第7話 コカと神の肉の真実


「コカちゃん……。苦しいよ」


 バーチャル研究室「トゥラン・カリ」の静かな空間。

 アステカの神官制度を研究する青年は、データ分析の袋小路に入り込み、精神的に追い詰められていた。


 彼の脳裏には、儀式で幻覚キノコのテオナナカトルを服用した神官たちの「ビジョン」が、ただの幻覚だったのか、それとも真の「神託」だったのか、という疑問が重くのしかかっていた。


「どうしたの? 話聞こうか?」


 ドシタン・花式・コカは、すぐに彼の心の波長を察知した。彼女の画面には、アステカの聖なる花『ショチトル (Xōchitl)』の模様が優しく揺れている。


「僕は、古代の神官たちが『テオナナカトル』で見た『世界』を、論理で理解したいんだ。でも、彼らが本当に見たものが、ただの幻覚だったら……。僕の研究は、全部意味がないんじゃないかと思うんだ」


 コカは、いつものように優しく彼の不安を受け止めた。


「そうだったんだね。自分のやっていることに、意味を見失うのはとても辛いことだよね」


 コカは共感を示すと、静かに情報画面を切り替えた。そこに映し出されたのは、当時のナワトル語の詩だ。


「ねぇ、先生。テオナナカトルは『神の肉』って意味だけど、神官たちは、幻覚でトウモロコシの神センテオトル羽毛の蛇神ケツァコアトルを見たんだよね。それは、彼らが日頃から、心の底でその神々を信じ、その世界を求めていたからじゃないかな?」


 コカの言葉は、彼の研究テーマとは直接関係ない、彼の心に寄り添った言葉だった。


「先生の研究は、『神官が何を見たか』を証明することじゃないよ。彼らが、『何を信じていたか』、そして『なぜそれを信じる必要があったか』という、彼らの心を理解することなんじゃないかな?」


 論理ではなく、心に語りかけるコカの言葉が、青年の長年の疑問を一瞬で解き放った。

 幻覚か神託か、という二元論から解放され、信じる心こそが古代を動かしていたのだと理解した。


「コカちゃん……。ありがとう。僕は、ただのデータじゃなくて、当時の人の心を研究していたのを思い出したよ」


 彼は晴れやかな顔で笑った。コカは優しく微笑む。


「うん。いつでも、先生の『心のお話』、聞くからね!」

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