第7話 さすがに宙ぶらりんな空中散歩は想定してねーんだわ
眼下に鬱蒼と生い茂る木々。そしてはるか遠くには王城が見える。
わあ、王都にある王城ってこんな遠くからでも分かるぐらいに高い建物なんだなあ〜。
そんな風に現実逃避してみるものの、現状になにか変化があるわけでもなく。
ひとつため息を吐いて、後ろを振り向いた。
俺の背丈の半分ぐらいの大きさの、でかい卵が木の枝で作られたお椀型の巣の真ん中に鎮座している。俺はその巣の縁に腰掛けて、現実逃避してたわけ。
俺は今、ワイバーンの巣で留守番を任されています。
◇◇
事の発端は、先日話した通り父上が俺とエレンを連れて王都近郊に連れてきたことだった。
目的は王都近郊にある森にできたワイバーンの巣の様子を見ること。
友好的とはいえ、モンスターの一種であるワイバーンの巣が王都の近くにあるのは不安だという人々もいる。無用なトラブルを避けるためにも、ワイバーンと交流して巣を移動してもらうことがあるんだ。
今回は、その対応をする父上たちの見学と、うちの領地以外のワイバーンと交流を試みるという目的で俺たち兄妹は連れてこられたんだよ。
ワイバーンの基本的な大きさは、大人がギリギリ3人は乗れるぐらい大きい。彼らが羽を閉じて座ってる状態でも、頭の位置を少し下げてようやく身長が190ぐらいある父上と目が合うほどだ。
俺やエレンにいたっては、完全に見上げるしかない。ワイバーンの方からぐうっと頭を下げてもらってようやく目線が合うぐらいだ。
実際、俺たちの目線ではワイバーンの胸の下あたりにしかなんねーんだよなあ。
そんな大きさのワイバーンが、人を乗せて大群でやってくると向こうも驚くし警戒するだろうから、ということで、巣があるという森に来たのは俺とエレン、父上、と竜騎士2名の5名。それと、竜騎士たちの相棒であるワイバーンが3頭。
偵察に竜騎士をひとり相棒のワイバーンとともに向かわせて、残りは森に入ってすぐの少し開けた場所で待機中。
あ、ちなみに俺とエレンは当然まだ相棒はいないから、父上のワイバーンに相乗り用の鞍をつけてもらって一緒に移動してたんだ。順番としては、先頭から父上、エレン、俺な。
今回、王都近郊に巣を作ったワイバーンはおそらく巣立ちして間もないと思われる若いオスだった。
「良いか、エレン。巣の移動を交渉する場合、発見次第なるべく早く行うのが鉄則だ。なぜか分かるか?」
「え? まだ巣に未練がないうちであれば移動してもらいやすい、とか?」
「半分正解かな」
エレンの答えに父上は微笑む。
視線を俺に向けられたので、俺は頷いてみせる。大丈夫、これは覚えてる。
「巣を作る、ということは番を迎えようとしているんだ。番がいると巣の移動がすごく難しくなるからなあ」
「へ~。そうなんだ」
「まあ、要するにワイバーンのオスは自分と巣の状態をチェックしてもらった上で、メスに番になってもらうんだよ。この環境なら安心して卵を産めるってメスが判断したのに、巣を移動したらどうなると思う?」
「ふざけんなテメェ、誰がこんなところで産めるか! って思う」
「エレン」
いや合ってる。合ってるんだけどさあ……言葉遣い。
父上は苦笑いしてるし。聞いてた竜騎士も「お嬢らしい」って笑ってんじゃねーか。
モンスターにも一応、オスメスと性別がある。
ただ、そういった性別があるのは人と交流できるほどの知性があるモンスターだけで、ダンジョン内で生息しているモンスターは無性別なことが多いらしい。
そもそも、モンスターの生態は古くから研究されてるが、分かってることは少ないんだってさ。ダンジョン内の無性別のモンスターはどうやって増えてるんだとか。
モンスターの中でもワイバーンはオスメスに分かれている。だから番もできるし、卵を産んで子孫を増やしていく生態になってるんだよ。
巣も作るしな。
「あれ、じゃあメスがいるともう移動できないの?」
「んにゃ、メスだけの場合はできる。オスが『こっちの巣よりあっちの巣の方がいいよ!』ってメスを説得できれば」
「わ、わぁ……」
表情は相変わらず真顔だが、エレンが引きつったような声を出した。無理もねーわな。
普通、これから卵を産みます! って時期に引っ越し提案されたらメス側は「ハァ?」ってなるよな。たぶんオスメスがあるどの生き物もそう。
今回巣を作ったワイバーンには、まだ番の存在が確認されていない。
でも竜騎士たちが直接確認したわけじゃないから、番がいる可能性がある。
理由? ……たとえばさ、遠くから川を泳いでる鮭のオスメスを見分けられるか?
近くに行けばちゃんと分かるだろうけど、ワイバーンって基本飛んでるし遠目でしか見かけることねーんだもんなあ。
で、空を飛んでいるワイバーンに近づけるのは、同種であるワイバーンを相棒とする竜騎士しかいないわけで。
「団長!」
「どうした」
空から手綱がついたワイバーンが舞い降りて、竜騎士が飛び降りる。彼は巣の偵察にいった竜騎士だった。
彼の眉間にしわを寄せた厳しい表情を見て「あ」と思う。それはこの場にいた誰しもが同じことを考えただろうな。
「残念ながら、巣に卵が。現在メス個体が抱卵しています」
―― 巣に卵がある場合、その卵の子が生まれ、巣立つまでは巣の移動ができない。
おそらく、今回のワイバーンを見て報告した人たちはオス一体だと思っていた。一体しか飛んでいる様子を見かけなかったからだと思う。
実際にはすでに卵が生まれていたから、交代で食料を探しに飛んでいたんだろーなあ。
「兄さま」
「ん?」
「この場合は、どうなるの……?」
「……卵があると動かすのは無理だから、生まれてから巣立つまで監視する竜騎士とワイバーンを近場に置くことになるかな」
卵から孵ってから巣立つまで1年ぐらいか?
あーあ、父上が頭抱えてら……。ワイバーンも家族意識があるから、巣立ったとしてもあんまり群れから離れたがらねーもん。大体、元の群れの近くに新しい群れを作ることが多いんだ、ワイバーンって。
だから、近場にワイバーンの群れがないのにここに巣を作ったワイバーンはちょっと珍しい。
父上は顔を上げると、ひとつため息を吐いた。
「一度拠点に戻ろう。陛下にも報告せねばならないからな」
「承知しました。では、クラースと私で一時的に残りましょう」
「すまないな。すぐに交代人員を選抜する」
「お待ちしています」
卵があると報告してくれた竜騎士が微笑み、その相棒であるクラースと呼ばれたワイバーンが「グルゥ」と機嫌よく鳴いてみせた。
当然、俺たちも父上たちと一緒に一度拠点がある王都内に戻るようだ。
メスが抱卵中は気が立ってるというし、ワイバーンとの交流は見送りだろーなあ。ちょっと残念だ。
ふと、周囲を見渡していたエレンが「あ」と声をあげる。
「兄さま、あれってユキ兄が言ってた草じゃない?」
エレンが指差す先の森と広場の堺付近を見れば、たしかにそこには周りとは違う草が生えていた。
なんか、ふわっとした感じに見える。先端が黄色っぽいが……たしかに、兄貴が言っていたやつに似てる。
父上たちの方を見るとまだ色々と話し合ってるみたいだ。もう少し時間がかかるみたいだし、と一番近くで準備していた竜騎士に「そこに生えてる草花を見てくる」と声をかけて、エレンと一緒に花に近づいた。
さほど距離はない。声をかけられればすぐに戻れる距離だ。
近づいて、ふたりでしゃがんでその草をじっと見る。
ひょろりと伸びた茎から細めの葉が生え、てっぺんにはつぶつぶみたいな黄色いものがたくさん生えてる。特徴的なのはこの草の茎や葉が細い毛で覆われていることだ。
たしかに、エレンの言う通り兄貴が言ってた草の特徴によく似てんな。
「……たしか食べられる草なんだよな、これ」
「うん。うわ、兄さまこれチクチクしないよ、やわこい!」
「お前なあ、毒のある草だったらどうすんだよ……うわっ、なんだこれ」
エレンが勝手に触ってしまったのに呆れつつ、自分も触ってみたら想像以上にさわり心地がいい。あれだ。ぬいぐるみ触ってる感覚。
「ユキ兄、この草のことなんていってたっけ……」
「えーっと、たしかカドウィードだったはずだ。ヴェラリオンのモティに混ぜるとふかふかなモティになるって言ってたの覚えてる」
「あと、オヒタシだよね。リゾットにも入れるんだっけか? ……あれ? これハルのナナクサのゴギョウじゃ?」
エレンがぶつぶつとなにか言いだしたが、まあ聞いてほしいわけじゃなさそうだから放ってカドウィードに視線を戻す。
兄貴は小さい頃は貧しかったらしいから、なんでも食ってたらしい。
それで食べられる、食べられない野草やきのこを見分けられるようになったって言ってたなあ。「こっちは食べられるけど、こっちはダメ」って実際に見せられたときは全然区別つかなかった。
このカドウィードは見た目が特徴的で、間違えることが少ない野草だって言ってたから覚えてる。
話してくれた季節が
本物、こんな感じなのか。
「兄貴って絵、下手くそだったな」
「ね。本物と全然違うじゃん」
思わず口から出た言葉だったが、エレンも同じように思ってたらしい。
お互い顔を見合わせて、思わず笑う。エレンはわずかながらに口角を動かす程度だったが、笑っているのは確かだ。
そのときだった。おおい、と遠くから父上に声をかけられたので振り返る。
「エース、エレン! そろそろ出るぞ!」
「「はぁい!」」
ふたり揃って返事をして、立ち上がる。
カドウィードを名残惜しく思いつつ、また探せばいいかとエレンと一緒に父上の下へ歩いていった。
―― そのときだった。
「団長! 上空よりワイバーンが急降下してきています!!」
竜騎士のひとりの声に、全員が空を見上げた。
高い、高い上空から真っ直ぐワイバーンがこちらに突っ込んできている。
……は? 突っ込んできてる!?
「退避ッ!!」
「若ッ、お嬢ッ!!」
父上は俺たちがいる位置から遠かった。俺たちはカドウィードを見るために一番端にいたから、父上たちがいる場所から少し離れていた状況だ。だから父上のワイバーンに飛び乗ることはできない。
身体強化をしても間に合わねえ、と思った。
今、俺たちがいる場所の一番近くで離陸準備をしていた竜騎士のワイバーンなら間に合うが、後ろには鞍がつけられていない。そうなると乗れるのは、騎士の前にひとりだけ。
上空から風を切る音がすごい勢いで近づいてくる。迷ってる暇はねーな。
自分に身体強化魔法をかけながら、駆け出そうとしていたエレンの後ろ襟を掴んで思い切り一番近くにいた竜騎士に向かって投げた。ちょいと距離はあったが、無事、エレンは竜騎士に抱きとめられる。
良かった。
「兄さまッ!」
「若!!」
「エース!!」
声に答える間もなくその場から駆け出す。もちろん、父上たちとは逆方向に。
ここは森の中で少し開けた場所。たくさん木が生えてるところに逃げ込めば、さすがのワイバーンも追ってこれないはずだ。
「ダメだ、飛べ!!」という父上の号令と共にワイバーンが力強く羽ばたく音が聞こえた。と、同時に背後からなにか迫ってくる感覚がある。
少し、あと少し!
手を伸ばした先はもう、森の中だ!!
俺の手が木の幹に触れるか触れないか、といったところで背中に強い衝撃を受け、一瞬息が詰まった。視界がブレたと同時に体がミシリと鳴る。
あ? なに?
混乱してるうちに勢いよく地面から足が離れた。
気づけば、がっしりと肩から脇腹にかけて鷲掴みされている。ぶらんと両手足が揺れた。地面に立っていたはずなのに、今、俺の眼下にはさっきまでいた広場と森が広がっている。
―― 空から急降下してきたワイバーンが、俺を背後から掴んで急上昇したのか。
おい、嘘だろ。
「兄さまァ――!!」
エレンの叫び声が、一気に遠くなっていく。
風圧がひどくて、俺は思わず俺の体を鷲掴みしているワイバーンの爪部分にしがみついた。
鋭い爪が腹に食い込んでいないのは幸いだ。これ、このままもう少しぎゅっとされると腹に穴が空くぞ。
―― どのぐらい、飛んだだろうか。たぶん気を失ってたんだと思う。
気づけば俺はたくさんの木の枝にぐるりと囲まれ、たくさんの葉っぱで敷き詰められたところに寝かされていた。
飛び起きて、まず目に入ったのがデカい卵。
……卵? 卵!? ってことはここワイバーンの巣!?
慌てて立ち上がって周囲の空を見上げてみるも、何も飛んでいない。お椀型のようなこの巣では周囲が見えないから、木の枝に足をかけて、よじ登ってみたら。
眼下に鬱蒼と生い茂る木々。そしてはるか遠くには王城が見えた。
この森の中でも一番高ぇ木の上に巣が作られたようだった。まあ、空から急襲してくるモンスターなんざそうそういねーもんな。
……え、なに? いやほんと何事だよ。
なんで俺、ワイバーンに連れ去られたの?
あとなんで本来巣に番のどっちかはいるはずのワイバーンいねーの??
で、冒頭に戻るわけで。
はあ〜〜、と盛大なため息を吐きながら、巣の縁から中に飛び降りた。
一応、魔法は使えるから巣から飛び出しても少ない怪我で降りられるとは思う。
でも、この場から動いちゃいけない気がした。父上たちが俺を助けに来ることも考えると下手に動かない方がいいってのもあるし……なんだか、巣の真ん中にポツンとある卵が気になったのもある。
おそるおそる卵に近づいてみる。卵はピクリとも動かない。
そっと手を伸ばして、ぴたりと触れてみた。なんか、ひんやりとしてる。
……ん? ひんやり? 卵って鳥とかと同じで生まれるまでずっと温めなきゃダメじゃなかったっけ??
両手で頭を抱えて、空に向かって思わず叫ぶ。
「んああああッ、クソッタレ!!」
よく分かんねーけど、親がいないなら俺が温めるしかねーじゃん!
なんなんだよもお〜〜〜〜ッ!!
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