第3話 消えない幽霊
食欲なんてない。
そう思ったのに、ちゃんとお腹は空くし、ご飯は食べられた。
でもひとりになるのは怖すぎて、私は自分の部屋にはいかず、リビングでずっとテレビを見ていた。
極力鏡を見ないようにしているけど、気になる。左側がすごく気になる。
それにやっぱり左手が勝手に動く。
シュヴァイツェルの動画を選んで、勝手に再生して。
いや、私だって好きだからいいけど。よくはないか。
私の腕、どうしちゃったんだろう。
試しに玄関で自分の左肩に塩をまいてみた。
効果はなくてしゅん、としちゃった。
お母さんは私に合わせて、寝る準備をしてくれた。
夜の十時過ぎ。
お父さんたちにおやすみ、を告げて私たちは一階にある和室に向かう。
くっついて並んだ布団。
お母さんが一緒なら大丈夫、だよね。
「SNSで調べたけど……大変な事件だったのね」
布団に入った時、お母さんが悲痛な顔で言った。
あぁ、そうだよね、あんなにスマホを向けてる人がいたから、話題になってるよね。
私、SNSやってないから知らなかった。
「リコは見ちゃダメよ。現場の写真とかあってひどかったから」
「あ……そうなんだ」
「えぇ。よくあんなところ、動画撮ったりできるわね」
そうお母さんが呆れたように言って、私も頷く。
確かに皆、まるで遠い世界の出来事みたいにスマホを向けて写真や動画、撮っていたもの。
事件は怖い。
だけどスマホを撮っていた人たちも怖かった。
思い出すとぞっとする。
「うん、そうだね」
呟いて、私はお布団の中にもぐりこむ。
明日になったらいなくなってる。
そう思いたい。
「おやすみ、リコ」
お母さんの優しい声がして、電気が消えるのがわかる。
「うん、おやすみ」
そう答えて私はぎゅっと目を閉じた。
翌朝。
目が覚めるとお母さんの姿はもうなかった。
疲れていたのか全然夢、見なかったな。
一夜明けると、昨日のことがなんだか現実に起こったこととは思えなかった。
今日も学校かぁ。そう思うと気が重い。
眠い目をこすりながら私は洗面所に向かう。
そして顔を洗った後、鏡を見た。
「……!」
私の左側には、昨日と同じく女の人がくっついていた。しかも昨日よりもなんだか中に入ってきてるような気がする。
どういうこと? これ。
おそるおそる鏡をよく見ると、幽霊の左腕と私の腕が重なっていて、左足の方も重なっている、ような気がする。
気のせい? じゃないよね。
「なんでこんなことになるの?」
涙声で言い、私は鏡から顔を背けた。
とぼとぼとリビングに向かうと、小学生の弟がぼうっとテレビを見ていた。
「おはよう……」
「おはよー姉ちゃん」
「おはよう、リコ。調子はどう? 今日学校休む?」
キッチンの方からお母さんがそう提案してくる。
でもお母さん、仕事あるから家にひとりになるんだよね……
それなら学校に行っていた方がいい。
ひとりきりには絶対になりたくないから。
「大丈夫、学校行く」
そう答えると、お母さんは心配そうな顔で頷いた。
「しばらく一緒に寝る?」
って言われて、私はうんうん、と何度も頷いて見せた。
朝ごはんを食べて部屋で着替える。
ブラウスを着ようとしたときだった。うまく左腕が入らない。
「あ、あれ?」
するん、とブラウスを掠める左腕。
私はゆっくりと腕を上げて、左手をじっと見つめる。
昨日も左手、なんかおかしかったよね。勝手にリモコン操作して。
試しに目の前で閉じたり開いたりして見る。
ちゃんと動く。
おかしいなぁ。
私は首を傾げてもう一度、ブラウスを着ようとした。すると今度はすんなりと腕が入る。
よかった。
ボタンをしめて、今度はスカートを穿いて靴下を履こうとしたときだった。
「あれ……え?」
左足が鉛のように重い。
なんだか学校に行くのを拒否しているかのように。
私の身体どうかしちゃったのかな?
いや、どうかしてるか。だって、私、幽霊に憑りつかれているんだもの。
「やだもう」
泣きそうになりながら床を見つめると、左手が勝手に動いてスマホを握る。
――手、止まんない。
やだ、やだやだやだ、私の左手、なにしてるの?
「うそでしょ?」
私、早く着替えたいのになんでスマホなんて触りだすの?
手を止めようとするけど、全然力、入らない。まるで自分の手じゃないみたいに。
気持ち悪。
私の左手はスマホを操作してブラウザを開き何かを検索しだす。
『シュヴァイツェル、公式』
という単語が入力されて、検索結果が表示される。
私の左手は一番最初に出てきたシュヴァイツェルの公式サイトをタップした。
何、なんなのこれ?
訳が分からず震えていると、スマホには大きく今週末のライブ情報が出てくる。
私の左手はそのライブ情報が詳しくのっているページをタップして、そこで止まった。
左手の感覚が戻ったことに気が付いて、私はスマホをぱっと離す。
いったい幽霊は何を伝えたいの?
わかんないよぉ。シュヴァイツェルのライブ、何か関係あるの?
「なんなのよ、もう」
震える声で言って、私は左手とスマホの画面を交互に見つめた。
いつもと変わらない朝の光景が、そこには広がっていた。
スマホを片手に歩く会社員や学生たち。
駅に着けば、周りからは昨日の事件の話が聞こえてくる。
「電気屋の前で人が刺されたんだって!」
「動画あがってたよね。あれ、死体でしょ? 怖くない?」
「ストーカーだって聞いたけど、まじ怖すぎなんだけど」
昨日の事件の動画や画像は、SNSを通じて瞬く間に広がって、色んな人が目にしているんだろうな。
私の目の前で起きた事件。
その人の魂はなぜか私に憑りついている。
なんでだろう?
幽霊が憑りつくってなにか未練があるときだって、AIに相談したら言われたんだけど。
いったいどんな未練があるんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます