第23話 ファンタジー世界の真実
リリアーナの写真がバズり散らかしているという非常事態。
これ以上の拡散を防ぐため、俺たちはある作戦に出た。
「莉奈、これ以上詮索されないためにも『先程の写真は友人の許可を取らず投稿してしまった結果、本人が嫌がったため削除しました。彼女に関する質問や詮索はお答えできません。絶対にやめてください』って投稿してくれ」
「う、うん。わかった」
莉奈は言われた通りの文面を打ち込み、送信ボタンを押した。
同時に、しばらくはSNSの投稿を停止し、質問も一切無視することに決めた。
これで少しは沈静化してくれるといいのだが……。
「はぁ……とりあえず、この件は一旦忘れよう」
俺は努めて明るい声を出した。
「せっかくだし、テレビでも見るか」
「賛成! もうスマホ見たくない! ごめんね、私の軽率な行動で迷惑かけちゃって……」
莉奈も反省したうえで大きく頷き、スマホをテーブルの上に放り出した。
テレビの電源を入れると『金曜ロード洋画劇場』が流れていた。
今夜の放映作品は『ソード&ソーサリー』。
二十年以上前に世界中で社会現象を巻き起こした、伝説的なファンタジー映画だ。
「お、これ懐かしいなぁ! 小さい頃大好きだったよ」
「あー、流行ってたよねー。私はあんまりこういうの観ないけど。アクション映画とか血が出るの怖いし、どっちかっていうと日本の恋愛映画が好きだし」
俺が食い入るように画面を見つめる横で、莉奈は興味なさそうに肩をすくめる。
だが、リリアーナの反応は違った。
「……っ! 」
彼女は画面に映し出された映像に釘付けになり、目を見開いて固まっていた。
物語は中盤。聖王国軍と、オーク率いる亜人連合軍との大規模な戦争シーンだ。
CG技術の粋を集めて描かれた、数万の軍勢が激突する圧巻の映像美。
空には飛竜に跨ったドラゴンライダーが飛び交い、地上では魔法使いが炎や氷の魔法を放っている。
「ど……どうして……?」
リリアーナの声が震えていた。
「どうして、こちらの世界で……この戦いが……?」
「すごいだろ?これは『映画』って言ってね、作り物の物語を映像にしたものだよ」
俺は彼女の反応を、初めて見る映画への驚きだと解釈して説明を続けた。
「この作品は、凄い昔に『クレメンタス』っていう海外の小説家が書いた小説が原作なんだ。現代のファンタジー作品の原点みたいな伝説的作品でさ。ゲームやアニメなど様々な創作とかで使われているファンタジー作品の設定は、殆どこの作品の設定が元ネタだな」
「クレメンタス……様?」
その名前を聞いた瞬間、リリアーナがハッと息を呑み、両手で口を覆った。
「そ、そんな……! クレメンタス様は、聖王国ゼガルオルムで四百年前に忽然と姿を消した、当時の騎士団副団長のお名前です! 」
「……え?」
俺と莉奈の動きが止まる。
リリアーナは、信じられないという顔で画面を見つめたまま続けた。
「クレメンタス様は当時、遠征任務の移動中に、馬車から忽然と消えてしまったと言われています。捜索隊が懸命に探しましたが、何1つ痕跡が見つからず……謎の失踪事件として、歴史に残っているのです」
「……マジか」
俺と莉奈は顔を見合わせた。
そして、二人の頭の中に、同時にある仮説が浮かび上がった。
「……つまり、そのクレメンタスって人は、四百年前にリリアーナの世界からこっちの世界に転移してきちゃったってことか?」
「それで、元の世界に戻れなくて……自分の体験や学んだ戦争の知識や魔法の話を活用し『小説作家』として生きた……?」
そう考えると、すべての辻褄が合う。
この映画に出てくるリアルな魔法の設定も、亜人たちの文化も、すべては彼が見てきた「異世界の現実」だったのだ。
俺たちが空想だと思って楽しんでいたファンタジーの原点が、まさか実話だったとは。
「……ひょっとしてさ」
俺はおそるおそるリリアーナに尋ねた。
「リリアーナの世界には、スライムやゴブリンっていう魔物はいるか?」
「えっ? はい、おりますが……なぜ悠人様が、私の世界に生息する生物をご存じなのですか? この世界にもひょっとして存在するのですか?」
リリアーナが驚いたように目を丸くする。
やっぱりだ。
「知らず知らずのうちに、俺たちはリリアーナの世界のことを知ってたんだな……」
「クレメンタスさん、すごいね……。小説家として成功して、この世界で生き抜いたんだ」
俺と莉奈は、画面の中の壮大な戦争シーンを見つめながら、四百年前の異世界転移者の数奇な運命に思いを馳せた。
◇
それから二時間、俺たちは食い入るように映画を見続けた。
エンドロールが流れ、画面が暗転すると、リリアーナがほう、と感嘆のため息をついた。
「素晴らしい作品でした……」
彼女の瞳は感動で潤んでいた。
「色々と史実とは異なる脚色もございましたが、まさか我が国にも伝わる英雄譚が、こちらの世界でこれほど美しい映像として残されているとは……本当に驚きました」
「楽しんでくれたなら良かったよ」
「はい! 謎の失踪を遂げたクレメンタス様が、こちらの世界で無事に生きておられたこともわかりましたし……とても良かったです」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。遠い異国の地で、かつての同胞の足跡を見つけたことが、何より嬉しかったのだろう。
「……ふぁぁ」
莉奈が大きくあくびをした。時計を見ると、もうずいぶん遅い時間だ。
「そろそろ寝るか」
「賛成。もう眠くて限界……」
俺たちはリビングを後にした。
部屋割りは、俺が自室で、莉奈とリリアーナが今は彼女の部屋となっている客間で一緒に寝ることになった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、悠人様」
「おやすみー」
二人が客間へと消えていく。
ドアが閉まる直前、莉奈がひょっこりと顔を出した。
「あ、そうだ! 明日は土曜日で休みだしさ、リリちゃんに料理とか教えてあげるね! 」
莉奈はニシシと悪戯っぽく笑うと、バタンとドアを閉めた。
その笑顔に、俺は少しだけ救われた気がした。
ネットの騒動は不安だが、明日もまた、この賑やかで温かい時間が続くのだと思えば、なんとかなりそうな気がしたからだ。
俺は自室のベッドに倒れ込み、泥のように眠りに落ちた。
翌朝、さらなるカオスが待ち受けているとも知らずに。
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