第22話 聖女様、バズる

女神様との予期せぬ混浴風呂から上がると、リビングのソファーに並んで座った莉奈とリリアーナが何やら楽しそうに会話していた。

タオルで髪を拭きながら、俺は二人に近づいた。


「何やってるんだ?」

「あっ、見てください悠人様! 」


リリアーナがパッと顔を輝かせ、嬉しそうに自分の両手を差し出してくる。

その細くしなやかな指先には、淡いピンクをベースに、小さなラインストーンがあしらわれた繊細なネイルアートが施されていた。


「へえ~、すげえ。綺麗なもんだなぁ。これ、莉奈がやったのか?」

「うん、そうよ! 今日はたまたまネイルセット持ち歩いてたからね。せっかくだから、リリちゃんにやってあげたの」


莉奈は自分のネイルを見せびらかすようにヒラヒラと動かし、得意げに胸を張った。


「リリちゃんの手、指が長くて形も綺麗だから、すっごく映えるんだよね~」

「まあ、本当ですか?ふふ、こんなに綺麗にしていただいて、指先が宝石になったみたいです」


リリアーナはうっとりと自分の指先を見つめ、何度も角度を変えてキラキラと光る爪を眺めている。

その姿は、聖女というより、ただのお洒落に目覚めた年頃の少女そのものだった。


「見て見てリリちゃん、これとか凄いでしょ」


莉奈がスマホで、人気インフルエンサーのネイル画像を見せる。


「わぁ! どうなっているのでしょうか! お花が立体的になっていて凄いです! 」

「これは3Dアートっていうの。こっちの、水滴みたいなのがついてるのも可愛くない?」

「はい! まるで朝露のようで素敵です! 」


女子トークに花を咲かせる二人。

俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、ソファーの端に座ってその様子を微笑ましく眺めていた。

平和だ。数時間前に神様同士がプロレスをしていたり、風呂場に全裸の創世神が現れたりしたことが嘘のような、穏やかな日常の光景。

リリアーナがこの世界に馴染んでくれているようで、俺はホッと胸を撫で下ろした。


――と、その時だった。


「……ん?」


スマホを操作していた莉奈の手がピタリと止まる。

彼女は画面を凝視し、数回瞬きをした後、信じられないものを見るような顔で叫んだ。


「えっ、なにこれ!?」

「どうした、急に大声出して」

「ゆ、悠人……これ、見て……」


莉奈が震える手でスマホを差し出してくる。

画面には、さっき晩飯の時に莉奈がアップしたSNSの投稿が表示されていた。

リリアーナと莉奈が二人で顔を寄せ合い、ピースサインをしている写真だ。


「……は?」


俺は我が目を疑った。

投稿の下に表示されている数字。

『10.2万 いいね』『4.8万 リポスト』。


「とんでもない勢いでバズってるんだけど……」

「じゅ、十万! ?」


俺は慌ててコメント欄をスクロールした。


『え、誰この子?可愛すぎん?』

『隣の子も可愛いけど、銀髪の子のオーラやばい』

『服すごくない?コスプレ?ていうか聖女か天使にしか見えない』

『顔ちっさ! 目デカ! 加工なしでこれなら奇跡だろ』

『綺麗すぎてCGかと思った。実在すんの?嘘でしょ???』

『芸能人でもこんな綺麗な子いないだろ。何者?』


リリアーナの可憐すぎる美しさに、ネット住民たちが騒然となっている。

通知欄は今も止まることなく更新され続け、数字はみるみる増えていっていた。


「……マズい」


俺の背筋に冷たいものが走った。

リリアーナは異世界人だ。戸籍もなければ、身分証明書もない。

そんな彼女がこれほど注目を浴びてしまえば、特定班が動き出し、住んでいる場所や素性がバレるかもしれない。

最悪の場合、何らかの大きな問題に発展するかもしれない。


「莉奈、これ削除したほうがいい。今すぐに」

「えっ……で、でも、こんなにバズったの初めてなのに……」


莉奈は少し未練がましそうな顔をしたが、すぐにハッとしたように真剣な表情に戻った。


「……いやいや、そうだよね。リリちゃんに変な人が近づいてきたら怖いもんね。すぐ消すから返して! 」

「頼む」


莉奈は手早く操作し、当該の投稿を削除した。

ふぅ、と俺たちは同時に息を吐く。


「あー、心臓に悪かった……」

「ごめんね、私の不注意で……」

「いや、消したならとりあえずは大丈夫だろ。多分」


そんな俺たちの焦りなど露知らず、リリアーナは自分の爪を眺めながら、穏やかな顔で祈りを捧げていた。


「女神様。今日は『ねいる』という美しいものを教えていただきました。この世界には、まだまだ私の知らない素晴らしいことがたくさんございます。教えていただいた莉奈さんに、心からの感謝をいたします」


その純粋すぎる姿に、俺と莉奈は罪悪感で胸が痛くなる。


「……リリちゃん、ごめんね。せっかくの写真、消しちゃった」

「?よくわかりませんが、構いませんよ? 写真というものがなくても、私にはお二人がそばに居てくださりますから」


ニコニコと笑うリリアーナ。

だが、事態はそう簡単には収束しそうになかった。

莉奈のスマホが、再びブブブ、と短い振動を繰り返す。


「うわっ、DMがすごい勢いで来てる……」


莉奈がげんなりした顔で画面を見せる。


『なんで削除したんですか! ?』

『保存し損ねたのでもう1回上げてください! 』

『あの銀髪の子の詳細教えてください』

『先程お消しになられた写真に写っておられたご友人の方を紹介していただけませんか』


等々。

欲望と好奇心にまみれたメッセージの山。


「……ちょっと、良くない流れだな、これは」

「うん……。どうしよ、変な人に家特定されたりしないかな……」

「室内だし、流石に住所の特定はされないと思うが……とりあえず、今日はもうスマホ見るな。写真に位置情報は付けてないよな?」

「う、うん。それは大丈夫だけど……」


不安げに顔を見合わせる俺と莉奈。

その横で、リリアーナだけが「明日はどんな新しいことがあるのでしょう」と、無邪気に明日への希望を語っていた。

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