いつもの駅を越えて歩いた先には…
@kakeru-naka
第1話
「今日はもう帰りましょう。」上司の三咲さんからそう言われて3階の窓から外を眺めると雨が降りそうな雲行き。丁度、仕事が乗ってきたところだったが。
「雨が降り出すとしばらく止まない予報みたいよ。」と更に言われて、まだ早い時間だが今日は帰っても問題無さそうだ、と最近オ-バ-ワ-ク気味の自分に言い聞かせる。カバンを手に外に出る。地下鉄の駅に向かいながら考えごとをしていると、いつもの入り口を通り越してしまう。まあ次の入り口でと気楽に歩いていると、このくらいの明るさで帰るのが久々なせいか周囲の景色が違う。そして、雲行きは確かに怪しいが、少し本でも読んで帰りたいと急に思い着く。しかし、それは、目に入った喫茶店を見て入るための理由をつけたいだけだったのかもしれない。
「プラウダ?」喫茶店の名前を見て惹きつけられた。確かロシア語で真実とか言う意味だったか。入ってみると普通の喫茶店。少し拍子抜けしつつ窓際の席に座って外を眺めると「えっ?結構降ってる?」自分の服を見たが濡れてはいない。ほんと間一髪だったか。待てよ、降り始めるとしばらく止まないと三咲さん言っていなかったか?まあしょうがないか。メニューはコ-ヒ-に混じってロシアンティーもある。ただ、ウェイターはいないらしい。「すいません、マスター、ロシアンティーをください。」カウンター奥の人が軽く頷くのを確認して本を読み始める。
本はチェーホフだった。いろいろ読んできたが最近はチェーホフにハマっていた。マスターがロシアンティーを置きながら「ほお、チェ-ホフですか。面白いですか?」と読んでいる本に目を留め話しかけてきた。
「ええ、図書館でたまたま借りて見たのですが中々面白いです。」と話すと「なるほど、なるほど。」とまるでロシア語の感じで「ダ-、ダ-。」と言われているようだった。
「マスターは読んだことあるんですか?」と言うと、「一通りは読みました。ああ読んでらっしゃるのは短編集ですね。チェーホフは有名になる前はユ-モアのあるものも書いてます。」
私も「意外とロシアの小説って皮肉っぽいと思うんですが。」と返すとマスターは愉快そうに「いや本当にそうです。私はそこに惹かれます。お楽しみください。」
再び本に目を落とすと、店内に間接照明が点いた。外はだいぶ暗くなっていたのだ。そしてマスターは小さな読書灯を持ってきてくれる。
「ありがとうございます。助かります。」と言うと「読書灯はあまり数はないのですが本を読むような方にはお出ししています。最近はスマホの方が多いのであまり出すこともないのですが。」
私は益々この店が気に入ってしまった。結局夜の9時まで店内で過ごして帰る。夕食にボルシチも食べた。これがあまりに美味しくてこれだけを食べに来ることも今後あるなと思った。
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