第5話 最強のおばあ
私の連絡を受けてすぐに我謝先輩が会いに来てくれた。
待ち合わせのカフェに私が到着をすると、先に来ていた先輩はラップトップPCを広げて何かを検索していた。
「おつかれ~。休日に会うって初めてだね」
そう言われてそうだったなと気が付き、なぜだかほんのちょっとドキッとしてしまった。口には出さなかったけれども。
私が席についたときにお冷を運んできた店員さんがまた一つ多く持ってくるのではないかと緊張したが、今回は特におかしなことはなかった。
「今日の店員さんは『見えない』方だったんですかね」
「それもあると思うけど、多分ちょっと霊の方のエネルギーが低くなってるからじゃないかな」
「えっ? そうなんですか? ていうか霊にも体調みたいなのがあるんでしょうか」
「うん。なんか今日見え方が薄いもん。たぶんだけど、さっき紙月と鏡を通して何かコンタクトっぽいものをとったせいじゃないかな」
我謝さんが言うには、幽霊のような存在になったものというのは魂の残滓なので基本的に生きてる人間に積極的にコンタクトをとることはできないのだそう。いわゆる心霊スポットで引きずり込んできたり声を聞かせたりするようなタイプのものはめちゃくちゃ怒ってるとか感情の塊になっていてそれが理性的思考をぶっとばしてエネルギーをぶつけてきている状態なんだという。
「思考を伴うコンタクトっていうのはかなりのエネルギーを消費するから、霊単独で行うのはよほどのレアケースだよ。ほら、恐山のイタコさんとか霊媒師っているじゃない。ああいう人は単独ではできない霊からのコンタクトを仲介する役割をしてくれてるわけ」
「疲れた霊はそのまま消えたりするんでしょうか?」
なんだか消えてほしくないみたいな言い方になってしまったが、ここで力尽きてしまわれてもなんだか後味が悪い。
「そういうこともあるけど、今回はそうならないと思うよ。私はね。なんかさっきの電話の内容だとその女性の霊は何かやり残したこととか伝えたいことがあってそれをなぜだか紙月を選んで頼もうとしているみたいだからさ。ちょっと休んでしばらくしたらまた力を取り戻すんじゃないかな」
本当にどうして私なんだろうと思ってしまう。
私は注文を聞きに来た店員さんにコーヒーとプレートセットを頼んだ。朝から何も食べていなかったからだ。
「そういえば、先輩が前に『地元にいる最強のおばあ』さんのことを言ってましたよね。その人も恐山のイタコさんみたいなことをされてるんでしょうか」
「うちのおばあは相当特殊だからね。一応口寄せみたいなことはしてはいるけど、お金を取って誰かの依頼を受けてーみたいなことはしてない。口コミというか知り合いからの紹介でたまにって感じかな。本職は霊媒師じゃなくて祈祷師とか祭祀なんだ。宗教も有名なやつじゃなくて土着の自然崇拝的なやつ。かっこよく言えばシャーマンとかそういうことになるのかな」
全く想像できない世界ではあるが、とにかくすごそうだということはわかった。
「そういう紙月だってすごいおばあちゃんがいるんでしょ?」
話を変えて我謝先輩がふってくれた。さっきの電話でも祖母からの電話で腹が決まったということは伝えていた。
「そうなんです。私は子供のときちょっと家庭が複雑だったんで、ほとんど祖母から育ててもらったようなものなんです。若い頃から相当エネルギッシュな活動をしてきたという話もよく聞きました。私の自慢の祖母です」
どうしても祖母の話になると饒舌になってしまう。それを聞いて我謝先輩は優しく微笑んでくれた。
「そういう強さって大事だから大切にした方がいいよ。迷ったり困ったりしたときにしがみつくことができるものになるからさ。どうしようもない状況に置かれたときに思い浮かべることができる『誰か』とか『言葉』があるとないとで全然違うから」
「なんかその言い方、不穏なフラグに聞こえます」
「また~。紙月は本当にホラー映画とか見すぎてるんだから」
けらけらと冗談ぽく我謝先輩は手を振りながら笑う。でも実際、こういうセリフは近い将来に本当にどうしようもない状況に引っ張り込まれることを見越してのアドバイスなんじゃないだろうか。
「まあそれはそれとして。これちょっと見てよ」
我謝先輩はそれまで何か操作をしていたパソコンの画面をぐるんと回して私の方に向けた。
そこには古い航空地図らしきものが表示されていた。
「国土地理院のGSIマップだよ。これなら1940年代以降の街の地図をだいたい見ることができるからね。例の交差点について調べてみたんだ。あそこのあたり、戦争中に倒壊してからわりと早くに復興してそこから開発とかされずにずっと残ってる地域なんだね」
そう言って年代別に周辺の様子を合わせて表示してくれた。
確かに1940年代からしばらくはあたりも寂しい感じだったが、1970年代に入る頃には電車の開通や道路の整備によって一気に市街地化されている。一方で70年以降は少し離れた地域で大規模な再開発がされているにもかかわらず、ぽつんとそのあたり一帯の区画は変わらずに残り続けている。
「つまり、会社の事故データベースに残ってる資料よりもさらに前から同じ交差点はあったってことですよね。ということは70年代からあの交差点で似たような事故は起こり続けてたってことでしょうか」
「その資料はまた別の方法で取り寄せないといけないけれども、おそらくそうだろうね。逆に言うと、交差点で何かあったとしたらそれは70年代~1990年の間っていうことになる。交差点ができるよりもさらに前の戦国時代とかの霊だったりしたらお手上げだけども、私はそれよりも70~90年の間に起きた事件がきっかけで霊になった女性ではないかなって思う」
確かに。
先程自宅の化粧台を通じて対話をしたときに発した「まむ」という言葉からしてもそんな気がしないでもない。根拠は薄いけれども、今はとりあえず仮説を作ってそれに基づいて推理をしていった方がいい。矛盾ができたらその時に考え直せばよいのだ。
「そうそう。あの女性の霊が言っていた『まむ』ってどういう意味だと思いますか? 普通に考えると『マム』でお母さんのことかと思いますけど」
「そのままだと思うよ。私たちもきっと誰かの名前を呼んでいるんじゃないかと予想してたよね。それが名前そのものじゃなくて『母親』って存在だったってことかな」
1970~90年代くらいには母親のことを「ママ」と呼ぶのは日本国内でもわりと一般的だったはず。とはいえ、年頃になった女性が母親に「ママ」と呼びかけるのは今ほど主流ではなかったようにも思える。イメージでしかないけど。
「『ママ』じゃなくて『マム』って言ってたあたり、もしかしたら一般的な日本人ではなくて英語圏から来ていた人もしくはハーフの方という可能性はありませんか?」
「それはあり得るね。ただしあの霊の見た目はものすごく日本的な『女性の霊』って雰囲気だったから、母親は英語圏の外国人だけど本人は子供の時から日本で生活して教育とか文化に触れてきた人って考えた方がしっくりするかも。それに紙月、さっきの電話で例の見た目もちょっと変わった気がしたって言ってなかった?」
そうだった。私が「マム」と言葉を当てたと同時に髪型や服装に微かな変化が起こったんだった。
「見た目が変わったっていうのもコンタクト方法の一つなんですか? 服装を見て何かを気づいてほしいというメッセージ的な」
「いや、そこまで複雑なコンタクト方法は取らないよ。自分の体の形状を変えてメッセージにするなんて狸や狐じゃあるまいし、霊はそんな器用じゃないって。変わったのは本来の自分を取り戻したってことだよ」
「本来の自分……?」
前に我謝先輩は居酒屋で、ほとんどの霊が白い服に長い黒髪といったテンプレ容貌になるのはもともとあった「自分」という存在の記憶が剥がれ落ちていってしまった結果だと説明してくれた。
つまりその理屈に従って考えれば、私が重要なキーワードを受け取ったことによりそれを発するに至った自分自身の生前の姿を思い出したがゆえの変化ということになる。
「ということは、もし私たちがあの霊からのメッセージを正しく受け取っていったら最終的には霊は生前の姿に近いものになるということなんでしょうか?」
「そこまでなるのはほんっとうにレアだよ。仮に70年代の事故で霊になったとしたら50年以上は前のことでしょ。可能性はゼロではないけれども、よっぽどじゃないとそこまでは行かないと思う」
それもフラグな気がするが、ひとまずそこで反論しても仮定の話でしかないので今はそのくらいにしておこう。
問題はそれがどう変化したかということだ。
「先輩、今は霊は見えないんですか?」
「見えるけどなにせ影が薄くて。そこまで変わったように見えないかな。明日とかになれば見えるようになるかもだけど、先に聞いておきたいかな」
そこで私は髪の毛がサラサラになったことやスカートに柄のようなものが見えたことを伝えた。
「うん。なかなかいいヒントになったな。事故のデータを探すにしても母親が外国人でハーフの女性、黒髪のストレートヘアって情報があればかなり絞り込むことができると思う」
と、このときは勇ましく言ってくれた我謝先輩だったが。
結論から言うとこの交差点で起こった事故データベースにその該当者は見つからなかった。
私たちは業務の合間を縫って会社の地下倉庫にある段ボールの中から、例の交差点付近で起こった事故についての書類を探して多くのファイルや封筒をひっくり返して調べたものの、見つけることはできなかったのだった。
「うーん。期限を20年の間に絞っているからかな。絶対にあると思ったのに」
休憩時間にコーヒーを片手に私たちは会社のテラスで話をしていた。
事故案件のリストのコピーとって何度も何度も見たがやっぱり見つからない。私たちは手詰まり感を感じていた。
「そこの二人。何か悪いことでも企んでいるんじゃないだろうね」
急に話しかけられて振り返ると、そこにいたのは松田部長だった。
「君たちが地下の資料倉庫に入り浸っているのをこれまで黙認してきたけれども、そろそろどうしてそんなことをしているか話してくれてもいいんじゃないかな」
私たちがしゅんと叱られた子供のようにうつむいていると、部長は手招きをして会議用のブースへと連れて行った。
私と我謝先輩が並んで座り、その正面に松田部長が座る形で対峙する。
「調べているのは、あの交差点での事故についてらしいね」
「そうです。私が調査業務を担当したんですが、どうしてあそこであんなに事故が集中するのかどうしても気になってしまって」
「我謝さんは? それを手伝っていたのかな?」
「はい……。最初は紙月さんからデータベースの調べ方を聞かれて、手伝っているうちに私も興味を持つようになってしまったので」
まさか馬鹿正直に「取り付いた霊の正体が知りたくて」なんて言うわけにいかず、私たちはとっさに思いついた嘘をついた。
一応、その調査にかまけるあまり普段の業務に支障をきたすことがないようにきちんとしてきたつもりではあった。しかしそれでも本来の業務とは違うことに時間を使っている部下がいるなら注意をするのは上司として当然だ。
「君たちの仕事への熱意はわかっているつもりだよ。でもやり方がよくない」
「すみません……」
「申し訳ありませんでした」
「しかし、納得できないことをとことん調べてみようという姿勢は私は個人的には評価している。だから、そんなに気になるなら早く解決しなさい」
そう言って松田部長は自分のポケットから名刺を取り出し、一筆書いて私の前に差し出した。
「『現場百回』。私がいつも言っているだろう? いくら古い資料を漁っていてもそれだけで事故の不思議は解決しないよ」
「これは? 部長」
「私も駆け出しの頃にそのあたりで調査業務を担当したことがあってね。お世話になった地元の人がいるんだ。最近挨拶にも行っていないから、久しぶりにその人に話を聞きに行ってもらえないかな」
私は我謝先輩と顔を見合わせた。
どうしてそのことに気が付かなかったんだろう、という気持ちだった。
「あの交差点の付近が長年再開発されないのは、ずっとそこに住まれている人がいるからだよ。その中でも特に地域の顔役になっている方がいてね。生き字引と言っていい。私から先に連絡を入れておくから明日あたり二人で行くといい」
「ありがとうございます!」
「ただし」
部長は先に席を立つと、私たちの顔を順番に見て言う。
「それ以降は仕事中にその件に時間を割かなくてもいいように、しっかり終わらせて来なさい」
わかりました、と私たちは頭を下げた。
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