第8話 卵を温めよう大作戦


 一度だけ、ワイバーンが抱卵中の様子を見せてくれたことがあった。

 そのワイバーンはメスで、俺やエレンを気に入ってくれたようでしょっちゅう一緒に遊んでくれていたんだよ。

 巣の中に連れてこられ、番のオスのワイバーンも快く見せてくれた。彼らの相棒である竜騎士たちも「見る機会がほとんどない」と言っていた光景だった。


 母、ないし父であるワイバーンが交代で、羽で卵を包み込むように温めていたのを覚えている。

 さすがに卵には触らせてくれなかった。まあ当然だよな。


 俺はワイバーンじゃない。なので当然、羽も持っていない。

 今俺が着てる服を脱いでも物理的に足りねーわ。どうやって目の前の卵を温めろと。

 ウンウン唸ってる間にも、徐々に、ほんの少しずつ卵が冷えていってる感じがする。

 ……とりあえず、抱きつくか。何もしねーよりはマシだろう。


 両手を伸ばして、卵に抱きつく。ややザラザラとした感触は、鶏の卵を思い起こさせた。

 顔を横に向けるから、自然と卵に耳を当てる形になる。


 ―― 小さくて、規則的な音が聞こえてくる。

 とく、とく、とく、と優しい音が卵の中で響いている。


「……お前も一生懸命生きてるんだなあ」


 つーか本当、なんでワイバーンは俺をここに連れてきた?

 エサだと思われた? まあ他国での事例では人を襲うこともあるって聞いたことあったけど!


 いやだなあ、死にたくねーなあ。だってまだ、俺の目標である「大事な人たちを守る」てのは達成できてない。何もできてねーもん。


 はあ、とデカいため息を吐きながら、卵の中の心音を聞きながら目を閉じる。

 どうしたら。ここで火属性魔法は使えない。俺の命ごと巣が燃える。

 万が一卵になにかあったら、ワイバーンが王都を襲うきっかけになるかもしれねーんだよなあ。そうしたらうちの責任になんのか? 理不尽。


 ふと、瞼の裏で兄貴のふわふわの尻尾がゆらりと揺れた光景が浮かぶ。



 ―― ぼん、困ったときはな……旦那様と奥様の名前を借りればいい

 ―― ちちうえとははうえの?

 ―― そう。とくに奥様は力になる。なぜなら ――



 右目を開く。

 そう。そうだ。

 俺ひとりじゃ無理だ。なら、大人の力を借りるしかねーわ。


 この場に大人はいない。

 だが、ネームバリューはある。


 息を大きく吸って、空に向かって叫んだ。


「―― イェリシア・ラウテルが息子、イェンス・ラウテルがこいねがう。どうか、隣人たるあなた方の力を貸してくれないだろうか!」


 誰もいないのに叫んだってムダだって?

 いいや、彼らはどこにでも


 ほんの少しの間を置いて、ひょこひょこと小さな存在が巣に顔を出してきた。大体10体ぐらいか?


『あー! エースだ!』

『エリィのむすこだ!』

『なになに? どうしたの?』


 ひらり、ふわり。父上の手のひらほどの大きさの人型の存在たちが俺の周りをくるくると回る。


 そう、精霊だ。

 精霊はどこにでもいる存在だ。隣人とも呼ばれている。

 ただ、気に入った者や契約した者以外には基本的に姿を見せないので対話は難しい。召喚陣で呼びかけてようやく姿を見せてくれるぐらいだ。

 それに誰にでも力を貸すわけじゃない。気に入った者や契約した者にだけ力を貸す。しかも、1体の精霊が力を貸してくれたからといって他の精霊も力を貸してくれるわけじゃあない。


 こんな風に、声をかけただけでその辺にいた精霊たちが反応してくれたのは俺に条件が揃っているから。


『エリィげんき? エリィこっち来ないんだもん!』

「元気だよ。エレンも元気だ」

『エレンさっきいたー!』

『エースはなんでここにいるの?』

「俺もよく分かんねーんだわ……」


 先ほどから精霊たちが「エリィ」と親しげに呼んでいるのは、母上 ―― イェリシア・ラウテルのこと。


 精霊たちは、どちらかの条件を満たすと全体で反応してくれる。


 ひとつ。『精霊のいとし子』と呼ばれる存在である。

 ひとつ。精霊族である。


 まあ……察してるかと思うが、母上が精霊族なんだよな。

 俺とエレンは、人族と精霊族の間に生まれたハーフなんだ。だからそこら辺をうろついてる精霊を見ることができるし、普通に会話できるし、声をかけて反応してもらえる。

 ただ、純血の母上よりは反応が鈍い。さっき母上の名前を出したのは、より確実に精霊たちに反応してもらえるようにするためだった。


 精霊族は精霊を祖とし、精霊とともに歩み、生きていく一族。

 なので、人族など他の種族は精霊と契約してようやく使える精霊魔法を特に契約せずに使える。逆に、他の種族が普通に使える属性魔法はあんまり得意じゃないことが多いな。

 俺も属性魔法は得意じゃない。精霊魔法の方が得意だ。


 まあ、俺の話は置いといて。


「助けてほしいんだ」

『なになにー? どうしたの?』

「よく分からんが、ここのワイバーンの巣の主に連れてこられて……。卵だけポツンとあるから、温めようと思ってるんだけど、うまく温まってない気がして」

『たしかにー』

『ちょっとさむそう』

「なんとかして温めたいんだ。でも、ここで火属性の魔法を使うわわけにもいかなくてさ」

『そだね、もえちゃうねぇ』

『でもボクたちでなにかできるかなぁ?』


 属性魔法も精霊魔法も複雑なことはできねーんだよなあ。

 飛ばした魔法は途中で軌道を曲げらんねーし、詠唱の短縮はできても破棄は神しかできない。

 属性を組み合わせて魔法を使う、なんて複雑なことは高位魔術師ぐらいにしかできねーけど、生活に便利な組み合わせがあったりする。

 そういう魔法を誰でも使うことができるように、魔道具が生まれたって聞いた。そして、その魔道具には核となる魔石が必要だ。

 一か八か。


「この辺にダンジョンとかあるっけ?」

『あるよー、ちっちゃいの!』

『だれでも入れるの!』

「そこから魔石をひとつ拾ってきてくれないか。できれば、カスターニェの実ぐらいのサイズの」


 トゲトゲしたいがに囲まれて、更に固い茶色の皮がある実。秋の味覚、カスターニェ。

 生のままでは食えねーが、アク抜きした上で焼いたり蒸したりするとうまいやつ。エレンは焼いたやつが好物で、あとヴェラリオンのクリご飯も好きだ。あいつ、ライストとかヴェラリオンの特産物が好きなんだよな。


 とにかく。そのサイズの魔石がひとつあれば、俺の魔力を注いで火を出さずになんとか温めることができる……かも。

 このまま俺がただ抱きついてるよりはマシになるはずだ。


「あ、お礼おかしが今は手元にねーんだ。親のワイバーンが戻ってきて、俺が父上たちのところに戻れたら用意するでいいかな?」

『いいよー』

『エースならいいよー』

「ありがとう。あ、父上とエレンに俺は無事だって伝えてくれるか?」

『はーい!』

『いってくるねー!』


 びゅんびゅんと巣からあっという間に彼らは飛び出していってしまった。

 それを見送ってふぅと息を吐く。


 ……あっぶねー! お礼おかし手元になくても頼まれてくれて良かったー!!


 精霊たちはお礼がないと動かないのが基本だ。

 お礼のお菓子はシンプルなものでいい。高級なものじゃなくていい。

 よく言われるのがクッキーとかチョコレート、あとはその土地名産の小さく砕けるお菓子。

 隣のヴェラリオンだとセンベーがそう。バリバリ音を立てて食べるのが好きな子もたまにいるから、うちの領ではよく輸入してる。俺も好きだし、エレンの好物のひとつだ。


 お礼のお菓子がないとどうなるか ―― 嫌がらせが始まるんだ。精霊いわく『イタズラ』レベルの。


 乗馬中に馬を脅かされて落馬した、屋内の階段上でなぜか突風が吹いて階段から落ちる、料理中にコンロの火が突然大きく燃え上がって火事になりかける etc…

 けが人が出るレベルなんだよ。人にとってはイタズラじゃねーの。精霊の見た目は可愛らしいが仕返しはえげつないんだ。

 さすがに死人は出ない、というか出さないようにしてるみたいなんだよなあ。

 必ず人目があるところで仕返しするから、周囲の人たちも「ああ、精霊にお礼を渡さなかったのか」って納得するし。

 母上いわく「神々よりは理不尽じゃないわよぅ」とのことで……いやこれ以上考えるのやめとこ。


 とにかく今は、俺の体ひとつでこの卵を温めなければならない。

 幸いにも今の時間帯はまだあったけーけどが、日が落ちれば肌寒くなる。それまでには、親のワイバーンが戻って来るといいんだが……。


 本当はワイバーンと交流が多い父上たちが来れるといいんだけどな。知識も俺なんかよりも多いだろう。

 でも巣に卵があるワイバーンは警戒心が強いから、なかなか近づけないって聞いたな。俺が無事ってことは伝えてもらえそうだからひとまず良しとしよう。


 服を挟んでるとあったまりにくいか。肌着だけにして、一応脱いだトップスを卵にかけておこう。気休めかもしんねーけど、ないよりはマシだろ。

 トップスをばさりと脱いで、卵のてっぺんにかける。それからできるだけ触れる場所が多くする形で抱きついた。

 ……ほんのちょっと、卵があったかくなったか? さっきほどひんやりしてない気がする。まだまだ普段よりは冷たい状態だろうが。



 それから、15分ぐらい経った頃だろうか。


『エース! もってきたよ!』

『きたよお!』

『エレンたちにも言ったよー!』

『みてみて、こんなおっきーのあったよ〜!』


 賑やかな声につられて振り向けば、精霊たちがそれぞれ黒っぽい石 ―― 魔石を抱えて戻ってきた。

 精霊の体に対して小さめのもの、大きめなもの様々だ。

 その手に何も無い精霊たちは見つけられなかったようで、しょんぼりとした様子を見せている。


「助かる!」

『これどーするの?』

「これか? これに、魔力を込めるんだ」


 卵から少し離れて、精霊たちから魔石を受け取る。

 集めてきてもらったのは大小合わせて4つ。特にひとつは大きくて、俺の握りこぶしぐらいある。よく落ちてたな、こんなの。普通に売りもんレベルだぞ。


 深呼吸して、集中する。


 ―― どんな種族であれ、人であれ、六大属性のどれかを持っている。

 ひとつだけじゃなくて、ふたつ、みっつという人もいるんだ。ふたつの属性をそれぞれ操れる人を二重属性ドゥオテュープル持ちと呼ぶ。もちろん、みっつ以上もそういう呼び名があるが、割愛。

 さらに中には混ざり属性コンピテュープルなんていって元から属性が混じり合ってる人もいるが、突き詰めればその人も元々二重属性ドゥオテュープル以上なんだよな。


 そして、魔石にはその属性の魔力を込めることができる。

 魔石は産地によってその特性が違うけど、大体が「込めた魔力の質に応じて反応が変わる」んだ。


 水であれば、込めた魔力分の水を生み出すものに。

 火であれば、込めた魔力分の火や熱を生み出すものに。


 俺は火と水の二重属性ドゥオテュープル持ち。

 どっちかというと火の方が得意だから、魔石には火属性の魔力を込める。魔力を込められた魔石の色は属性によって色が変わる。

 火は、オレンジや赤など、魔石の中で炎が揺らめいているように見えるようになる。


 ひととおり、魔石に魔力を込めて一息つく。

 一気に魔力を失うと死ぬって言われてるからな。実際、暑いわけじゃねーのに額からポタポタと汗が落ちてきていた。


『エースやりすぎー』

『しんじゃう!』

「大丈夫、大丈夫……、少し休めば問題ねーよ」


 汗を拭って、魔石の様子を見る。

 良かった。問題なく魔力を込められたっぽいな。大小の魔石がオレンジや赤に染まり、ゆらゆらと揺らめいている。


 次は、精霊たちに助けてもらわないと。


「もう少しお願いしてもいいか?」

『なにー?』

「この魔石で熱を作って、巣ごと卵を温めたい。風の子は、この巣を風でゆっくりと囲んでほしい。土の子は巣から熱が逃げにくいように補強してくれ。水の子は、魔石の上で水を少しずつ出してほしい」

『みず? おゆにするの?』

「どっちかというと、湯気を作りたいんだ」


 デ・ウィンタの季節、うちの領では雪が降る。

 そんな寒いときに浴場に入ると、風呂のお湯のおかげで湯気が浴場の中に充満していて、暖房もないのに裸でいてもそんなに寒くないんだよな。

 風呂の中に入ればもっとあったかい。なんというか、優しくあったかい感じ。


 卵を直接、お湯で温めるのはなんか良くない気がする。

 それなら、湯気で温める方が親のワイバーンが抱卵して温めている状況と似てるんじゃねーかと思って。


「魔石の出力調整は俺がやるよ。土の子も、魔石のせいで巣が燃えないように助けてくれないか?」

『いーよー』

『その湯気を、ここから出さなければいーの?』

「そうだな」

『じゃー、お水だばーってだしたらダメだねー』

「そうなんだよ。俺は水属性の調整がすごく苦手だからさ、助けてほしい」


 本当は俺が同時にできればいいんだけどな。俺は混じり属性コンピテュープルじゃないから、両属性を同時に発動できないんだ。

 水の子たちはニコニコと笑って『いーよー!』と返事をしてくれた。

 土の子たちは早速、土や小石を魔法で生み出して隙間だらけの巣を補強してくれている。風の子たちはぐるりと巣の縁をめぐりながら、どのぐらいのはやさの風を作るのか相談しているようだった。


 ......戻ったらたくさんのお菓子を用意しよう。あと、母上からもなにか出してもらえないか聞かないとな。



 土の子たちによる巣の補強も終わって。

 卵から少し距離をとって、土の子が用意してくれた小さな盛り土にそっと魔石を置いて、その場に膝をつく。

 風の子たちが動き始めた。水の子たちも『やろーやろー!』と準備万端だ。


 ひとつ深呼吸。

 ―― よし。がんばるぞ。



 魔石に手をかざす。魔法はイメージだ。

 魔石の中にある魔力を、自分の中にある魔力のように活発化させる。小さな火から、大きな炎へと。

 火力を上げて熱を生み出すイメージだ。ほら、あるだろう。やっと火がついた焚き木が、ぼうぼうと燃え上がっていく感じだ。


 かざしている手のひらが熱くなり始めたので、水の子へと視線を向けた。

 ひとつ頷いた水の子たちは、水を生み出すと霧のような細かい雨粒を魔石の上に降らせる。

 魔石に当たった細かい雨粒はじゅうじゅうと音を立てて、空気中に消えていく。

 風の子たちは巣の縁付近で飛びながら、ゆっくりと風を生み出して暖かくなる空気を巣の中に留める。


『エース。ちょっと大きいよぅ』

「ありがとう」


 土の子が、魔石に触れている土の様子を見ながら出力量をアドバイスしてくれる。

 俺自身は魔石の近くにいて調整してるから、ちょっと暑い。今度は暑さで額から汗が流れていく。


 卵の方はどうだろうか。大丈夫だろうか。巣は暖かくなってきているだろうか。


『エース、大丈夫だよ~!』

『わー、あったかーい!』

『きゅうけい、きゅうけい!』


 傍でアドバイスしてくれていた土の子に引っ張られて、魔石にかざしていた手をどけた。これで熱は発しなくなる。

 そのまま後ろに尻もちをついて、はあ、と大きく息を吐いた。


『お水、お水!』

『のんでー!』

「わ、ちょっとまゴフッ」


 ダラダラ汗をかいていたから心配かけたらしい。

 魔法で生成したんだろう、一口大ぐらいの量の水を直接突っ込まれた。死ぬて。

 ただまあ、暑くて喉乾いてたから助かったけど。

 水属性魔法で作られた水は飲むことは推奨されないが、精霊魔法で作られた水は飲んでも大丈夫らしいんだよな。なんか違うんだろうか。


 立ち上がって、魔石から離れて卵の方に歩いていく。

 卵を見守っていた土の子がにこりと微笑んだので、そっと卵に手を伸ばして触れてみた。


 ―― あったかい。良かった。


 コツンと内側からなにか叩くような音とともに、卵が少し動く。

 良かった。本当に、良かった。

 あとは親のワイバーンが戻って来るまで、精霊たちに協力してもらいつつこの暖かさを維持すればいい。


「……あ」

『どしたのー?』

『のー?』

「……いや、勝手に巣を改造しちまったなって」


 メスは、卵を生む巣にこだわりを持つ。

 だからこそ卵が生まれたら移動できないとされていたんだよなあ。

 ……思いっきり土とか小石とかで穴塞いでもらっちゃった。どうしよう。


『きんきゅーだからだいじょぶだよ~』

『そう、そう』

「そうだといいなあ……」




 そうして、休憩を挟みつつ卵を湯気を使って温め続けて、魔石の魔力もそろそろ底をつきそうになった頃。

 俺がここに連れてこられたときは太陽が真上にあったが、空がオレンジ色に染まりだしてそろそろ日も暮れそうだなあ、腹減ったなあと思っていたときだった。


『エース! かえってきた!』


 誰かがそう叫んだ途端『わあ!』と風の子たちが強い風で吹き飛ばされた。風の魔法が消える。ひんやりとした空気に思わずぶるりと背が震えた。

 ドスンという重たい音に視線を上げれば ―― 俺をここに連れてきたメスのワイバーンが巣の縁に足をかけ、じっと俺を見下ろしていた。

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