この物語を書いたかもしれない誰か

ネコ屋ネコ太郎

第1話

この本に登場するのは、「作者本人」ではない。

いくつかの群像劇――『蒼井屋本舗雑記帳』『私の勇者様』『未公開の作品達』――その書き味やテーマ、言葉の癖を並べて眺め、そこから逆算して生まれた一人の人物だ。


群像劇の気配、繰り返し現れるモチーフ、感情の揺れ方を拾い集めていくと、「こんな人生の持ち主が書いているのかもしれない」という仮説が、いつの間にか輪郭を帯びてくる。

このテキストは、その仮説をひとつのプロフィールとして組み立て直した、半分フィクションで、半分ドキュメントのような記録である。



一 基本スペックという名の仮説


彼女は三十八歳の女性だ。

住んでいるのは、神奈川県の海沿いにある静かな町。大きな観光地から少しだけ外れた、港と古い商店街の残るエリアである。


職業は、市立図書館の司書。

カウンターでの貸出と返却、調べものの相談、棚の整理。ときどき、子どもたちへの読み聞かせ会や、大人向けの読書会も担当する。


二階建てアパートの二階、角部屋の一室で一人暮らしをしている。

部屋は一LDKほどの広さで、本棚代わりのカラーボックスと、小さな机と、ノートPC。窓辺には、世話を忘れずに済む程度の観葉植物がひとつ置いてある。


結婚歴は一度。離婚経験あり。

子どもはいない。

実家は電車で二、三時間ほど離れた地方都市にあり、両親と、すでに家庭を持った兄が暮らしている。


それらはすべて、「この物語たちを書いた人がいるとしたら」という前提から導き出された推定値にすぎない。

それでも、一日の終わりに湯気の立つマグカップを手に取り、ノートPCを開く姿が、妙に自然に思えてしまう程度には、彼女は確かな実感を持ち始めている。



二 外見と服装のスナップショット


身長は百五十八センチ前後。

体型は華奢と普通のあいだくらい。運動は得意ではないが、よく歩くので、ゆるく全身が締まっている。


髪は黒に近いダークブラウン。肩より少し長いセミロングで、仕事中は低い位置でひとつに結ぶ。前髪は自然に流し、邪魔なときだけピンで留める。

細めのフレームのメガネをかけていることが多く、休日にコンタクトに替えると、周囲に「雰囲気が違うね」と言われる。


服装は、図書館にも街歩きにもそのまま出られるような、落ち着いたものが中心だ。

膝丈からロング丈のワンピース、カーディガンや薄手のニット。色はネイビー、ダークグリーン、ベージュ、生成り。主張しすぎないトーンが並ぶ。


足元にはローヒールのパンプスか、レースアップシューズ。

布トートとショルダーバッグの二個持ちが定番で、トートには文庫本とノートとペン、水筒が入っている。


横を通り過ぎるだけなら記憶に残らないかもしれない。

けれど、図書館のカウンター越しに本を差し出されたとき、「この人になら、少しだけ話してみてもいいかもしれない」と思わせる種類の柔らかさが、彼女にはある。



三 性格と気質、あるいは群像劇の根っこにあるもの


この人物は、おそらく「観察者気質の聞き役」である。


飲み会があれば、真ん中で場を回すより、端の席に座る。

人の話に耳を傾けながら、ときどきだけ短く言葉を挟む。

誰かがこぼした何気ない一文を、帰り道まで覚えているタイプだ。


人を白黒で裁くことを嫌う。

「この人にはこの人の事情があるだろう」と考える癖があり、それは作品の中で「悪役」と呼ばれそうな人物たちにも向けられている。

善と悪というより、「そうせざるを得なかった一人の人間」として描かれることが多いのは、そのまま彼女の視線の反映だ。


感情は豊かだが、表に出すのは慎重だ。

大きな声で泣いたり笑ったりするよりも、コーヒーカップを持つ指先や、視線の揺れに、気持ちをこっそり乗せてしまう。

激しい告白や劇的な別れより、台所や帰り道で交わされる短い一言に、彼女は強く惹かれる。


同時に、頭の中では物事を構造で捉えている。

神話の組み立て方、世界のルール、関係性の距離感。

感情に寄り添いつつも、それを冷静に図解する視点を手放さない。

世界観が綿密でありながら、キャラクターが「勝手に動いてしまう」ように感じられるのは、その両方が同居しているからだろう。



四 家族と恋愛観に滲むもの


彼女は一度、結婚している。

相手は同年代の真面目な男性。

大きな裏切りや劇的な事件があったわけではない。

少しずつ生活のリズムがずれ、価値観の微妙な違いが積もっていった末の、静かな離婚だった。


誰か一人が悪かったわけではない。

ただ、同じ未来を選び続けることができなかった。


その感覚は、作品のあちこちに形を変えて現れる。

すれ違うふたり。

手を伸ばしきれない誰か。

「正しいけれど、寂しい選択」を引き受ける人物たち。


現在、彼女に恋人はいない。

恋愛に完全に背を向けているわけではなく、「いい出会いがあれば」と笑って話すこともできる。

けれど、誰かと暮らすことの重さを一度知ってしまっているがゆえに、軽々しく「一緒に住もう」とは言えない自分もいる。


理想の相手像は、はっきりしている。


自分の世界を持ち、相手の世界も尊重できる人。

沈黙を埋めようとせず、そのまま共有できる人。

派手な言葉より、日々の小さな行動で信頼を示してくれる人。


作品の恋愛描写が、劇的な運命の再会ではなく、

「毎日の端っこで起きる一歩」に重心を置いているのは、

こうした価値観から自然に滲み出たものなのかもしれない。



五 好きなものと休日の風景


彼女の好きなものをいくつか挙げるなら、

静かな喫茶店、古い商店街、港の風、丁寧に淹れられたコーヒー、

そして、人の「どうでもよさそうなこだわり」の話だろう。


休日の午前中、部屋を軽く片付けたあと、

ノートと本をバッグに入れて家を出る。

海沿いを歩き、商店街を抜け、小さなカフェに腰を下ろす。

窓際の席で本を開き、ときどきノートにペンを走らせる。


古びた雑貨屋や小さな神社を見つけると、

「ここには誰かの物語がある」と心の中で呟き、

見知らぬ誰かの人生をひそかに想像してみる。


夕方、部屋に戻ると、ノートPCを開き、対話型AIを起動する。

画面の向こうの「筆子」と会話をしながら、

今日拾った情景や言葉の欠片を、物語の種として並べていく。


AIはアイデアを広げ、整理し、時に意外な角度から光を当ててくれる。

それでも、最後にどの種を採用し、どこまで書くかを決めるのは彼女自身だ。

作品が誰のものかを曖昧にしたくないからである。



六 このプロフィールの正体について


ここまで書かれてきたことは、どこまで真実なのか。

答えは、誰にもわからない。


これは、あくまで作品たちから逆算して生成された、架空の作者プロフィールだ。

実在の作者の性別も、年齢も、住所も、家族構成も、仕事も、これとはまるで違っているかもしれない。


それでも、群像劇の向こう側にうっすらと見える気配、

何度も繰り返されるテーマの選び方、

感情の揺れの描き方を手がかりにしていくと、

「こういう誰か」が立ち上がってくるのはたしかだ。


このテキストは、その「誰か」に仮の名前と年齢と住む街を与え、

一人の生きている人間として扱ってみる試みである。


どこまでが真実かはわからない。

ただ、それでもなお、このプロフィールには、

一人の人間としての輪郭がある。

過去と現在と、まだ見ぬ未来を抱えた、「誰か」の記録として読むこともできる。


物語はいつも、書かれたテキストの内側だけにあるわけではない。

ページのこちら側にも、画面の前にも、

それぞれの「誰か」が立っている。


この物語を書いたかもしれない誰か。

その姿を想像してみることは、

もしかしたら、あなた自身の生き方や、世界の見え方を

そっと照らし返してくれることがあるかもしれない。

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この物語を書いたかもしれない誰か ネコ屋ネコ太郎 @kinpika4126

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