第31章 受付嬢の勘

この街は、おいしいものであふれている。


甘い香りのするカフェ、かわいい雑貨屋が併設されたレストラン、

そして、ちょっと高いけど雰囲気のいいディナーのお店まで。

歩けばすぐに誘惑の香りがどこからか漂ってくる。


そんな街でひとつだけ、不思議なものがある。


――**「食べログ」**が普通に存在していることだ。


この世界の店が、なぜかちゃんと掲載されている。

評価は★で表示され、口コミも読める。


ただ、投稿者の名前はでたらめな英数字の羅列ばかり——

まるで人間が書き込んでいる気配がない。


もしマイトにこの話を振れば、きっとこう言うだろう。


『こういうのはシステムが勝手に登録してんだろ』


……と。


絶対そんなこと言う。

よくわからない“ITっぽい顔”をしながら。


うん、わからないけど、そういうことにしておこう。


***


私は毎日のように、ギルドの休憩時間に食べログを眺めている。


「今日のランチどこにしようかな〜」


そんなノリでスクロールしていたら——

ある日、気になる店が目に入った。


星、5つ。


……え?


この街で星4つを超える店なんてまず存在しない。

食べログの★4.0以上は「王族が来ます」レベルの希少価値だ。


その中で“5.0”は、もはやおかしい。


なにか裏がある——女の勘が強めにピコンと鳴った。


口コミを開いてみる。


英数字の羅列の投稿者が並ぶ中で、

ひとつだけ妙に目に飛び込んでくる名前があった。


maito


……はい、確定。

あの、マイトだ。


しかも投稿数が他の何倍もある。

しかも全部が★5つ。

しかも写真つきで、コメントが毎回めちゃくちゃ丁寧。


パンの断面がどうとか、焼き色がどうとか……


——え、マイトってそんなにパンへの情熱あったっけ?


投稿の日付を見ると、だいたい2か月前から急増していた。


はい、クロ。


いや、パンが美味しいのは良いことだ。

それは分かる。分かるけど……。


これは、絶対なにかある。


***


私はその足で、パン屋へ向かった。


街のはずれ、丘の上。

こぢんまりした店構えで、

木の扉を開けると、ふわっとバターの香りがした。


「いらっしゃいませ!」


明るい声で出迎えてくれたのは、

二十歳そこそこの、黒髪ロングの綺麗な女性。


……はい、ビンゴ。


こういう時、人は本能的に察する。


——あ、マイトこれ好きなタイプだわ。


いくつかパンを買い、その日は帰った。


***


そして夜。


ギルドに戻ってきたマイトを、私はカウンターで待ち構えていた。


「マイト〜。おつかれさま。」


「お、おう? なんか今日機嫌いいな……?」


「ねえ、ちょっと見てほしいものがあるんだけどさ。」


私はにっこり微笑みながら、

iPhoneの画面をスッと差し出した。


食べログ。

例のパン屋のページ。

そして——大量の “maito” の口コミ。


マイトの動きが、一瞬で固まった。


目が震えて、視線が右へ、左へ。

挙動が不審すぎる。


「……あー……これは……その……」


私はゆっくり笑顔を深めた。


「マイト。ねえ、ちょっと、お話ししよっか?」


逃がす気はない。


尋問、開始だ。


***


ギルドの食堂には、夜のざわめきが満ちていた。

皿の音、冒険者たちの笑い声、スープの香り。


その真ん中で私は、マイトに夕食をご馳走してもらいながら、

真正面から向かい合っていた。


「で、説明してもらおうかな? 例のパン屋さんの彼女の件。」


「……お前はほんと見逃してくれねぇよな。」


「当たり前でしょ? 気になるんだから。」


マイトは観念したように口を開く。


「彼女は……数か月前に、この世界に来た子だ。

 いわゆる“身元不明者”。」


私は自然と姿勢を正す。


「俺やお前と同じタイプの人間だ。」


「名前はハルカ。

 今はあのパン屋の老夫婦に引き取られてる。」


「……あの店の人、優しそうだった。」


「おう。

 彼女が保護された時、俺も少し手伝った。

 だから事情は知ってる。

 それで、彼女はパン屋を手伝うようになった。」


なるほど。


「通ってるのは……その、応援の意味もある。」


マイトは照れ気味に頭をかいた。


「がんばってる子を見ると、放っておけねぇだろ。

 それに……パン、ほんとうにうまいんだよ。」


私は少しだけ意地悪く笑う。


「で、★5つ連発の理由は?」


「いや、それは……ほら……

 がんばってるから、つい……。」


「ふーん?」


マイトは視線をそらし、パンをむしった。

分かりやすい人だ。


「まあ、いいけどね。」


私は水をひと口飲み、続けた。


「マイトが誰を応援してても、不思議じゃないし。

 あの子が不安なら、支えてあげればいいよ。」


「……そう言うんだな。」


「言うよ。だって事実だし。」


「……ありがとな。」


マイトは照れくさそうに笑った。

その笑顔が、なんだか嬉しくなる。


「お店で話したりするの?」


「世間話程度だな。」


「へぇ。どんな?」


「天気とか、新作のパンの話とか……

 客が多くて忙しいとか、そんなもんだ。」


「元の世界のことは覚えてるって?」


「……あんまり覚えていないらしい。

 ただ、

 『元の世界でも食べ物屋で働いてた気がする』とは言ってたな。」


「ああ、わかる。そういう“残り香”みたいな記憶、あるよね。」


そして私は、にっこり笑った。


「……もっと仲良くなれるといいね?」


マイトはパンを落としそうになった。


「い、いや、おれは……!

 そんなつもりじゃ……その……もごもご……」


口ごもって、言葉が迷子になっていく。


その顔を眺めながら、私はふっと思う。


別におせっかいをしたいわけじゃない。

恋愛を邪魔するつもりも全然ない。


ただ——


マイトのそばに、

支えになる人がいてくれるなら。

それは、とても、いいことだ。

と思う。



——さて。

ハルカちゃん。

どんな子なのか。


ちょっと見に行ってみよっかな。

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