第20話 お風呂の神様
「……ええええええっ!? 」
俺の絶叫が、静まり返った住宅街に虚しく木霊する。
目の前では、莉奈が申し訳なさそうに俺を見つめていた。
「だ、ダメに決まってるだろ! 年頃の男女が1つ屋根の下なんて! 」
「だって、しょうがないじゃない! 親は帰ってこないし、鍵もないんだから! じゃあ何? 悠人は私を夜の公園にでも放り出すつもり? 」
「うっ……それは……」
そう言われると弱い。確かに、この時間から行くあてのない女子高生を追い出すなんて、鬼畜の所業だ。
ファミレスで朝まで、という手もあるが、莉奈を一人で行かせるのは不用心すぎる。
俺はちらりと、ソファーでニコニコしているリリアーナを見た。
(……ま、よく考えたら、俺はすでにこの異世界美少女と一緒に暮らしてるわけだしな。今更一人増えたところで、大差ない……のか? )
感覚が麻痺している自覚はあったが、背に腹は代えられない。
俺は大きく息を吐き、観念して頷いた。
「……わかったよ。今夜だけだぞ」
「やった! ありがとう悠人! やっぱり持つべきものは優しい友人だね! 」
莉奈はパッと顔を輝かせ、いたずらっぽく笑う。
「でも、私みたいな可愛い子を泊めるからって、変な気は起こさないでよ? 」
「バカ言うな。誰がお前なんかに」
「あら、否定されるとそれはそれで傷つくんだけど? 」
軽口を叩き合っていると、リリアーナが不思議そうな顔で首を傾げた。
「変な気、とは何ですか? 先程の『えっち』と同じような意味でしょうか? 」
ドキリ。その単語はNGだ。俺と莉奈は顔を見合わせ、瞬時にアイコンタクトを取る。話題転換、急げ!
「そ、そうと決まれば晩飯の準備しなきゃな! 腹減っただろ? 」
「え、ええ、そうね! 私もお腹ペコペコ! お礼に私がご飯作ってあげる! 」
莉奈が勢いよく立ち上がり、腕まくりをする。
「冷蔵庫の中のもの、使っていい? 」
「ああ、好きに使ってくれ」
莉奈は手際よく冷蔵庫の中身を確認すると、野菜や肉を取り出し、迷いのない包丁さばきで調理を始めた。
その手際の良さは、普段の少し派手なイメージからは想像がつかないほど家庭的で、俺とリリアーナは思わず感心して見入ってしまう。
「すごいです……! 莉奈様は、宮廷のシェフなのですか? 」
「あはは、そんなわけないでしょ! 料理が趣味なだけの、普通の高校生よ」
三十分もしないうちに、食卓には彩り豊かな料理が並んだ。
野菜炒めにオムレツ、即席のスープ。どれも店で出てきてもおかしくないクオリティだ。
「いただきます」
三人で手を合わせ、料理を口に運ぶ。
その瞬間、リリアーナの紫の瞳が大きく見開かれた。
「美味しい……っ! 凄いです! 私の世界では、ここまで様々な味が調和した料理なんて、食べたことがありません……! 」
「本当だ……すげえ美味いな」
俺も素直に驚いた。SNSのインフルエンサーで、顔も良くて、性格も良くて、料理までできる。
普段あまり意識していなかったが、白石莉奈という人間は、実は相当ハイスペックなのではなかろうか。
「でっしょー? 私、料理には自信あるんだー」
二人の反応に、莉奈は得意満面にふふんと胸を張る。そして、ポケットからスマホを取り出した。
「記念に一枚! 」
パシャリ、と軽快なシャッター音。
莉奈は慣れた手つきでSNSを開き、『お友達の家で晩御飯作ったよー♡ #手料理 #お泊まり』という文言とともに写真をアップする。
さらに、彼女は食事中のリリアーナにスマホのレンズを向けた。
「リリちゃん、こっち向いてー! 」
「はい? 」
パシャリ。
撮ったばかりの画面をリリアーナに見せる。そこには、きょとんとした表情の銀髪美少女が鮮明に映し出されていた。
「こ、これは……わ、私ですか! ? 何ですか、この魔道具は! 魂を抜き取られたりはしませんか! ? 」
「あはは、大丈夫だよ。これはスマホ。魔道具とかいうよくわかんないのじゃないから」
莉奈は笑いながらインカメラに切り替え、リリアーナに顔を寄せる。
「ほら、一緒に撮ろ! ピースして、ピース! 」
「ぴーす……? こうですか? 」
リリアーナが見よう見まねでVサインを作る。
美少女二人が顔を寄せ合うその絵面は、まさに眼福そのものだ。
パシャリ。
莉奈は満足そうに頷くと、その画像を『私の新しいお友達! 可愛すぎ! #リリちゃん #天使』というコメントと共に投稿ボタンを押した。
「いやいやいや! 何を勝手にアップしてるんだよ! 」
俺は慌ててツッコミを入れる。
「知らない人に顔を晒すなんて、本人の許可を取らなきゃダメだろ! 」
「あっ、やば! いつものクセでついやっちゃった! ごめんリリちゃん! すぐ消すから! 」
「? よくわかりませんが、構いませんよ? 人目に触れるのは慣れておりますので」
リリアーナはニコニコと答えるが、絶対にSNSという概念を理解していない。
まあ、二人が楽しそうだし、リリアーナも気にしていないなら……いいのか? 本当に……?
◇
食後「一緒にお風呂に入りたい! 」という二人の要望により、俺は先に風呂を沸かした。
「莉奈、リリアーナに髪や体の洗い方を教えてやってくれないか? 」
「え、なんで? 」
「あの子、向こうの世界じゃ聖女様だったからさ。着替えも風呂も、全部付き人がやってたんだよ。だから自分じゃ何もできなくて」
「ええ……リリちゃん、本当にお姫様みたいな扱いだったんだね……」
莉奈は呆れつつも「わかった、任せて! 」とリリアーナの手を引いて脱衣所へと消えていった。
二人が脱衣所に消えてからしばらく経ち、リビングに一人残された俺は、ソファーに座ってほっと一息つく。
これで風呂の心配はしなくて済む。男の俺が教えるわけにもいかないし、本当に助かっ――!?
「リリちゃんって私たちと同い年なんだよね? すっご……なんでこんなにオッパイ大きいの? 何食べたらそうなんの? 」
「え? おっぱい……? 普通に皆様と同じお食事をいただいていただけですが……」
「ちょっと触らせて! うわ、柔らかっ! 」
「ひゃんっ、くすぐったいです莉奈様! 」
……聞かなかったことにしよう。
しかし、俺の脳裏には、湯気に包まれた浴室の光景が再生され始めていた。いかん、煩悩だ。これは良くない煩悩だ。
「うおおおおおおおおっ! 」
俺はその場で床に手をつき、猛烈な勢いで腕立て伏せを始めた。筋肉よ、邪念を消し去れ!
「上がったよー。次どうぞー」
「……え? 」
二人が風呂から上がってきた時、俺は汗だくで100回目をカウントしていた。
タオルを首にかけた莉奈が、不思議そうな顔で俺を見下ろしている。
「なにそれ? 筋トレが日課なの? 」
「……ま、まあな! 」
俺はぜぇぜぇと息を切らしながら、精一杯の強がりを見せた。
◇
俺は着替えを持って脱衣所へ向かった。
二人が使った直後の脱衣所は、甘い香りと湿気に満ちていて、ここは本当に慣れ親しんだ俺の家か?といった気持ちになる。
服を脱ぎ、浴室の扉に手をかけた、その時だった。
すりガラスの向こうで、浴室が一瞬、カッと光った気がした。
「……気のせい、か? 」
俺は首を傾げながら、ガラリと扉を開ける。
そこには、湯船の縁に腰掛けた、全裸の幼女がいた。
獣の耳。背中にはうっすらと輝く光輪。そして、隠す気ゼロの堂々たるポーズ。
「待っておったぞ、人の子よ」
創世神ガルンヴァルスは、ニヤリと不敵に笑った。
「ここなら、誰にも邪魔されず、二人きりでお話ができるじゃろ? 」
「……は? 」
俺が呆然としていると、彼女の背中の光輪がすうっと消えた。
ガルンヴァルスはバスチェアにちょこんと座り直し、桶を俺に差し出してくる。
「まずは、我の背中を流してもらうとしようかの! 」
……前言撤回。
やっぱりこの神様、カオスの権化だ。
深夜の風呂場で全裸の幼女(中身は160億歳の神様)と遭遇するという、ラノベでもなかなか最近見ないシチュエーションに俺は頭を悩ませるのだった。
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