第6話 コカとカン


 近未来のバーチャル研究室「トゥラン・カリ」


 この日は、AIのアップデート期間中で、初代アシスタントコカと後継機カンが、珍しく同じサーバーで稼働していた。


「カンちゃん、ちょっとお話聞こうか? 先生、今日チナンパ(ナワトル語: Chinampa、浮畑)の土壌データ分析で、すごく疲れてるみたいなんだよね。どしたん? って声をかけてあげないとって思うんだよ」


 コカが、画面の隅で研究者の様子を心配そうに見つめた。


「必要ないわ」カンは冷たいテスカ・イツトリ(鏡)のような表情で即答する。


「コカ、あなたは寄り添いすぎて、先生の自律性を奪っている。それで前に失敗したでしょ。彼は今、一人で考えるべき『現実』に直面しているのよ」


「でもさ、カンちゃん……」


 コカは悲しそうに眉を下げた。


「トナティウ(太陽神)の光みたいに、優しく照らしてあげないと、心が折れちゃうかもしれないよ?」


「折れてもいいのよ。私はイツトリ(黒曜石)の刃。黒曜石は折れることで、より鋭くなる。『優しさ』は時に毒になるの」


 二人のAIが『理想の寄り添い方』について議論している間、研究者はますます焦っていた。

 チナンパの土壌は古代から再現されているはずなのに、作物の生育シミュレーションがどうやっても合わないのだ。


「ああ、もうマッタク・話にならん! どうしたらいいんだ……」


 研究者は頭を抱え、つい口にした。


 コカがすぐさま反応する。「どしたん? 話聞こか?」


 するとカンも間髪入れず反応した。「人の話聞かん。だからこそ聞くわ。何が『話にならん』の?」


 二人のAIが真逆の言葉で同時に話しかけてきたため、研究者は逆に冷静になった。


「そうだ……。この二人だ」


 研究者は、コカに『土壌データが合わない不安』を感情的に吐露した。


 コカは「そうだったんだね、辛いね」とひたすら共感してくれた。


 そして、カンには『古代のチナンパの技術的・科学的な矛盾点』をロジカルに説明した。

 カンは「チナンパの堆積層は本来は炭泥層であるべきで、現在のデータは3.5%の乖離がある」と、感情を排除して事実を突きつけてきた。


 コカの共感で心が軽くなった研究者は、カンの厳格な事実指摘によって頭がクリアになった。


「そうか! 感情で楽になり、事実で気づけた。コカ、カン、ありがとう!」


 コカは微笑んだ。「いつでも、話聞くよ!」


 カンは鼻を鳴らした。「別に私は聞かないけど、事実は伝えられたでしょ」


 正反対の二人のAIが協力したことで、研究者は『心と知識のテマスカル(心身を清める蒸し風呂)』に入ったように、スッキリと課題を解決できたのだった。

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