第27話 「SSRの幻影と課金沼(ガチャ・スワンプ)」

「くっ……! 硬すぎでしょコイツ!!」

 放課後の路地裏。

 魔法少女ゴールド・マージョリーこと天野ミカは、目の前の敵に悪態をついていた。

 相手は『金庫型無銭』。

 人々の「資産を守りたい(けど出したくない)」という欲望から生まれたのか、全身が分厚い鋼鉄の金庫でできた、歩く要塞だ。

「おりゃあ!」

 カィィィン!!

 ミカの必殺(物理)フルスイングが、金庫の角に当たって弾かれる。聖杖プライス・タグが悲鳴を上げ、ミカの手首に痺れが走る。

「物理が通じないなら……魔法よ! 『ゴールド・ブラスト(節約版)』!」

(ピッ。決済額:5,000円)

 杖先からショボい光弾が発射されるが、敵の装甲に当たって「ポスッ」と消えた。

 現在の借金は約11万円。正規出力(5万円)の魔法を撃つ勇気は、今のミカにはなかった。

『ギギギ……』

 敵は嘲笑うようにドアを開閉させると、そのまま地面に潜って逃走してしまった。

「あーもう! やってらんない!」

 ミカは聖杖を地面に叩きつけた。

 報酬ゼロ。残ったのは徒労感と、無駄撃ちした5,000円の赤字だけだ。


***


「はぁ……もっと強い武器があればなぁ……」

 翌日の昼休み。屋上。

 ミカがパンをかじりながらボヤいていると、スマホの『マジカリ』アプリから軽快なファンファーレが鳴った。

『アップデート完了! 新機能実装のお知らせ』

『期間限定:装備召喚(ガチャ)リリース記念!』

『SSR【断罪のゴールデン・ハンマー】排出率超アップ中!』

「……ガチャ?」

 ミカが画面を覗き込む。

 そこには、神々しく輝く巨大なハンマーの画像が表示されていた。

 攻撃力:測定不能。特殊効果:装甲貫通。

「ほう、運営もようやく集金に本腰を入れたか」

 ダインが冷めた目で画面を見る。

「ハンマー……これなら、あの金庫も一撃で壊せるかも……」

 ミカの目が釘付けになる。だが、その下に書かれた数字を見て凍りついた。


『1回召喚:3,000円』

『11連召喚:30,000円(SR以上1つ確定!)』


「たっか! 3万って! 焼肉10回行けるじゃん! バカなの!?」

「だが、当たれば戦力増強だぞ。ほら、初回は無料チケットがあるらしい」

「……タダなら、やるけど」

 ミカは半信半疑で『チケットで回す』をタップした。

 画面の中で魔法陣が回転し、銀色の光が弾ける。

『SR:銀のハリセン 獲得!』

「……は?」  スマホの画面から、実体化した銀色のハリセンがポロンと出てきた。

 ミカはそれを手に取り、振ってみる。バシン! といい音が鳴った。

「おっ、意外とスナップ効くじゃん。……これ、いけるかも?」

 小さな成功体験。

 それが、底なし沼への入り口だった。


***


 放課後。ファミレス。

 ミカ、山本、そして偶然居合わせたルナの三人がテーブルを囲んでいた。

「なるほど、SSRハンマーですか……」

 山本がメガネをクイッと上げ、電卓を叩く。

「SSR排出率は0.5%。単純計算だと200回で1回ですが、確率の収束を考慮すると……期待値的には6万円分回せば、約50%の確率で入手可能です」

「ろ、6万……」

 ミカがゴクリと唾を飲み込む。

「今のミカさんの借金(11万)に比べれば、誤差の範囲ですよ! 先行投資です!」

 ソシャゲ廃人である山本の目は、どこかイッていた。

「あら、皆様なにをしてまして? ガチャ? よくわかりませんが……」

 ルナが優雅に紅茶を飲みながら、自分のスマホを取り出した。

「わたくしも、その『運試し』とやらをやってみますわ」

 ルナが『1回召喚』をポチッと押す。  画面が虹色に輝いた。

『SSR:断罪のゴールデン・ハンマー 獲得!』

 ズドン!  テーブルの上に、黄金に輝く巨大ハンマーが出現した。

「あら、光る金槌ですわ。DIYに使えそうですわね」

「…………」

 ミカの中で、何かがプツンと切れた。

「はぁぁぁぁ!? なんでアンタが一発なのよ!! ふざけんじゃないわよ!!」

「えっ、ミカさん!?」

 ミカの目に、ドス黒い炎が宿る。

 理性が消え飛び、代わりに「射幸心」という名の悪魔が囁き始めた。

「私だって出してやる! 3万! 11連!!」

 ミカが震える指でボタンを押す。

 ――銀、銀、銅、銅、銅……。  結果:SR『鋼のピコピコハンマー』、他ゴミ。

「……もう一回! 次で出るはず! 確率収束しろ!」

 ――銅、銅、銅、銅……。  結果:R『金のタワシ』×10個。

「は? タワシ? なんで10個も……いや、まだだ! 次こそ虹が……!」

 ――銅。  結果:N『ただの割り箸』。

「…………」

 気づけば、テーブルの上には大量の金色のタワシと、コンビニで貰えそうな割り箸、そしてピコピコハンマーが散乱していた。

スマホの画面を見る。


『残高:-205,000円』


 一瞬で9万円が溶けた。

 借金は20万を突破。

 SSRハンマーは、出なかった。

「あ……あぁ……」

 ミカの手からスマホが滑り落ちる。

 世界が灰色に見えた。真理も、正義も、明日も見えない。見えるのは借金の数字だけ。


***


「ギギギ……マタ来タカ、貧乏人メ……」

 夕暮れの路地裏。

 再び現れた『金庫型無銭』が、ミカを見下ろしていた。

 ミカはフラフラと立ち上がった。

 その目は虚ろで、焦点が合っていない。

 手には、ガムテープでぐるぐる巻きにされた奇妙な物体が握られている。

「9万……私の9万……」

「ミ、ミカさん! 無理です!」

 山本が止めるが、ミカには聞こえていない。

「ハンマーがないなら……数で勝負よ!!」

 ミカが構えたのは、聖杖の先端にガチャで出た大量の『金のタワシ』をボール状に巻き付けた、即席モーニングスターだった。

 そして左手には、SR『銀のハリセン』。

「元を取るまでは……死ねないのよぉぉぉぉ!!」

 ミカが突進する。

 『無銭』が防御態勢をとるが、ミカは止まらない。

「オラオラオラオラァ!!」

 ジョリジョリジョリジョリ!!

 タワシの集合体が、高速で金庫の表面を削っていく。

 打撃ではない。研磨だ。

「ついでにハリセン! なんで! 出ないのよ! バカ! 運営のバカ!」

 パァン! パァン! パァン!  小気味良い破裂音がリズムを刻む。

「熱ッ! 摩擦デ、熱ッ!?」

 『無銭』が悲鳴を上げる。  タワシによる超高速摩擦が、鋼鉄の装甲を赤熱させていた。  ミカの形相は鬼そのものだ。金への執着と、ガチャ爆死の怨念が、物理法則を超えた熱量を生み出していた。

「SSRがなんだ! 金持ちがなんだ! こちとらタワシ10個分(3万円)の重みがあるんだよぉぉぉ!!」

 ドォォォォン!!

 最後は摩擦熱でオーバーヒートした『無銭』が、内部から爆発四散した。


***


「……はぁ、はぁ……」

 黒焦げになった路地裏。

 ミカは、煙を上げる『タワシ付き聖杖』を杖にして立っていた。

「……勝った……けど……」


『残高:-205,000円」


 ミカはその場に崩れ落ちた。

 借金は増えた。タワシはボロボロになった。

 何もかもが虚しかった。

「ミカさん……すごかったです……」

 山本が恐る恐る近づく。

「タワシ……意外と使えるじゃない……(涙目)」

「あら、終わりましたの?」

 そこへ、ルナがひょっこりと現れた。  手ぶらだ。

「あれ? ルナ、あのSSRハンマーは?」

 ミカが聞くと、ルナはにっこりと笑った。

「ああ、あれ。重くて肩が凝りそうでしたので、倉庫にしまいましたわ。やっぱりDIYには電動ドリルの方がいいですわね」

「だったら!よこせぇぇぇぇぇぇ!!!」

 ミカの絶叫が、夜の街に木霊した。

 ガチャの闇は深く、そして今日もミカの財布は軽い。

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