第2話 帰宅して

 どうやって家に帰ったんだろう。

 全然思い出せない。

 気がついたら、私は玄関に立っていた。

 息が切れて方が上下に揺れる。


「はぁ……はぁ……」


 脳裏に浮かぶ、あの女性の顔。

 耳の奥に響くサイレンの音。

 思い出すだけで身体が震えて、私は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「お帰り……って、どうしたの?」


 お母さんの声と、ばたばたという足音。

 お母さんが私の前にしゃがんで肩に触れる。


「お、おかあ……さん……」


 私はばっと感情が溢れて、お母さんの首に抱き着いた。


「何かあったの?」


 心配そうなお母さんの声。


「あ、あのね……ひ、人が刺されてそれで……」


 って、掠れた声で言う。


「え? 何、どういうこと?」


 そうだよね、人が刺された、だけじゃあ何も伝わらないよね。

 私は何とか気持ちを落ち着かせて、さっき駅前で見たことを言った。

 するとお母さんは驚いた声を上げる。


「そんなことがあったの……物騒ね」


 悲しそうな声で言い、お母さんは私の身体をぎゅっと抱きしめてくれる。

 確かに物騒だ。

 女性を刺した男の人の笑い声は怖かった。でもそれ以上に、殺人が起きたっていうのにスマホを向けて写真を撮っていた人たちもなんだか怖かった。

 なんで写真なんて撮れるの? 人が、死んでいるのに。

 思い出しただけで吐き気がしてくる。


「大丈夫? お夕飯、食べられそう?」


 って言われて、私は首を傾げた。


「わかんない……あんなの見たの初めてだし」


 言いながら私は大きく息を吐く。


「それはそうよね。私だって見たことないもの……とりあえず、手、洗ってきなさい」


「うん……わかった」


 私はお母さんに支えられて、洗面所に向かう。


「お茶、いれておくから」


 と言って、お母さんは去り、私は手を洗って鏡を見つめた。


「……!」


 ばたん、と私はその場にしゃがみ込む。

 何、今の。

 私の左側に、誰かいる。

 かたかたと震えながら、私はゆっくりと左を見る。

 

「ひっ……」


 そこには、黒い髪の女性の顔があって私の方をじっと見つめていた。

 顔は真っ白で、目はうつろ。

 大人の女性の顔だ。

 なんで、どういうこと?

 この顔……さっき、殺された人じゃないの!

 私、憑りつかれちゃったの? なんで?

 がたがたと震えていると、足音が近づいてくる。


「リコ、大丈夫? ハーブティー淹れたけど」


「お、お母さん……! ゆ、幽霊が……幽霊……」


 震えながら言うと、怪訝な顔をしてお母さんは首を傾げた。


「幽霊って……大丈夫、幽霊なんていないんだから」


 そう言いながら、お母さんは私の横にしゃがみ、ぎゅっと抱きしめてくれる。

 幽霊なんていない。

 私だってそう思っていた。

 でも……でも、いるんだもの。

 私の左側に、あの、今日刺された人が。

 お母さんには見えていないってことよね?

 じゃあ本当に幽霊じゃないの……!

 そう思って、私はおそるおそる左側を見る。

 やっぱりいる。

 あの黒髪の女性が、じっと私の顔を見ている。

 なにこれどうしよう……除霊の方法なんてわからないわよ。塩撒いたらいいのかな?

 

「とりあえずリコ、リビングに行きましょう」


 そう言ってお母さんは私の身体を支えて立ちあがらせた。

 リビングのソファーに座り、お母さんがいれてくれたレモングラスを飲む。

 大きく息を吸い、テレビへと目を向けると動画が流れていた。

 それはシュヴァイツェルのミュージックビデオだった。

 まだ五人の頃のものだ。

 お母さんはいつも家事をやりながら作業用BGMを流してる。それでランダムで流れているものだろうな。

 やっぱり皆かっこいいな。

 あの刺された人もシュヴァイツェルのファンだったよね。

 そう思い出して、私はちらり、と左側を見る。

 すると思ったとおり、幽霊はテレビに見入っていた。

 幽霊ってテレビ見るんだ。

 ちょっと驚く、怖いけど。

 なんで私に憑りついたんだろう。そう思いながら私はお茶をずずず、と飲んだ。

 すると、左手が勝手に動き、リモコンを掴む。

 え?

 なに、どういうこと?

 私の左手はリモコンを操作して、動画を変える。

 映し出されたのはシュヴァイツェルの公式チャンネルだ。

 その中の再生リストが選択されて、動画が再生された。

 なんで?

 なんで私の左手、勝手に動いたの?

 訳が分からず私は左手を見つめる。

 私の身体なはずなのに、まるで私じゃないみたいに、左手が勝手に動いた。


「リコ、夕食、食べられそう?」


「え? あ……えーと……ねえ、お母さん」


 私は震えながらお母さんの方を見る。


「今日、一緒に寝ていい?」


 さすがに怖すぎてひとりでなんて寝れないよ。

 するとお母さんは微笑んで頷いた。


「そんな怖いもの見たら嫌よね。じゃあ和室に布団敷くから、一緒に寝ましょうか」


 と言ってくれて、私はほっとして息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る