第4話 空の檻

【シェアハウス】


 クリスタとの和解から、すでに一週間が過ぎていた。


 あれ以来、クリスタが『炎鬼』の由縁を尋ねてくることはない。おそらく、俺から話すのを待ってくれているのだろう。だが、未だにタイミングを見つけられず、話せないままでいる。


 この一週間で、状況には二つの大きな変化があった。


 一つは、古文書の解読が完了したことだ。

 その結果、俺たちが現在『デッドロック』と呼ばれる状態にあること、そして古代文明で類似の事例に用いられた三つの解除法が記されていた。


 それは、『強制終了』、『外部干渉』、そして『時間遡行』だ。


 消去法で考えれば、『時間遡行』は真っ先に除外される。可能性はゼロではないが、可能ならば今頃、どこかの大魔術師が歴史を改変し、世界を支配しているはずだ。


 残る『強制終了』と『外部干渉』のうち、『外部干渉』には、この封印魔術を理解できる実力と信頼を兼ね備えた魔術師の協力が不可欠となる。残念ながら、この街にそんな人物はいない。


 自ずと『強制終了』が残る。

 つまり、俺かクリスタの死が封印を解く解決策だが、俺たちの場合は、術者が対象者に殺されないよう安全装置が組み込まれているため、死はあり得ない。

 それでもなお、現時点で他の手がない以上は解決策として、候補に上がる。


 そして、もう一つの変化はクリスタの態度だ。

 先日の一件で信頼関係が芽生え始めたかと思った矢先、古文書の内容を知り、再び距離が広がった。


 日常生活で、彼女は刃物を使わず手刀で料理を作って見せるなど、殺意を匂わせる態度を見せてくる。おそらく、彼女自身の身を守るための防衛本能なのだろうが、俺は気が気ではない。


 そんな中、俺たちは解除方法についての話し合いを行うことになった。


「それで、これからどう進めていくつもりかしら?」

「古文書のことは一旦忘れて、『他の方法を探す』というのはどうだ?」


 その答えに、クリスタはコーヒーを一口飲み、考え込むように口を開いた。


「いいけど、お互いに裏で相手を殺して封印を解く方法を調べる可能性はあるわよね?」

「そうだな。調べたければ、勝手に調べてくれ」


 一週間前に彼女の歪んだ誠意を知った。

 今度は、こちらが誠意を見せる番だろう。


「いいわ。私は調べるわよ」

「ああ、構わない。わかったら、教えてくれ」


(この戦線布告を誠意と取るべきか、脅迫と取るべきか……まぁ、前者と取っておこう)


 もし、彼女が俺を殺して封印を解く方法を見つけたなら、それに気がつけなかった俺の実力不足だった、ということだ。

 それにプライドの高い彼女なら、きっと俺に全てを伝え、対等な立場で勝負を挑んでくるだろう。


「もう一度、術式に欠陥がないか見直さないか?」

「あまり意味はないと思うわけど、まぁいいわ」


 魔術というのは、案外、開発者の意図しない欠陥が存在するものだ。いい例が俺たちだ。なんせ、相打ちになった場合の解除方法がないのだから。

 欠陥が見つかれば、そこを突いて封印の解除を行えるかもしれない。


 クリスタはテーブルの紙に術式を書きながら、ふと口を開いた。


「それにしても『空の檻』なんて、名前を付けた奴に会ってみたいわ。どんな皮肉で付けたのかしら?」

「こんなことになるなんて想像してないだろ? 互いが相手の鍵を持った状態で、相手の檻に囚われるなんて」


 こうして、俺たちは互いに意見を出しながら、術式を全て見直した。



 四時間後――


「ほら、欠陥なんてないでしょ? そんなものがあったら、そもそも私が使う筈がないもの」

「……そうだな」


 クリスタはため息を吐きながらそう告げた。気がつけば、リビングの滑動窓からは夕陽が差し込んでいる。


「もう少しだけ見直す時間をくれ」

「いいけど、あなたが夕食の当番ってことは忘れてない?」


 彼女と同棲を始めた際に食事は週替わりで当番制と決めていたが、完全に失念していた。


「外食でもいいか?」

「いいけど、私がお店を選ぶ権利もあるわよね? あと、あなたの奢り」

「……仰せのままに」


 こちらに非がある以上、強く反論はできない。

 更に一時間程、一人で術式を確認するが、結局は欠陥は見つからなかった。


「ねぇ、お店が閉まる前に出ましょ」


 俺は術式の欠陥を探すことを諦め、外出の準備を始めた。


【大通り】


 夜の街は賑わっていた。

 相変わらず、クリスタを目にした少女たちは手を振ったり、中には彼女の元に駆け寄り声を掛けて来る者もいる。


 今日はクリスタと同世代らしき少女四人が彼女に話し掛けてきた。もちろん、俺はただ一歩引いた壁際で待つしかない。


 近くの壁に背を預け、様子を見ていると、一人の少女が片膝をつき、クリスタの手に口付けをするような仕草をしている。

 しばらく騒いだ後、クリスタと少女たちは大きく手を振って別れた。


「これで出陣できますか、女王陛下?」

「ええ、別動隊には側面からの攻撃を指示したわ」


 クリスタは外出用の澄ました顔だが、喜んでいるのが見て取れる。最近はなんとなく、外行きの顔でも微妙な違いがわかるようになってきた。


「なんで同じ行為でも、さっきのようなだと嬉しいのに、下心が見え見えだと嫌悪感を感じるのかしら?」

「知らねぇよ。あと、素が出てるぞ」


(よくこれで、今までバレなかったな?)


 それはさておき、確認しておかなければならない。今の手持ちでどうにかなる店なのかを。


「で、どんな高級店に連れて行くつもりだ?」

「新しく出来たお店で、別に高級店ではないわよ。今、若い女の子の間で人気なの」


 クリスタの案内で店へと向かった。

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