第7話

 リオル村長がいつものように杖をつき、村の広場へとゆっくり歩み出ると、周りにいた獣人たちが「お、そろそろか」とざわつきはじめた。


「皆の者、集まっとくれぇ!」


 その声は老人とは思えぬほどの張りがあった。

 広場に集まった獣人たちの後ろで、カインとリィナ、そしてサリナも耳をぴくぴくさせている。


「今年ももうすぐ――春の大獣祭じゃ!」


 途端、村がどよめいた。


「やっぱりか!」

「もうそんな時期か!」

「肉の宴だぞ!」


 獣人たちの喉がぐるぐる鳴りはじめる。

 サリナでさえ「よしっ!」と拳を握っていた。


 それを見て、カインは小声でリィナに聞く。


「……大獣祭って、そんなにすごいんですか?」


「すごいどころじゃないよっ! 一年でいちばん盛り上がるお祭りだよ! 狩猟の儀式、肉料理の競い合い、踊り、武技披露……あ、あとね、ペアで踊る儀式もあるんだよ!」


 さらっと出た最後の単語にカインは固まった。


「ペ……ペア?」


「うんっ!」


 リィナは尻尾をぶんぶん揺らしている。

 カインの胸が、なんだか落ち着かない。


 そんな二人をよそに、村長が続ける。


「準備は今日から始めるぞ! カイン、おぬしも働いてもらうからの!」


「えっ、俺もですか?」


「当たり前だろうが!」

 サリナがグイッとカインの腕を引く。


「最近この村に来たんだから、しっかり働きなさいよ!」


 カインは苦笑するしかなかった。


 まず任されてしまったのは――屋台の制作。


 獣人たちが丸太を肩に担ぎ、軽々と運んでくる。

 一方でカインは、せいぜい一本を両手で抱えるのがやっとだ。


「だ、大丈夫? カイン!」

 リィナが心配そうに手を添える。


「う、うん……重いけど、なんとか……」


 そんなカインを見て、周囲の獣人は感心したように笑う。


「人族にしては根性あるな!」


「これなら祭りの力仕事も任せられるぞ!」


 ――いや、任せないでほしい。


 カインは心の中で泣きながらも、懸命に木材を並べていく。


「カイン、これ使ってね!」

 リィナが木槌と釘を差し出す。


 カインが「ありがとう」と受け取ると、リィナの尻尾がふわっと膨らんだ。

 どう見ても嬉しそうだ。


 そして二人は並んで作業を始めた。


 トン、トン、トン――

 木槌を振るたびに、リィナの耳がゆらゆら揺れる。


(……なんか、デートみたいだな)


 そんな考えがよぎり、カインは釘を曲げた。


「わっ、釘が変な方向にっ!」

 リィナが笑いながら直してくれる。


 その距離の近さに、カインは耳まで赤くなった。


 午後には料理班に回された。


 大きな肉塊がいくつも並び、獣人たちが包丁を持って奪い合うように切り分けている。

 すさまじい迫力だ。


「カイン、ここはあたしが鍋を担当するから、火を頼む!」

 サリナが大鍋をどんっと置いた。


 リィナは隣で野菜を切っている。

 その手先の器用さは驚くべきものだった。


 だが――


「おりゃあああああっ!!」


「サリナ!? 肉を投げ入れないで!」


 大鍋に豪快に肉を投げ入れるサリナ。

 盛大に湯しぶきが上がる。


 カインは急いで火力を調整し、リィナは慌てて布で鍋を押さえる。


「は、はは……サリナさんって、本当に豪快ですね」


「えっ、褒めてる?」


「いえ、あの、その……」


 サリナがじとっとした目を向ける。

 リィナは慌ててサリナの背を叩く。


「お姉ちゃん、カイン困ってるよ!」


「なんであたしが怒られるわけ!?」


 わちゃわちゃする三人を、周りの獣人たちは楽しそうに眺めていた。


 忙しい一日が終わり、屋台が並び始めた広場を歩くと、

 夕陽が射し込み、木札のランタンが橙色に光っていた。


「ねぇカイン、ほら、見て!

 あの屋根の形、人族の建物を参考にしたんだって!」


 リィナが嬉しそうに腕を引く。


「本当だ……なんか、俺の故郷思い出すな」


 その言葉に、リィナの耳がしゅっと動いた。


「カインの……故郷」


「うん。もう戻るつもりはないけど」


 リィナはしばらく何も言わなかった。

 そして小さく、胸の前で手をぎゅっと握る。


「……カインがここに来てくれて、私は嬉しいよ」


 その言葉は、夕暮れよりも温かかった。


 カインが何か言おうとした瞬間――


「おーい! そこの二人、イチャつくのは明日にしろー!」

 遠くからサリナの声が飛んできた。


「い、イチャついてなんか――!」


「な、ななな、なんでお姉ちゃんはそういうこと言うのっ!」


 リィナは耳まで真っ赤にして隠れようとする。

 カインは頭を抱えた。


 そんな三人の様子に、周囲の獣人たちはどっと笑い声をあげた。


 その夜、村は普段よりも明るい。

 ランタンの火が灯され、子どもたちが駆け回り、大人たちは明日の段取りを語り合っている。


「カイン、明日ね……踊りの儀式、私、誰かと踊らなきゃいけなくて……」


「うん?」


 リィナがもじもじと足先を見つめた。


「……よかったら、その……カインと、踊りたいな」


「……!」


 カインの胸が高鳴った。


 だが――その背後からぬっと影が迫る。


「ほぉ〜ぉ? うちの妹を誘う気かぁ? カイン?」


「いや待ってサリナさん誤解です!」


「誤解じゃないよっ!」

 リィナが小声で叫ぶ。


「ちょっ、リィナその言い方は――!」


 村長は遠くからその様子を見て

「若いのぉ……」

と肩を揺らして笑っていた。

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