第19話 聖女様の真実と、まさかのお泊まり会
神々が去り、静寂が戻った庭先。
しかし、そこには神々の喧嘩の爪痕がくっきりと残されていた。
レバムロゴスがめり込んでできた、人間ひとり分サイズの深い穴だ。
「……このままだと、危ないですね」
リリアーナが呟き、穴に向かってそっと両手をかざす。
掌から柔らかな光が照射されると、抉れた土がビデオの巻き戻しのように盛り上がり、あっという間に元通りの平らな地面へと戻った。
芝生の一本一本まで完全に修復されている。
「待って待って待って!! 」
それを見た莉奈が、頭を抱えて絶叫した。
「何がなんだかわからない! リリちゃんは異世界の聖女様とか言い出すし、さっきのおっかない人と小さな女の子は何も無い空間から出てくるし! 明らかに普通の人間じゃないし! 何が起きてるのか、私には全くわからないんだけど! ?」
ごもっともだ。俺だって、もし自分が逆の立場なら同じリアクションをしている自信がある。
今まで平和な日本で生きてきて、突然目の前で神々のプロレスと魔法を見せられれば、誰だってパニックになる。
「……すまん、莉奈。こんなことに巻き込むつもりはなかったんだけど……」
俺は莉奈の肩に手を置き、できるだけ落ち着いた声で言った。
「順を追って説明するよ。とりあえず、中に入ろう」
◇
再びリビングに戻った俺たちは、ソファーに向かい合うようにして座っていた。
俺は、リリアーナと出会った時のことから、彼女が聖女であること、そして「推し活」というふざけた理由でこの世界に転移させられたことまですべてを包み隠さず話した。
莉奈は時折「えっ」「嘘でしょ」と相槌を打ちながらも、真剣な表情で耳を傾けていた。
一通りの説明が終わると、彼女は深いため息を吐いた。
「……なるほどね。状況は理解したわ」
莉奈はチラリとリリアーナを見て、それから俺に視線を戻した。
「さっき目の前であんな奇跡見せられちゃ、信じないわけにはいかないもんね。悠人が嘘をついてないってことも、わかった」
「信じてくれるか?」
「うん。それに……」
莉奈は呆れたように苦笑する。
「悠人ってば、昔から困ってる人を見過ごせない性格だとは知ってたけど、今回は別格レベルの問題に足を突っ込んだのね……。まさか、神様の喧嘩に巻き込まれるなんて」
「俺もそう思うよ。厄介事には慣れてるつもりだったけど、さすがに今の状況はキャパオーバーだ」
俺たちが苦笑いし合っていると、隣で俯いていたリリアーナが、消え入りそうな声で呟いた。
「……申し訳ございません」
見ると、彼女は膝の上でギュッと拳を握りしめていた。
「全ては、私が悠人様を巻き込んでしまったばかりに……。莉奈さんにも、怖い思いをさせてしまいました」
「あっ! 違うの! 別にリリちゃんが悪いなんて思ってないからね! ?」
莉奈が慌てて身を乗り出し、リリアーナの手を取った。
「リリちゃんだって、あのお子様みたいな神様の気まぐれに巻き込まれた被害者みたいなものなんだから! 悪いのは全部、あのわがままな神様たちよ! 」
「莉奈さん……」
必死にフォローする莉奈の優しさに、リリアーナの表情が少しだけ和らぐ。
ふと時計を見ると、針はすでに夜の八時を回っていた。
いろいろありすぎて感覚が麻痺していたが、結構な時間が経っている。
「あー、もうこんな時間か。莉奈、そろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」
「あっ! もう八時過ぎ! ?ヤバッ! 」
莉奈もスマホの画面を見て焦りの表情を浮かべる。
「ちょっと親に電話してくる! 遅くなるって連絡しなきゃ」
彼女は慌ただしく立ち上がると、廊下の方へと駆けていった。
リビングには、俺とリリアーナの二人だけが残された。
静寂の中、リリアーナがゆっくりとこちらに向き直る。その瞳は、真剣な光を宿していた。
「改めて……悠人様」
彼女はそっと俺の手を取り、その白い指で包み込むように握った。
「先程は、レバムロゴス様のお叱りから私を庇っていただき、本当にありがとうございました」
その手は、まだほんの少し震えていた。
「正直に胸の内を明かしますと……私はあの時、本当に恐ろしかったのです。女神様を信仰する聖女として、あのお方と同じ神であらせられるレバムロゴス様にご不快な思いをさせるだなんて……聖女失格だと思いました」
「リリアーナ……」
「だから、罰を受けるのは当然だと思っておりました。ですが……」
彼女は顔を上げ、ニッコリと、花が咲くような美しい笑顔を俺に向けた。
「そんな私を、悠人様は庇ってくださいました。私のために神様に立ち向かい、責める必要はないとおっしゃってくださいました。……悠人様には、本当に助けられてばかりですね」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
なぜ俺は、あんなにも無謀なことができたのだろう。
相手は神様だぞ?消し炭にされても文句は言えない相手だ。
でも、俺は迷わず前に出た。
その理由が、今の彼女の笑顔を見て、なんとなくわかった気がした。
(そうか……。俺は、この子の悲しそうな顔を見たくないんだ。この子には、笑っていてほしいんだな)
単純で、けれど揺るぎない感情。
それって、もしかして『恋』なんじゃないのか――?
一瞬よぎったその考えを、俺は慌てて頭を振って否定した。
いやいやいや、ないない。今まで恋愛なんてしたことのない俺が、そんなドラマみたいな。
これはアレだ、生活能力ゼロな彼女と触れ合う内に芽生えた保護者としての責任感だ。そうに違いない。
俺が一人で葛藤していると、廊下からパタパタと足音が近づいてきた。
「お待たせー」
リビングのドアが開き、莉奈が戻ってくる。
だが、その表情はなぜかバツが悪そうで、どこか言いにくそうにモジモジしていた。
「あのさ、悠人……」
「ん?どうした?」
莉奈は上目遣いで俺を見つめ、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、本当に突然でゴメンなんだけどさ……。電話したら、両親が急な用事で今日は家に帰らないらしくて……」
「え、そうなのか?」
「うん。で、その……私、慌てて出てきたから、家の鍵を忘れちゃったみたいで……」
「……は?」
嫌な予感がする。背筋に冷たいものが走る。
莉奈は意を決したように顔を上げ、とんでもない爆弾を投下した。
「だから、その……今日はこのまま、この家に泊めてもらえないかな……?」
「えええええええええっ! ?」
俺の絶叫が、夜の住宅街に木霊した。
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