Merry ChristMuscle

紅玉

第1話 Love is Muscle !?

 昔の人はこう問うた。


 ――愛ってなんだ?


 答えは『ためらわない事さ』だそうだ。

 うん、そうだな。それについては否定の余地はない。 

 だがあえて言おう‼


 否‼

 愛とは筋肉である‼


 全てを愛し、全てを包み込み、全てを許す、絶対に裏切らない唯一のもの――それが――筋肉‼


 ほらよく耳を澄ませてみろ、この季節――ハロウィンの季節が終わり、世の中は青と白と赤と緑のネオンが入り混じるこの季節だよ。


 ――パチンコ屋ではないぞ? 


 聞こえてくるだろう?


 ~We wish your Merry Christmas♪ We wish your Merry Christmas♪ We wish your Merry Christmas♪ and Happy New Year♪~


 ~き~ぃよ~しぃ~ こ~のよーるぅ~♪ ほーしーはー ひーかーりぃー~


 ~クーリースーマス キャロルがぁ~


 町のあちらこちらからいかにも浮かれたリア充カッポーを厳選し、彼ら以外には全く歓迎されないであろうこれらの曲がほら、聞こえてくるだろう?


 聞こえてくるよなぁ?

 おい、そこ、聞こえないふりをするんじゃない。しっかり現実を見ろ‼


 いいか、そのリア充共の冬季限定幸福力クリスマス・オーラはこの筋肉の聖地たるスポーツジムの中にだって押し寄せているんだぞ‼


 これまでの季節は耳障りの良い洋楽ばかりが掛かっていた聖地――ジムの中。

 英語なのかフランス語なのかドイツ語なのかは分からない、全く頭に入って来ない歌詞を艶っぽい歌姫の響きだけで楽しむ事が出来、頭も体も他の五感も第六感も全てを筋肉を育む事に注ぐことのできる聖なる建物church


 だがこの季節は、確実に絶対に疑いの余地なく、クリスマスソングが四六時中店内を浸食しているのだ‼


 ――さてはトレーナーの中にリア充がいるな?


 

 まぁいい。


 俺は今日も神聖な儀式、自らの筋肉を高めるべくストレングスマシンに励み、心肺機能強化のためにランニングマシンで汗を流すのみ。


 何が言いたいかと言うと――そんな場でもクリスマスと言う時期から逃れる事は絶対に不可能なのだ。


 万年ロンリーオンリーな俺には無縁、なんなら筋肉教徒なんでと他宗教は邪教とばかりに筋トレに励む俺には一億パーセント本当の本気で無縁なイベントなんだよ‼



 ――と、思っている時期が俺にもありました。




「ハァイ。またあったわね」

「お、おう……」


 ベンチプレスに寝そべってバーベルを上げ下げしていると、不意に声を掛けられる。


 最近、通い詰めているこの聖なる地ジムに降り立った天使エンジェル――。


 名前も、年齢も、何もかも分からない。

 ただ同じジムの会員と言うだけのその女性の事を、俺は気になっていた。


 だから初めて声をかけてくれた時は嬉しかったし、それだけで十分だったのだが。


「今日も頑張ってるんだね」


 にこりと微笑むその柔和な表情に、ついバーベルを落としてしまいそうになるのをぐっとこらえる。


「まぁ、はい……」


 実は、俺にはずっと悩んでいる事がある。

 はっきりと言ってしまえば、体質的に筋肉が付きづらいのだ。


 朝食でベースフードのタンパク質13グラム配合のパンとクノールのタンパク質が採れるカップスープの合計24グラムのタンパク質を摂取し、昼食は100グラムのチキンソテーと牛乳に溶かしたプロテイン、夕食には茹でたささみとブロッコリー。

 ついでに小腹が空いた時の間食はプロテイン配合のウェハースと牛乳。


 一日で接種しているタンパク質の合計は60グラム以上。


 なのに、なのに……ッ‼

 この食生活をどれだけ続けてもムキムキマッチョマンになれないのだ。


 この悩みと、同じジムに通う女性に何ら因果関係がないだろうって?

 いやいやいや。

 ここは筋肉の聖地、スポーツジムだぜ?


 ここで異性、特に男性に声をかける女性なんてそりゃぁ怒涛の筋肉を持つ相手をパートナーにしたいに決まってるじゃないか。

 お世辞にもガリマッチョとすらいえない俺に声をかけるなんて女子高校生がやってる罰ゲームか何かなんだ、分からないけど絶対そう。

 そもそもお世辞抜きで可愛いこんな子が、こんな場所でガリガリ体型な俺に興味を持つなんて普通にあり得ない。



 悲しいかな、こういう理由から声をかけられている事自体がフェイクだと思ってしまうわけだ。

 我ながらどんだけ卑屈なんだよとは思うけど、自らが欲しい物きんにく得られない物ガリガリのギャップが極端に乖離している時って得てしてそんなものだと思わないか?


だが、そんなこちらの葛藤などお構いなしに。

斜めに俯き加減、顎に軽く握った拳を当て、視線を彷徨わせながら女性はさらにこう話しかけて来た。



「ねえ、来月の24日ッて――空いてる、カナ?」



 おい、いいのか?本当にいいのか⁉

 こんな俺の細い筋肉なんかで、本当にいいのか⁉⁉⁉⁉


「あ、ああ。得に予定は入れてない、かな」


 時として口は頭よりも正直である。

 俺は脳内での葛藤とは別に、口が勝手にOKをしてしまっていたのだった――。


 

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