百目鬼(ブロブアイ)

百目鬼ブロブアイ、って知ってるかい?」

連れの男が唐突に聞いてくる。


「いや、この辺じゃ聞いたことないね。」

と、答えながら、俺は「目」にまつわる魔物を頭に思いかべた。


言葉の通りの熱視線を放射する邪眼イビルアイ、異世界の支配者で邪神に等しい力を持つという大目玉アイボール、どちらも遠い北の国のおとぎ話である。この砂漠の地下迷宮で見たという噂は聞かない。


「血の煮こごりって食べたことあるかい。百目鬼は、あれに目玉が山程詰まったような姿をしている。」

連れとは街の酒場で意気投合して、2人で迷宮を探索し日銭を稼いでいる。もう3ヶ月ほどになるか。


しかし、これまで退治した怪物でそんなものはいなかった。似たようなゲル状生物といえば、悪臭を放ち、所構わず周囲の生物を取り込む軟泥スライムや、忌まわしき黒魔術によってそいつらと融合させられた汚泥人間ワーアメーバくらいだろうか。


「百目鬼ってのは軟泥とは比べにもならないほど恐ろしい化け物でね。喰った相手の知能を奪う。魔術師を喰えば魔法を使う。体の硬さは自由自在で、通常は弾力を感じる柔らかさだけれど、硬化すると悪魔の青鱗以上の鎧となる。それにその目に見つめられた者は石のように固まっちまうらしい。蛇女メデューサも真っ青だ。」


やはり聞いたことがない。ゲル状生物と言えば怪物の中でも下等なものと相場が決まっている。強大な原生生物の姿に全くイメージが湧かない。


「本当に知らないのか?」

しつこいな。知るわけないだろ。と、言い返そうとして、どこか違和感を感じた。その疑問を連れに投げかける。

「お前、さっきの戦闘で受けた傷はどうした?」


迷宮内に巣食う野犬の群れに襲われて、連れは右手にかすり傷を負ったはずだが、その傷が消えている。連れは顔色を曇らせながら答えた。

「実は俺は僧侶の心得がある。薬石のまじないで傷を治したのだ。」


僧侶の心得がある騎士、つまり教育を受けたどこぞの君主お坊ちゃんということか。揶揄されるのを恐れ、身分を隠して冒険者となることはありえない話ではない。


冒険者の中ではほんの一握りの存在だ。だが、なぜ今のタイミングで明かす必要がある?


疑念が確信に変わる。

連れが件の百目鬼ではないかと。おそらく、すでに体を乗っ取られている。


連れとの距離は剣が届くギリギリの間合い。お互いが腰の剣に手をかけた。


勝負は一瞬だった。


連れの剣の方が圧倒的に速い。こいつ、力を隠していたな。

抜刀からこちらの首筋へ最短距離で刃が到達する。


しかし、刃は肌一枚で止まった。

連れの腕が硬化し、石になり始めている。


どうして?

俺は目を落とし自分の腕を見た。

そこには奇妙な目玉がビッシリと並び、嘲るような瞳を爛々と光らせている。


百の目玉の視線に射抜かれて連れはすでに物言わぬ石像となっていた。俺の掌からドロドロとした血液のような物体が大量に飛び出し、石像を包んで跡形もなく溶かした。


憑かれていたのは自分の方だったのか。

掌に空いた大穴から目玉入りプディングが体内に侵入してくる。そして、俺に命令する。


"また次の餌を連れてこい"と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る