第11話 クリスマスデート
「お願い。今日くらい、サングラスとマスクは外させてよ」
「…………」
「猫耳を見られるわけにはいかないから帽子は被るよ。でも、サングラスとマスクは別にいいじゃん。ねえ、お願い。折角唯斗とデート出来るのに、サングラスとマスクを気にしながらデートなんて嫌だよ。デートに集中出来ないよ」
翌朝、懇願する綾香の前で、俺は腕を組んで考え込んでいた。
綾香の言いたいことは分かる。顔を隠すという目的で、外出する時綾香は仕方なくマスクとサングラスを着用している。マスクは少し高級なものにしているとはいえ、綾香からすれば着用しなくていいに越したことはないだろう。
マスクとサングラスを着用せず、顔を丸出しにする綾香とデートする様子を思い浮かべる。今日はクリスマスイブ、しかも土曜日。きっと、いや確実にものすごい数の人がいるだろう。
綾香のかわいさは群を抜いている。お世辞でも何でもなく、信じられないくらいかわいい。きっと注目される。指を指される。中には、「あんなかわいい女の子の彼氏があんな男なのかよ」と穿った見方をする人だっているかもしれない。
とはいえ、折角のデート、綾香には心から楽しんでもらいたい。マスクとサングラスが気になって心から楽しめなかった、なんてデート後に言われたら一生後悔するだろう。
別にいいか、と思った。見られようが、後ろ指を指されようが、綾香が心からデートを楽しめるなら安いものだ。
「いいよ。今日はマスクとサングラスはつけなくていい。帽子だけ被ってくれたらそれでいいから」
「え、ほんと!? いいの!?」
「うん。綾香には、心から今日のデートを楽しんでほしいからね」
「やった〜!! じゃあ、早速行こ! デート!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。忘れ物がないか確認するから」
足踏みする綾香を手で制し、俺は肩からかけるショルダーバッグの中身を確認した。タオル、消臭スプレー、折り畳み傘、そしてひそかに用意したプレゼント。こんなものでいいだろう。ポケットには財布とハンカチ、スマホが入っている。安物とはいえ一応香水もしっかりつけた。
「よし、じゃあ行こうか」
「行こう行こう!」
俺がドアに鍵をかけ終えると、綾香は俺の手をそっと握った。
「今日、私は唯斗の彼女だからね。カップルと言えば、手を繋ぐんでしょ?」
綾香はにこっと笑って言った。俺はその笑顔に思わず見惚れた。綾香と出会ってから1ヶ月以上経つが、時折見せつけられる暴力的とも言えるほどのかわいさには未だ慣れない。
クリスマスの間だけとはいえ、こんなに素敵な女性、いや神様が俺の彼女になってくれるなんて。胸がぽかぽかと温かくなる。
最寄り駅に向かう道中、綾香のテンションはずっと高かった。デートに行けることに加えて、煩わしいマスクとサングラスを着用してないことが嬉しいのだろう。綾香は、私が今日のデートをどれだけ楽しみにしていたかを力説していた。
最寄り駅に到着し、綾香用に切符を買って改札を通り抜け、ホームに滑り込んだ電車に乗り込む。いつも大学に行く際に乗る電車とは反対方向に進む電車だ。
「唯斗、休日だけどけっこう人多いね」
車内を見渡し、綾香が俺に囁く。
「うん。今日は休日でクリスマスイブだからね。俺たちみたいに出かける人は多いと思うよ」
案の定、周囲から視線を感じる。綾香のずば抜けたかわいさ、そして神様であるが故の言葉では言い表せない存在感を感じ取っているのだろう。
別に気にならなかった。今日は、人の目を気にせず、綾香とのデートを心から楽しむと決めていた。
「うわ〜! すごいね! 大きいね!」
10駅ほど移動して電車から降り、少し歩いて目的地に辿り着き、綾香は嬉しそうに声を上げた。目の前には巨大な商業施設、そして遊園地。特に商業施設はとんでもない大きさだ。
「すごいね。俺、ここ来るの初めてなんだけど、こんなに大規模だなんて知らなかった」
「人がいっぱい! 皆ここに遊びに来たってことだよね?」
「そうだね」
「すごいな〜! 早速行こ! まずは遊園地だよね!」
「うん、行こう」
俺は綾香の手を引いて遊園地に向かった。商業施設に隣接する遊園地は、規模はそこまで大きくないものの、観覧車やお化け屋敷をはじめとする複数のアトラクションを有しており、かなり人気のようだ。
「あれは何? あの大きい丸みたいなやつ」
「あれは観覧車だね。ゴンドラに乗って、上からの景色を楽しめるアトラクションだよ。行ってみる?」
「うん!」
ということで観覧車に向かった。開場してすぐとはいえ、土曜日のクリスマスイブということで人が多い。俺と綾香は順番待ちの列に並んだ。
「ねえねえ見てよあの子、めっちゃかわいくない?」
「うわ、やば! 芸能人? モデル?」
綾香のかわいさに気付いた人の声が聞こえる。今日はずっとこういうことが起きるだろう。
「お待たせしました、足元に気をつけて乗車してください」
係の人の案内で、俺と綾香はゴンドラに乗車した。ゆっくりとゴンドラが上昇していく。
「わ! わ! すごいすごい! どんどん上に上がってるよ!」
観覧車は初めてなのだろう、綾香はとても興奮していた。
「うわ〜! 建物がいっぱい見える! 全部人間が作ったって思うと、なんかすごいな〜!」
「そうだね。今日はいい天気だから、尚更景色がいい感じだね」
「晴れてよかったね〜!」
「うん。あ、そうだ綾香、写真撮ろうよ」
俺はスマホを取り出して言った。思えば、綾香と生活するようになって1ヶ月以上経つが、まだ一度も綾香とツーショット写真を撮ったことがない。今日のデートで、沢山写真を撮ると心に決めていた。
「うん、撮ろう! あれ、でも私と唯斗しかいないよ? 誰に撮ってもらうの?」
「自撮りするから大丈夫。俺に近づいて」
「分かった!」
綾香は俺に抱きつくようにしてくっついた。スマホを内カメにして写真を撮ろうとするが、自撮りに慣れてないものでなかなか上手くいかない。
「あれ、意外と難しいな。綾香、ちょっと待っててね」
「うん、大丈夫だよ」
どうにかスマホの位置、角度を調整し、自撮りに成功した。写真のデータを確認し、思わず泣きそうになってしまった。こんなに素敵な人と、観覧車でツーショット写真が撮れるなんて。
綾香に出会う以前、孤独に心を痛めていた時には想像もしていなかったことだ。生きていれば何かいいことが起きるんだな、と思った。
「どうしたの?」
「綾香と写真が撮れたことが嬉しくて、感動しちゃった」
「そっか。人間の世界では、写真を撮るって特別な行為なの?」
「うん。大切な人とのツーショット写真なら尚更特別だよ。写真はデータとして残るから、思い出になるし」
デート中にスマホをいじりすぎるのはよくないと思いつつ、俺はメッセージアプリを開いて颯太にツーショット写真の画像を送った。そこで、以前颯太が度々俺に彼女の話をしたり、デートの写真を見せつけていた理由が分かった。
あの時はウザイな、嫌だなとしか思ってなかったが、今なら分かる。心が躍るような体験をしたら、大切な人と写真を撮ったら、それを誰かに共有したいと思うのは当然の心理だ。
「観覧車楽しかった〜! 唯斗、次はどこに行く?」
「じゃあ、次はお化け屋敷に行こう」
「それはどういうものなの?」
「えっとね、うーん説明が難しいな、とにかく面白いアトラクションだよ。きっと綾香も楽しめると思う」
「分かった! 行こう行こう!」
こうして、俺は綾香と一緒に様々なアトラクションを楽しんだ。
楽しいデートになるだろうと予想していたが、いざ本番になるとその楽しさは想像以上だった。綾香といると何気ない一瞬一瞬がとても楽しく、幸せに感じた。綾香はとても楽しそうだった。そんな綾香を見ているとこっちまで楽しくなった。
「遊園地のアトラクションは大体見て回ったね。どうだった?」
「すっごく面白かったよ! どれもこれもとても楽しかった! 遊園地ってこんなに楽しい場所だったんだね! 素敵な場所に連れてきてくれてありがとう、唯斗!」
輝くような笑顔を見せつけられ、とくんと俺の心臓が跳ねた。
綾香の笑顔を見ると、ドキドキして、胸がじんわりと温かくなって、幸せな気持ちになるのは何故なんだろう。飛び抜けたかわいさを持つ綾香の笑顔だから、と言えば簡単だが、他の理由があるような気もした。
「えっと今の時間は……うわ、もうこんな時間か。けっこう経ってるな」
俺はスマホで時間を確認して呟いた。楽しい時間はあっという間、とはまさにこのことだ。遊園地は楽しみ尽くしたし、そろそろ商業施設の方に移ろうか、と思った。
「綾香、そろそろ移動しよう。次はあっちの建物に行くよ」
「分かった!」
「ちょっと早いけど、お昼にしようか。ご飯を食べる場所は決めてなかったけど、何か食べたいものはある?」
「え? 私は食事必要ないよ。神様だから」
「あ、そっか……」
デートが楽しすぎてテンションが上がったあまり、綾香が食事を必要としないという当たり前の事実を失念していた。浮かれすぎだ、冷静になれ、と俺は自分に言い聞かせる。
「唯斗の好きなものを、好きなだけ食べて。私は待ってるから」
「うん、分かった」
綾香と手を繋ぎ、商業施設に移動しながら考える。どうしよう。綾香は食事を必要としない以上、俺が食事をしている間はただ待つことになる。退屈してしまうかもしれない。
フードコートにものすごい人がいることは火を見るより明らかだ。わざわざフードコートに行って、長時間待つ羽目になり、その間ずっと綾香を待たせるのは忍びない。
事前に商業施設のマップに目を通し、施設内にコンビニがあることは把握している。そこで適当に買って済ませるか、と思った。腹が満たせればなんでもいい。とにかく綾香に退屈して欲しくなかった。綾香が最大限デートを楽しめるなら、今日の食事が質素になるくらいどうってことなかった。
「じゃあ、コンビニに行くよ」
「コンビニ? 商業施設にはお店が沢山あるんじゃないの? そこで食べないの?」
「きっと人が沢山いるから、そこには行かない。コンビニで適当に済ませるよ」
「そっか、分かった」
俺と綾香は商業施設の中に足を踏み入れた。県内でも最大級の規模を誇る商業施設の中には、映画館やゲームセンターをはじめ多種多様な施設が山のように存在し、あらゆる人の娯楽の場として機能している。
まずコンビニに向かい、おにぎりと唐揚げ、水と口臭予防用の清涼製品を購入した。
「それだけ? それで足りるの? 折角だからちゃんとしたお店で食べればいいのに」
「いや、いいよ。これで大丈夫」
商業施設の中にはものすごい数の人がいる。コンビニですら中には沢山人がいた。フードコートを避けた判断は正しかっただろう。コンビニの外で、立ち食いでおにぎりと唐揚げを胃袋に納め、清涼製品を口に含んで口臭のケアもしっかりした。
「お待たせ、じゃあ行こうか」
「なんか急いで食べてなかった? もっとゆっくり食べればよかったのに」
「そんなことないよ。映画が始まるまではまだ時間があるから、映画館の近くのゲームセンターで遊ぼう」
綾香を退屈させたくないからだよ、とはさすがに言わなかった。それを言うのはナンセンスというものだろう。俺は綾香の手を引き、ゲームセンターに向かった。
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