつけてはいけないと、非常に苦労して自分を諫めると、アレクサンドラは管理者に労いの言葉をかけ、じっくり読ませてもらうと伝えて一度下がらせた。

しかしドアが閉まり、足音が聞こえなくなったところで、アレクサンドラは彼女らしくもなく、報告書を机上に捨てるように投げた。

天井のアカンサス模様を睨みながら、やるせなさのあまり早鐘を打つ鼓動を聞く。


どう検討すればこのような結果が導き出されるのか、とアレクサンドラは苛々と溜め息を吐いた。

気が進まずに適当に考えたのだろうかとも訝り、事件後に接した折の態度を見た限りではそれはないと打ち消したものの、真摯に考えてこの結果なのであれば問題はより深刻であった。

とりあえずこの報告に関して彼にどんな指示をすれば、アレクサンドラの意図に沿ったものが再提出されうるか、能力込みで丁寧に考えた方が良さそうだ。

アレクサンドラは呼び鈴を緩慢に鳴らし、メイドに茶を命じた。

ここでもまた人が障害になり、アレクサンドラが考えた通りに物事が進まない。


顔色を見るのではなく、顔を見よとは農夫ミハイルに授けられた知恵だったが、これらの譲歩は顔色を見たことになるのではないかとアレクサンドラは憂鬱になった。

このような場面で、顔を見て動くにはどうするのが正解なのだろうか。

トップに立つ者として、高圧的な態度は論外だが、謙(へりくだ)りすぎるのも不適切だとかつて学問として覚え、補佐として一部を味わったところだったが、では適切なラインはどこに引くべきなのか、候補すら浮かべられない。

己の未熟さが身に沁み、公証長の就任は時期尚早だったのではないかと、最近の彼女を専ら苦しめている思いが胸を去来し、アレクサンドラは執務室で独り項垂れた。

歴代公証長はどなたも、このような苦労を経て来られたのだろうか。

中には女もいたはずが、その女伯爵はどうやって嵐を避けていたのだろうと思いを馳せながら、茶が届くまでぼんやり考えた。


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