滅びの王国を後に、山奥スローライフへ
藍礼
第1話
俺の名前は、カイン。
大陸の中央に位置していたバンダーナ王国に’’仕えていた’’元騎士だ。
なぜ、過去形かって?
それは、バンダーナ王国は、隣国のブルングト帝国とルーシー国によって同時侵攻され、滅亡したからだ。
スラム街出身の俺を、目にとめて騎士にしてくれた騎士団長だったが、一緒にバンダーナ王国解放軍をやらないかと誘われたのは、大国であるブルグント帝国とルーシー国に戦いを挑むのは無謀だと思い断った。
断った俺は、だいぶ前の戦争で戦功を多くあげた際に報酬としてもらうことができた辺境の領地’’アルソッソ’’を思い出し、カインは鎧と剣一本で自分の領地に向かうことにした。
王都を発って三日目、カインは馬の歩みを止め、目前にそびえる黒々とした山脈を見上げた。
灰色の雲が重たく垂れ込み、風は鋭く肌を刺す。
周りを見渡してみると、草木はまばらで、時折、獣の遠吠えが反響してくる。
山々が連なる人が住むには厳しい地形であった。
地図に記されてはいたが実際に見ると、覚悟していたよりも荒れ果てている。
「……これが、俺の領地、ねぇ」
疲れよりも呆れが先に立った。
領地をもらっていたことを忘れていたため、どのようなところかわかっていなかったが今とんだ貧乏くじを引かされていたことが分かった。
「….まあ、戻るわけにもいかないしな。」
自嘲気味に笑い、馬の手綱を軽く引く。
王国は滅び、騎士団も解散した。
俺を拾い、剣を教え、生き方を教えてくれた騎士団長も、ここにはもういない。
今さら王都に戻ったところで、居場所なんてどこにもない。
スラムに帰る?
冗談じゃない。
もう、あのじめじめした路地の臭いの中で暮らす気にはなれない。
幸いにも、山の山菜は実っているようでしばらくは生活できるだろう。
俺は、あたりが暗くなり始める前に急いで近くで実っている山菜を集め、夕食をとることにした。
「さすがに、生で食べる山菜は苦いな…」
自分の領地に向かうまで、一切食事をとっていなかったため、生でも食べる必要があるが、野営経験が豊富な俺でもさすがに生で食べる山菜をこれから食べるのは厳しいと感じた。
口に広がるえぐみを無理やり飲み込みながら、俺はため息をついた。
火を起こせば多少はマシになるのはわかっている。
だが、ここではどんな魔物が出るかも分からない。
煙を上げるのは危険だ。
「明日には、小屋ぐらい建てないとな。」
騎士団時代、野営は何度も経験してきたが、まさか自分の領地に着いた初日に野宿とは。
あまりにも領主らしくないが、初日なため仕方ない。
石を背もたれに、簡易の布を羽織って身体を休めようとした――その時だった。
――ガサッ……ガサガサッ。
足元の茂みが、微かに震えた。
ただの小動物かと思ったが、妙に規則的で、一定の重さを感じる動きだ。
「……魔物か?」
バレないように手を伸ばし、剣の柄に触れる。
次の瞬間、茂みが大きく揺れ――
小柄な影が飛び出してきた。
「貴様、何者だ。人族が獣人族の領域で何をしている。」
「俺の名は、カイン。この地アルソッソの領主だ。」
飛び出してきた影は、灰色の毛並みを逆立て、鋭い金色の瞳で俺を睨みつけていた。
狼の耳、しなやかに伸びた尻尾、膝あたりまで届く軽装の狩猟服。
年は……人間換算で十代後半か、二十歳そこそこだろうか。
だが、その手には骨製の短槍。
そして一歩踏み込むたび、地面がわずかに沈むほどの身体能力。
「……領主、だと?」
獣人の少女は低く唸る。耳がピンと立ち、尻尾は怒りで膨れていた。
「人族の国は滅んだはずだろう。バンダーナ王国の連中なんて、みんな逃げたと聞いたぞ。」
「ああ、滅んだよ。だからこそ俺はここに戻ってきた。」
「戻ってきた?」
少女の視線が俺の鎧と剣に向き、さらに警戒を強めた。
「嘘をつくな。この地はわたしたち獣人族が先祖代々守ってきた場所だ。
人族の領主なんて――存在自体が迷惑だ。」
槍の先端が、わずかに俺の喉元に向く。
……おいおい、初日にこれはちょっときつい。
俺は両手をゆっくりと上げ、敵意のないことを示した。
「戦う気はない。さっきのところを見ただろう?
山菜をかじって苦しんでる領主なんて、聞いたことないだろ。」
「……そんなもの、知らない。」
少女は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに表情を引き締める。
「だが、ここに人族がいるだけで十分危険なんだ。
貴様らの起こした戦争のせいで、この山の魔物は活性化している。嗅ぎつけられたら最後、あんたなんて一瞬で食われる。」
なるほど。火を使わない判断は、間違っていなかったらしい。
「だからさっさと引き返せ。今なら見逃してやる。」
……追い返す気、満々だな。
しかし俺も、この地を譲るつもりはない。
「ここは俺の領地だ。帰るつもりはない。」
「なら……」
少女は姿勢を低くし、床を蹴る寸前――まるで獲物に飛びかかる狼そのもの。
「生きて帰れると思うなよ、人族。」
その瞳には、恐怖ではなく、獣としての強い"戒め"の色が宿っていた。
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