第2話 光の行方を追いかけて
「全く!あんたって子は!夜行バスに乗り遅れるなんて…どんなに心配したか」
家に着くなり、早速で母に叱られた
「ねー、私もビビったわー!」
おちゃらけるしかない。
「『ヒビった』じゃないでしょう!」
頭を軽くコツンとされた。
「助けてくれた人はどんな方なの?東京にもいい人がいるもんだね。」
母の中では同じ日本なのに、宮城と東京じゃ世界が違うらしい。
「優しい女の人だよ。なんか仕事帰りだったみたいで、オロオロしてる私を見つけてくれたんだ。朝まで明るいお店で一緒にいてくれた」
1つだけ嘘をついた。少し心がチクンと傷んだが、母にこれ以上の心配をさせたくない。
「ご馳走にもなったって?お礼言わないとね。」
「あーー、それが…連絡先とか聞かなかった」
「もう、それじゃ、お礼言えないじゃないの!」
母は呆れていたが、私は、悠真さんとはもう2度と会えないのかな?と考えたら、また心がチクンと傷んだ。
新幹線の中でも、ずっと悠真さんとの会話を思い出していた。
最初は怖かったけど、話すととてもいい人だったな。
コーヒーを飲む時、少しだけ目を伏せる顔を思い出した。私の周りにはいない雰囲気の人。
彼女……とか…もちろんいるよね?
笑う時にほんの少し目尻が下がって静かに笑う表情を、顔も分からない彼女に向けている姿を想像して、頭を振った。何を考えてんの私!
想像を掻き消すようにヘッドフォンを着けてライブで聞いた曲をかけた。
翌日の学校で、廊下を歩いていると友達が後ろから抱きついてきた
「柚葉ー!ごめんねー!1人東京ツアー、楽しかった?」
「おはよ!熱は大丈夫だったの?」
「検査してもらったど、何ともなかった。でも、私もドーム行きたかったなー!」
「残念だったねー!最高だったよ!やっぱり東京はいいね。」
「あー、羨ましい!熱さえ出なければ……もう、悔しい」
と地団駄を踏んだ。そして思い出したかのように
「それより、今日ってまだ進路決まってない人の面談じゃん、柚葉はどうするの?」
「うーん、それなんだけど…東京の大学に行こうかなと思って。えへ。」
と語尾を可愛くしてみた。総合型選抜は9月には終わってるから、学校推薦型選抜を狙うつもりだ。
少し決めるのが遅かった気もするが、夏までに自分がやりたい事は全く決まらなかった。
高校入学から、先生達からは「早目に進路を決めるように」と、ずっと言われ続けていた。
目標がある子や、成績が優秀な子は早くから進学や就職を決めていて、それに向けて動いていた。
そんなに早く将来って決めれるものなのかな?大人になった自分を全く想像できずにいる。
取り残されるような感覚に陥って、忘れるように音楽を聴いては自分を慰めていたが、焦りは消えなかった。
それが東京から帰ってきて、何故か吹っ切れていた。
悠真のような大人になりたい。
月だけがぼんやり光る夜、冷たい雨の中を救ってくれた人。
あの人の“間”って、なんだか静かな音楽みたいだった。
何かを言おうとして、やめる時の呼吸。
コーヒーを飲む時の目線と沈黙。
その全部が、優しくて落ち着くリズムだった。
一緒に居て、とても心地が良かった。それは、新幹線の中で思い出して、気づいてしまった。
自分は将来、何ができるかも分からないけど、とにかく東京へ行って自分を研く。そして目標を見つける事を目標にするんだ!
私のおちゃらけを聞いて友達は
「えへって、柚葉、あんた東京の大学なら早く決めないと、埋まっちゃうよ。これは、同級生同士のサバイバルだぞ!」
ボクシングのジャブのポーズで私にこぶしを向けた
「やば!」
「評定の高い順からの激しい奪い合い!柚葉の評定はいかに⁈」
とからかってくる。
「わ!わ!まって!今から見てくるーー」
「まだ残ってるといいねー」
そう叫ぶ友達の声を後ろに聞きながら、私は焦る足で進路相談室に向かった。
張り出されている大学や専門学校の一覧を見に。
――――あれから4ヶ月、ギリギリでも推薦入試に合格できて、1ヶ月後の4月からは大学生。
母からは
「奨学金は全部使わないでバイトしなさい!でも103万の壁があるから月8万円までね!」と色々難しい事を言われた。
母と新しい部屋を下見に行った時、ライブの帰りに悠真さんと過ごしたコーヒーショップに一緒に行った。
店の名前は覚えていたから、検索したらすぐに探し当てられた。
「ここで始発まで過ごしたんだよ」
「そうなのねー。あの時は東京に取り残された柚葉を心配して大変だったけど、もう大学生。大きくなったわね。」
と、しんみりしている。
あの時の席に座り、カフェラテを頼んだ。
もう一度、この店に来れた事がとても嬉しかった。
悠真さんには会えないけれど、悠真さんがいたこの席に悠真さんを感じる事ができたから。
最初はそうでもなかったのに、仙台に帰ってからどんどん想いは強くなっていった。
そして、進学を東京にするなんて、自分でもびっくりしている。もう一度会いたいなんて思っても無理な事は分かっているけど、同じ東京に居るってだけで心が強くなる感じがした。
母とコーヒーを飲みながら外を眺めると、乾いた東京の3月の風が歩道の木々を揺らしていた。
母は最近すっかり大人じみてきた娘の横顔を優しく見つめた。
――――あれから時間が過ぎるのは早く、今は大学2年。私はあのコーヒーショップで半年前から週3ぐらいでアルバイトをしている。
思い出の店で、コーヒーの香りの中で働くのはとても幸せだった。
お客さんのほとんどが、店内でゆっくり過ごしている。パソコンを開いて仕事をするサラリーマンや、何時間も話し込む若者。とても幸せそうなカップル。買い物の合間なのか、休憩がてらにホッと一息つく主婦。
その中でも、あるカップルが最近の私の推しだった。
ふわっと緩やかな長い髪の彼女と、いつもお洒落でスラっと長身のイケおじ。この2人が来ると、店内がほんの少し華やかになるようだった。
2人の雰囲気は映画のような世界に溢れていた。
綺麗な人だな。あんな大人になれたらカッコいいなー。と、見惚れてしまう。
ある日、コーヒーを運んでいた時、2人の会話をきいてしまった。
「それでも構わないから、私と一緒にいて欲しい」
「君を苦しめてしまっている自分が、とても情けないよ」
「いいの。私が自分で続けると決めた事なんだから。」
「僕は、別れるつもりは無い。けど、1番愛しているのは君だけなんだよ」
「たまにでいいの。このまま、ずっとこのままを続けましょう。」
テーブルの上で指先が触れるのが見えた
えーー!あんなに推していたカップルは……そんなー。
東京、凄いと思った瞬間だった。
色々な人が来店するけど、彼が現れる事は今まで一度もなかった。あれからもうすぐ2年になるのに。
私もあの時より髪も伸びたし、化粧も上手になっている。
彼も変わっているだろうか?
それともう一つ、私は音楽のサークルに入った。
勉強も大切だが、せっかくの大学生活、友達を作って毎日を楽しく過ごしたかった。
サークルは和気あいあいと、音楽のジャンル別に語り合ったり、ロック・J-POP・ボカロ・洋楽など自由にそれぞれバンドを組んで、定期演奏をしたりと内容も盛りだくさんだった。人気サークルなだけあり部員も多く、すぐには全員の名前は覚えきれない。
20歳になり、サークルの飲み会に初めて呼ばれた。
とは言っても、20歳になったばかりでお酒はまだ苦手だったので、ウーロン茶を飲んで過ごした。
先輩のお気に入りの店で、お洒落な立ち飲みBARでピザやパスタのイタリアンがとても美味しくてお洒落な店だった。
音楽の話や、大学の話を仲間とワイワイしながら過ごすのはとても楽しい。
夜も遅くなると店もだんだん混み始めてきた。
後ろの席もたった今埋まって、すでに満席のようだった。後ろの席には男女5人が楽しそうにメニューを見ていた。
「えーと、まずフライドポテトでしょ。それとチーズの盛り合わせ!ゆうまはー?」
と声が聞こえて、私は振り向いた。
ゆうまと呼ばれた人は横顔だったが、あの時の悠真さんのようにも見えたし、違うようにも見えた。
私の視線に気づいた女が、私の視界から遮るようにゆうまに腕を絡めて「ねーえ、ワインにしない?」と甘えていた。
ずっと後ろを見る訳にもいかず、サークル仲間と話しながらも、後頭部が気になって仕方なかった。
しばらくして私はトイレに席を立った。
個室に入っていると、2人の女が笑いながらやってきて
「私ー、ゆうま君もらっていい?やっぱりイケメン!いい感じじやない?ただ遊ぶには勿体無い気もするけどー」
「いいじゃん!彼を酔わせていっちゃえー」
「でもー、ゆうま君、酒飲めないって、さっぱり飲んでないんだよね!」
「じゃあその分あんたが飲んで色仕掛けだー!」
「決まり!!」
化粧品のカチャカチャと音がした。
「しかし、あんたも懲りないね〜。これで何人目よ?彼氏はいいの?」
「だってー、アイツ最近全然構ってくれないしぃ?それに、浮気ってなんか燃えるじゃん?」
「確かにぃ!」
笑い声がトイレに響く。
飲み屋のトイレは女の裏の顔がよく鏡に映る。
私は手を合わせて「どうか、あの悠真さんではありませんように」と祈った。
女達が出て行った後、私も仲間の元へ戻った。先輩達は程よく酔っていて、話も弾んでいた。
テーブルに戻る時に『ゆうま君』と呼ばれた人の顔をよく見てみた。
と、女が私の視線にまた気付いた。
「……!?」
すぐに私は目を伏せた。
間違いない、あの時の悠真さんだ。
すっかり思い出になっていた時に、このタイミングで会うなんて。
悠真さんは、はにかみながらグラスを口に運んでいた。あの時の仕草だった。しかし、女の腕がしっかりと絡まっていた。
(どうしよう!彼氏持ちの悪い女に持ち帰られちゃう!)
心の中でそう考えていた。しかし、彼も男ならそんな事だってあるだろう。大人なんだから仕方ない。
でも、あの時、コーヒーを飲んで優しく笑っていた人が、あんな女に引っかかるのは絶対嫌だ!
「そろそろお開きにしまぁーす!」
幹事が声を上げる。そうしないと聞こえないぐらい、店内は賑やかで混んでいた。
そんな時、悠真さんがトイレへ向かったのが見えた。
幹事が「1人、3,500円!はーい!集めまーす!」と叫んでいる。
私は急いで財布から3,000円とその上に500円を乗せて幹事へ渡した。
その時、悠真さんが前から歩いて来た。
後ろのテーブルへ戻るところだった。少しずつこちらに近づく。あと5歩、3歩……
私はテーブルにあったウーロン茶を手に持ち彼の前に立ち、そのままドンッと悠真さんにぶつかった。
グラスのウーロン茶は彼のワイシャツやネクタイにビッショリとかかってしまった。私は「しまった!」いう顔をした。……まぁ、狙ったのだが。
「ちょ!大丈夫〜?」
後ろから女がおしぼりを持って駆け寄ってきて、悠真さんのワイシャツを拭いた。悠真さんは「大丈夫、平気だから」と、困った様子で手で水滴を飛ばした。びっしょり濡れた白いワイシャツはウーロン茶で茶色に滲んでいた。
「何すんのよ!」
と、悠真さんと立ちすくむ私の間に入り込んだ。
甘い香水の香りがとても強かった。女は私の肩を力一杯押してきたので、わたしはよろけて尻もちをついてしまった。
「あなた、悠真君をさっきからチラチラ見てたでしょ?」
仁王立ちで、腕を組んで私を見下している。
私は俯きながら
「…それは……ごめんなさい」
と謝った。私の咄嗟にとった行動は、サークルの仲間達も悠真さんの連れの人達の動きも止めてしまっていた。
「ねえ、どうゆうつもり!?」
と責め立てる女に悠真さんは
「まぁまぁ、彼女もわざとじゃないんだから。前を見ていなかったオレが悪いんだよ。ごめんねー。立てる?」
と、手を差し伸べてくれた。
サークルの仲間の先輩方が
「こちらこそすみません!ほら、柚葉立てるか?」
と言った時
「ゆずは?」
と、しゃがんで彼は私を覗き込んて見た。
彼の顔が近づいた時に
「……わざとです。」
私を覗き込む悠真さんにだけ聞こえるように、呟いた。
悠真さんは何も言わずに、すっと立ち上がり
「あーあ。俺、こんなんだから今日は俺もう帰るよ」
とワイシャツをパタパタしながら仲間に笑って言った。
「は?」
と、女はポカンとしていた。
「君には、クリーニング代を請求書しないとだね。」
と再びしゃがんで私の両肩をポンポンと叩いた。
「しらけるんですけど!」と女は店を出て行ってしまった。それを追いかけるようにもう1人の男女も出て行ってしまった。
悠真さんは
「あらら、食事代払わないと」
と、軽く笑って言った。悠真さんはサークルの仲間達に
「大丈夫、取って食ったりしないから」
と微笑んで、私もみんなに一言
「大丈夫です。クリーニング代を渡すので。」
と、2人で店を出て歩いた。
「あーー、派手にこぼされたなー」
最初の一言がそれだった。
私は、すみませんと謝ったが
「わざとなんでしょ?」
とニヤニヤして振り返る。あの日の笑顔がそこにあった。そして笑いながら
「まさか、仙台のあどけない女子高生だった子が、東京で飲んでるなんて思わないよ!本当びっくりした」
「私も……凄くびっくりしました」
そう言って前を歩く彼の後ろ姿を眺めていた。
彼はくるっと振り向いて
「もしかして、助けてくれたの?」
「……」
「俺、ちゃんと自分で断るつもりだったよー」
「え?」
「大人ですから!」
「本当の彼女に悪いから?」
「そうだねー」
やっぱり彼女いたんだ。そうだよね、こんな優しい人が彼女いない訳ないもんね。
でも、また偶然会えただけ、それだけでとても嬉しかった。
「あの、これ、クリーニング代です」
私は2,000円を握りしめて渡そうとした。
「嘘だよ!そんなの要らない要らない。しかも、2,000円は多いよー?」
と、手のひらで私の手を押し返した。
「しかし、偶然ってあるんだね〜。あの日、助けた子猫ちゃんが恩返しに来るなんて。」
と笑って、いつも思い出していたそのままの顔で
「ありがとう」
と、微笑んだ。
私はずっと俯いたままあまり話せなかった。
「送って行くよ?家はこの辺?このままじゃ俺、恥ずかしいし、とりあえず車に乗ろうね」
とワイシャツをパタパタさせている。
「え?でも、お酒……」
「あー、今日は飲んでませーん!」
2人でほぼ同時に笑って。そして目が合って、また笑った。
――あんなに会いたかった彼が隣に居る。
すでに心の中では憧れの存在になってしまっていたが、実際に会えた。信じられない。
でも、会えた日に失恋してしまった。
あの日は警戒して後ろに乗ったけど、今日は助手席に座っている。夢みたいだった。
「あの、私、大学進学で東京に来ました。今日は音楽サークルの仲間と集まりでした。」
「そんなんだ!音楽好きだったもんね。飲み会って事は、もう20歳⁈早いなー。」
「悠真さんはいくつなんですか?」
「あー、6つ上かな。26だよ。柚葉ちゃんから見たら、おじさんだよね」
「そんな事ありません!」
「柚葉ちゃんは彼氏とかいないのー?」
「……いません」
「そっか」
そのまま少しの沈黙。たまらず私は
「あの!私、助けてもらったコーヒーショップで今働いています!良かったら今度コーヒー飲みに来てください!」
と、告白のような勢いで伝えた。
「えー、そうなんだ。今度時間のある時にでも行ってみるね。」
「絶対ですよー」
と、やっと笑顔で顔を見れた。
そんな会話をしているうちに、アパートへ到着してしまった。
「じゃ、またね!」
軽く親指を立ててポーズを取り、車は去って行ってしまった。
その車を私は胸を押さえて、見えなくなるまで見送った。
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