第2話

少女は、姿勢を低くし、床を蹴り、短剣でカインの首を狙った。




「あっぶない!」




カインは剣を抜き、少女の短剣を剣で受け止めた。




「そ、それは…?」


少女は少し警戒を解き話しかけた。




「その剣はどこで手に入れた?人族」


「この剣は俺が騎士見習いをしていたときに、騎士団長からもらい今まで愛用している愛剣だ。」


「騎士団長…騎士団長とはまさか獣人族なのか?」


「そうだ。」




今、騎士団長の外見を思い出してみると、少女と同じように灰色の毛並みで金色の瞳だった。




「騎士団長の名は、なんという名だ?」


「グリュオン・ヴァルゴルだ。」


「ヴァルコル…」




少女はカインに向けていた短剣を自分の手元に戻して少し考え込んで、言った。




「ヴァルコルというのは、我が獣人族の村長の苗字です。そして、その剣は、牙剣といわれているものだ。」




「牙剣……?」


カインは眉をひそめながら、少女の顔を見つめた。




「はい。牙剣とは、我々獣人族だけが扱える剣です。」


少女は少し誇らしげに言った。


「人族の剣とは作りも扱い方もまったく異なります。短く湾曲した片刃で、握りや刃の角度も獣人の手と体の動きを前提に作られているのです。」




カインは自分の剣を見下ろし、頷いた。


「確かに……軽い。けど、しっかり手になじむな。」


戦場で使い込んできた愛剣だが、こうして理論的に説明されると、今まで気づかなかった特徴に気づく。




少女は続ける。


「牙剣は人族には扱えません。握りが太く、刃が微妙にねじれているため、人族が使うと連続攻撃も刺突もまともにできないのです。」




「なるほど……つまり、騎士団長は獣人であるおかげでこの剣を使いこなせたんだな。」


カインは遠い目で、灰色の毛並みと金色の瞳を思い浮かべた。


戦場で何度も命を救われた師の姿が、脳裏に鮮明に蘇る。




少女は少し笑みを浮かべた。


「……人族が、この牙剣を持っているのは珍しいことです。しかも、使いこなしているようですし。」




「……珍しいのか?」


カインは肩をすくめる。


「いや、戦場ではそんなこと考えていなかった。剣が手に合って、振りやすければそれでいいと思っていたからな。」




少女は短く頷くと、少し距離を置いた。


「……なら、あなたがここにいる意味を、少しは考えてもいいかもしれません。」




「自己紹介が遅れました。私の名前は、リィナです。」


「カイン、あなたを私たち獣人の村に招待します。ついてきてください。」




カインは少し驚いた。


「村に……か。君たちの村に、俺を?」




リィナは頷く。


「はい。あなたのように牙剣を使える者、人族でも信頼できる者は珍しいのです。ここでの生活や領地のことも、あなたに知ってもらいたいと思います。」




「……なるほどな」


カインは肩をすくめながら、微笑んだ。


「俺も、ここで生き延びるには村の協力が必要そうだ。ちょうどいい。」




リィナは一歩前に出て、先を歩き始める。


「では、私についてきてください。村まではここから一時間ほどです。」


その歩き方には自然と警戒心がにじんでいるが、同時に誇りも感じられた。




カインは剣を背にし、馬に手を置いてゆっくりと歩き出した。


「一時間か……山道か?」


「はい、少し険しいですが、慣れれば大したことはありません。」




二人は山道を進む。


時折、獣の遠吠えや木々を揺らす風の音が響く。


リィナは背後を気にしつつも、時々立ち止まってカインに声をかける。




「この辺りには小さな魔物が出ます。牙剣があっても油断は禁物です。」


「分かってる。戦うつもりはないが、用心はしておく」




険しい山道を抜けると、遠くに小さな集落の屋根が見えた。


「見えますか?」リィナが振り返る。


カインは頷き、少し笑った。




「よし、あれが村か」


カインは遠くに見える屋根を見上げながら、馬をゆっくり進める。




リィナは少し微笑んだ。


「はい。村は小さいですが、私たちにとっては大切な場所です。外の世界とは違い、ここでは少し安心して暮らせます。」


「なるほどな……」




カインは肩の力を抜きつつも、警戒は解かない。




「俺の領地もこの村のすぐ近くだ。何かと助けてもらうことになるだろうな。」


「ええ、もちろんです。でも、あまり構えすぎなくて大丈夫です。村の者たちは人族に慣れていませんが、悪意はありません。」




カインとリィナは村の中心、石造りの広場に辿り着いた。


灰色の毛並みをした老婆の獣人の村長が、厳かな姿勢で二人を待っていた。




「リィナ、連れてきた者は人族か?」


リオルの声には、長年村を守ってきた重みと警戒が混じっていた。




「はい、村長。彼はカイン。この地アルソッソの領主です。」


リィナは少し緊張しながら紹介した。




カインは頭を下げる。


「はじめまして、村長。私はカインと申します。……突然このような形でお邪魔して申し訳ありません。」




村長は鋭い金色の瞳でカインをじっと見つめる。


「領主……か。人族が我らの領地の主となるとは、珍しい話だな」




「……私の領地はここです。王国は滅びましたが、戦功による報酬としてこの地を与えられました。」


カインは静かに答える。




「村長、この男は牙剣を使っており、王国でグリュオン・ヴァルコルという者に剣を教えてもらっていたらしいです。」


「グリュオン…」


「村長はご存じでしょうか?」


「グリュオンは私の息子だ。だいぶ前に村長となることを断り家出していったが生きていたとは…」


村長は頬を緩みながら答えた。




「これも何かの縁だ。カイン、あんた家はあるかい?」


「いや、昨日来たばっかりでな。」


「なるほど。カイン、家はあるかね?ないなら私らが作ってやろう。」


「村長ありがとう。あと、農作物を育てるために種もくれないか?」


「それくらいならいいだろう。」


「あと、リィナも連れて行ってくれ。お手伝いにでもなんでも使っていいから。」




カインは開けている場所を教えてもらい、そこに家を建ててもらうことにした。




日が傾く頃、家の基礎はほぼ完成し、壁の枠組みも形になった。




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