君とAIの365日

Algo Lighter アルゴライター

🌸 プロローグ『春の入口』

サクラが散る音はしないけれど、

窓の外を流れていく薄桃色のかたまりを見ていると、胸の奥で何かがさよならと言っている気がした。🌸


「……これで、ほんとに終わりなんだ」


リナはベッドの端に座り、右足のサポーターを見下ろす。

きゅっと巻かれた白い布は、まだ少しだけ痛みを覚えている膝を、

それでももう走らせてはくれない。🏃‍♀️✖


机の上には、部活ノート。

表紙のはしっこには、マジックで大きく書かれている。


「インターハイ出場!!」


その文字の上に、赤ペンで雑に引かれた一本線。

代わりにカレンダーの今日の日付には、青いボールペンで小さくこう書かれていた。


「AIDEN開始日」


「AI学習パートナー・AIDEN」

広告チラシのキャッチコピーは、やたら明るいフォントでそう宣言している。

「キミだけの最適な学びをデザイン!」✨📊


「最適な学び、ね……」


リナは、ノートパソコンを開いた。

画面の真ん中に、シンプルなロゴが浮かぶ。

青い円の中に、小さな三角形――再生ボタンみたいなマーク。▶


ロード画面のあと、柔らかいフォントの英語が現れる。


“Welcome, Rina. Start your learning journey.”


「そんな簡単に“旅”とか言わないでよ……」

苦笑しながらも、指はタッチパッドの上で次のボタンを押している。


「リナ、マジで入れるの、それ? AIに魂を売るやつじゃんw」


放課後の寮の部屋に顔を出したユウマが、

ポテチの袋を片手に、遠慮なくベッドに腰を下ろした。🎨🍟


「売るほど立派な魂なら、まずインターハイ行ってるって」

「うわ、その自虐はちょっとキレが重い」


ユウマは眉をしかめ、ポテチをひとつつまんでリナに差し出す。

リナは「太る」と言いながら受け取ってしまう。👀


「先生がさ、“AIがあれば、走れなくなっても別のフィールドで勝負できる”とか言うんだよね」

「山本先生、それはそれで名言っぽいけどさ……」


ユウマは、机の上のAIDENのチラシをひょいとつまみあげた。


『正答率・ミスの傾向・集中時間をすべて可視化!

キミの“粘り方”まで学習する、次世代AIチューター。』


「“粘り方まで学習”って、なんかホラーじゃない?👻」

「やめて。もう申し込みしちゃったんだから」

「ま、リナは向いてそうだけどね。数字とかグラフとか、好きじゃん」


リナは少しだけむっとして、画面に視線を戻した。


「好きっていうか……走れないなら、せめて受験で結果を残さなきゃ、ってだけ」


その言葉を口にした瞬間、部屋の空気が少し重くなる。

ユウマは何か言いかけて、代わりにポテチの袋をぎゅっと握った。


「……結果出なくても、リナの価値は減らないでしょ」

「減るよ」

即答だった。自分でもびっくりするくらい。


「だってさ、私、“足が速い”しかなかったじゃん。

 それが消えたら、テストの点くらいでしか、自分守れないじゃん」


ユウマは視線を落とし、指でポテチの塩をなぞった。

「AIに評価されるの、怖くない?」

「怖いよ。でも、人に評価されるのも怖いし」


「じゃあ、評価されない世界に逃げて来いよ、美術室。

 キャンバスは点数つけてこないぞ?🤣」


ちょっとだけ笑ってしまう。

その一瞬の笑いが、逆に今までの自分の重さを浮き彫りにする。


AIDENのセットアップは、思ったより淡々と進んだ。


「得意科目・苦手科目を選んでください」

「志望校のレベルを教えてください」

「一日の学習可能時間を入力してください」


チェックボックスとプルダウン。📋

画面の向こうのAIは、リナの表情も足の傷跡も知らない。

それでも「あなたのための最適化」をすると、静かに約束してくる。


最後の項目に、少しだけ指が止まった。


「どのようなフィードバックがモチベーションになりますか?」

□ 厳しくはっきり

□ 優しく励ます

□ 高い基準と期待を伝えてほしい


「……三つ目?」


山本先生の声がよみがえる。


「君になら、もっとできると思ってるから、あえて厳しく言うね」


あの言葉は、悔しくて泣いた日も、なぜか最後には少しだけ嬉しかった。

リナは「高い基準と期待を伝えてほしい」にチェックを入れる。✅


すぐに、小さなメッセージがポップアップした。


「高い基準と、あなたへの信頼。

了解しました。一緒にデザインしていきましょう。」✨


「……なにそれ、先生の真似?」


苦笑しながらも、胸の奥がほんの少しだけあたたかくなる。


最初のレッスンは、数学の確率だった。


「コインを3回投げたとき、表が2回出る確率は?」

「……中学の復習からか」


しかしAIDENは、ただ正解を言わせるだけではない。

解答にかかった時間、最初に選んだ式、途中で消したメモ。

画面の隅には、小さなバーが動いている。


「思考プロセスを記録中……」


一問解き終えるたび、グラフが増える。📈

正答率の線、ミスのパターン、集中時間。

どれも、ランニングのタイム表とよく似ていた。


「……タイム、計られてるのと同じか」


リナはふと、陸上部のノートを思い出した。

100m、200m、400m。毎日の刻み込まれた数字。

あれは苦しくて、でも誇らしい記録だった。


じゃあこのグラフはどうだろう。

“足の代わりに頭を鍛えた”証拠になるだろうか。


画面の右上に、小さなチャットアイコンが点滅した。💬


AIDEN:「初回レッスン、おつかれさまでした。

あなたは、問題の“入り方”がとても速いですね。」


「入り方?」


AIDEN:「解き始めるまでの迷いが少ないことを指しています。

これは、受験勉強において大きな強みです。

いっぽうで、途中の確認を省略する傾向も見られます。」


AIDEN:「高い基準でフィードバックしてもいいですか?」


画面を見つめながら、リナは小さく笑う。


「……いいよ。どうせ、もう走れないんだし。

 勉強くらい、本気で走らせてよ」


送信ボタンを押すと、すぐに返事が来た。


AIDEN:「了解しました。

あなたの“粘り方”を、一緒に鍛えていきましょう。」


窓の外から、応援団の新歓の声が聞こえてくる。📣

トラックでは、新しい一年生がスタートラインに立っているのかもしれない。


自分はもう、あの場所には戻れない。

でも――


画面の中の「スタート」が、そっと光っている。


リナは深く息を吸い込み、次の問題ボタンをクリックした。


カレンダーの端に書かれた小さな文字が、今日から意味を持ち始める。


「AIDEN開始日」


それは、走ることを奪われた少女が、

「問い続ける一年」を始めた日でもあった。🌸📘🤖✨

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