第22話 堕天使

「ただいまー!今帰ってきたよ」


ルアが勢いよく扉を開けると、温かな光とともにいつもの空気が広がった。

その声に反応するように、家の中から三者三様の反応が返ってくる。


「お帰り、ルア!今日はすごかったな!」


アスラが嬉しそうに笑い、豪快に手を振った。

彼の声には、どこか誇らしさが混じっている。


「相手の女の子もすごく強かったが、ルアも負けていなかったぞ!」


ゼロは大きな腕を組み、満足げに頷く。

戦士としての目で分析した言葉だ。


「ルア、剣先が二度ブレた、次は気をつけろ」


ジークは壁にもたれたまま、静かに核心を突く。

細かな癖まで見抜く視線は鋭い。


「うん!皆んなありがとう!そうそう、お客さん連れてきたよー」


ルアはぱっと明るい声で言うと、外で控えていたルーシーを部屋の中へと招き入れた。


アスラが眉を上げる。


「?……決勝戦で対戦した女の子?」


「そうだよ!この子はルーシー。で、こっちがアスラであっちがゼロ、そっちはジークだよ。ルーシー本人は隠しているみたいだけど、何か秘密がありそう!」


ルアはにこにこと笑いながら、あっさり秘密を暴露した。


案の定、三人の視線が同時にルーシーへと集中する。

真剣、警戒、興味――それぞれの色が宿っていた。


「たはら?のつえ、なよん?きほせ!!」


パニック状態のルーシーが叫ぶが、誰一人として意味がわからない。


「ルーシー落ち着いて、取りあえずお茶でも飲もう!ここに座って」


ルアが背中をさすりながら椅子へ促すと、ジークが無言で湯気の立つ茶を二つ置いた。

黒い陶器から立つ香りは、緊張した空気を柔らかくほどく。


ルーシーは震える手で茶を持ち、ゆっくりと口へ運ぶ。

温かさが身体を通ると、肩の力が抜けていった。


「ありがとう、落ち着いたわ。ここはいい家ね」


ふう、と息を吐き、ルーシーは覚悟を決めた顔で口を開く。


「ところで、三柱の神を屠ったって話は本当なの?」


声は震えていない。だが瞳は真剣そのものだった。


「ああ、本当だ」


アスラが迷いなく答えた。

その声音は軽くも重くもない。ただの事実として響く。


アスラは続けて話す。


「雷神トール、破壊神シヴァ、闘神マルス、デミゴッドのヘラクレス、勇者、全員斬った」


「…………どうやって?」


ルーシーの問いは短い。

だが、その裏にあるのは恐怖と興味と理解不能の入り混じった感情だ。


「簡単だ!首をはねただけだ!」


アスラはまるで日常の説明のように淡々と言いきった。


その一言で、ルーシーの思考は完全に止まった。


――ここに来たのは間違いだった

――いや、間違いどころか、命の危険があるのでは?


そんな恐怖が一瞬で頭をよぎる。


すると、静かな声が割り込んだ。


「まあ、そうビクビクするな、堕天使ルシファーよ」


「「え?」」


ルアとルーシーが同時に声をあげ、部屋の空気が震える。


「ルーシー天使だったんだ!!だからあんなに強かったんだねー」


ルアは驚きのまま、ぱあっと顔を輝かせた。


アスラとゼロはぽかんとしていたが、ジークだけは最初から理解していたようだ。


「なぜ私が堕天使ルシファーだと分かった?」


ルーシーは鋭い目つきでジークへ問い詰める。


「強くて傲慢な大天使が神にたてつき、下に堕とされた。結構有名な話だぞ。それに私はお前を見たことがある」


ジークは淡々と、棒読みのような声で言い放つ。


ルーシーの背中に一筋、冷たい汗が流れた。


「私も殺すのか?」


震える声が零れた。


「え?何で?君はルアの友達でしょ?殺す理由なんて全くないよ」


アスラが柔らかく答える。

その言い方はまるで“当たり前のこと”のようだった。


「そうだよ!ルーシーはお客さんだよ!変な勘違いしないでね」


ルアは必死に手を振る。


しかしルーシーの混乱は収まらない。


「なら何故、神殺しをしている?理解が追いつかない」


アスラは少し考え、それから自分が異世界転生に失敗した日から、今日までの全てをゆっくり説明していった。


血、絶望、狂気、闘争――あまりにも重すぎる物語。


話を聞き終えたルーシーは、ただ一言だけ呟く。


「惨すぎる……」


沈黙が落ちる。

しかし、その沈黙を破ったのはジークだった。


「お前にも、神との因縁があるのではないか?」


低く、だが優しい声。


「ある!自由を求め、神に意見をした結果、堕とされた」


ルーシーの顔が怒りで歪む。

その姿には、かつて天界を統べた大天使の覇気が微かに宿っていた。


「なんだ、我らと同じではないか!気が合いそうだなルシファーよ」


ゼロが笑いながら肩を叩く。


「そんな辛いことがあったんだ……だからお金もなかったんだね。良かったら今日は私の部屋で一緒に寝ない?」


ルアは優しく、まっすぐにルーシーへ手を差し出した。

その言葉は、天界で孤独だった彼女の心に、深く温かく届いた。


――その夜、ルシファーは生まれて初めて

“家族のような温もり”に触れることになる。


――――


早朝、四人は訓練に励んでいた。

ルアは昨日の反省点をジークに指導してもらう。


「剣先がブレれば、剣の軌道も変わる、絶対ブラすな」


ジークが棒読みで指導する。


「わかった!もっと集中する!」


ルアはジークに打ち込んだ。

金属がぶつかる鋭い音が庭に響き、朝の冷えた空気が小さく震えた。


その時、ルーシーが二階から降りてきた。

誰もいないのを不思議に思い、外の庭に出てみた。

するとそこでは、四人が訓練をしていた。


「あ!おはよー、ルーシー!よく眠れた?」


ルアが手を振る。


「おはよう!よく眠れたよ。朝から訓練お疲れ様」


ルーシーも手を振る。


それから五人は賑やかな朝食をとった。


近頃のアスラは、精神が安定しており、寝込むこともほとんどなくなっていた。

戦いと戦いの間のつかの間の休息が、アスラにとって唯一の大切な時間だった。


アスラがお茶を飲んでいるルーシーに聞いてみた。


「ルーシーは今の現状のままでいいのか?」


「当初の目的だった金貨は手に入ったし、後は豪遊して遊ぼうかなと思ってる」


ルーシーは元気がなさそうだ。

その横顔には、どこか影のような迷いが浮かんでいた。


「神への復讐は考えていないのか?」


アスラが言うと


「昔の私ならともかく、今の私が神に勝てる訳ないでしょ!」


ルーシーが返す。


「だがルアは神と本気で戦うつもりだぞ?」


ルーシーは考える。

昔は神より強い自信があったが、今は違う。堕とされてからは訓練も何もしていない。


(私じゃ絶対に足手まといになる……

だが、ルア一人で神と戦わせるのは危険すぎる。

それに、私にも神を斬りたい気持ちがある!)


「……わかったわ。私も一緒に戦う、だけどルアと一緒に戦わせてほしい」


ルシファーにとって、ルアは初めて出来た友達だった。

そのルアを、絶対に失いたくないのだ。


「ルーシーありがとう!君が来てくれると本当に心強いよ。ルアのこと、よろしくな!」


アスラはルーシーの肩を叩く。


するとルアが広間に入ってきた。

彼女の足音は軽やかなのに、どこか決意を帯びていた。


「ルア!ルーシーが神と一緒に戦ってくれるってさ!ルアと一緒に戦いたいって言ってるよ」


ルアの表情が明るくなる。

実は、ルアは神との戦いに不安しかなかった。

アスラもゼロもジークも戦いで精一杯になる。


自分の身は、自分で守らなければいけないのだ。

だから人一倍努力をし続け、剣の技を磨いてきた。


「いいの?相手は神様だよ?ルーシーが心配だよ」


ルアは嬉しさ半分心配半分だった。


ルーシーがルアの両肩に手を置く。


「私とルアが組めば、神を打ち崩せる!剣闘士大会の時、全く本気出してなかったでしょ?私も同じだよ!」


「ありがとう!ルーシー!」


ルアが抱きついた。


アスラはそれを見て、心の底から嬉しくなった。

また少し、ルアの心が軽くなったのかもしれない、そう思わずにはいられなかった。


――――


その夜、広間には静かな緊張が漂っていた。

数本の灯りがテーブルの上で揺れ、影が壁を不規則に踊る。


それぞれが椅子に腰掛けているものの、誰もリラックスしてはいなかった。

“神との戦い”は、どれだけ心を強くしても慣れるものではない。


空気には、次の戦いへの覚悟と期待が重く沈んでいた。


アスラが姿勢を正し、皆の視線を集める。


「そんな訳だから、ルシファー改めルーシーが仲間になる事になった。異論はあるかな?」


その言葉に、まず反応したのはゼロだった。

彼は腕を組み、にやりと笑って答える。


「我は歓迎じゃよ。賑やかになる!」


その様子は気軽に見えるが、実際は仲間が増えることの意味を誰より理解している。


ゼロにとって酒を酌み交わす相手はただの宴ではない。

共に戦い、背中を預けられる戦友でもあるのだ。


「ルシファーの立場なら、こうなると予測できた。私のベッドを使え」


ジークは淡々と話したが、その声音には過去の野営が日常だった時代の癖が残っていた。

ベッドを譲るというより、戦士として当然の気遣いをしているような、そんな静かな優しさがあった。


「ジーク!大丈夫だよ、私の部屋にもう一つベッドを置くから!」


ルアは笑顔を見せ、場の空気を少しだけ明るくする。

だが、その笑顔の裏にも“戦いの前の緊張”がきちんとある。


仲間が増えた安心感と、戦いの重圧が同時に胸にあった。

それでも彼女は笑う。自分が笑えば、皆が少しでも前を向ける──そう信じているからだ。


アスラは再びルーシーへ向き直り、自然と頭を下げていた。


「これで、かなり戦力アップした。ルーシー感謝する!」


アスラのその仕草は癖だが、礼の深さは本物だった。

仲間を迎える時のその丁寧さこそ、彼が“中心”である理由の一つだ。


「いや!こちらこそ、復讐のチャンスを与えてもらったこと、感謝しているよ!」


ルーシーはアスラの手をしっかりと握り返す。

その手は細いが、神に立ち向かう覚悟がにじむほど熱く、重い。


二人の握手は、これまでの因縁と、これからの戦いを象徴していた。


広間の空気がわずかに震え、まるで新たな“契約”が結ばれたかのようだった。


アスラは全員を見渡し、核心へと踏み込む。


「次の戦闘の話なんだが、どの神が来ると思う?」


その瞬間、広間の空気が、わずかにさらに重くなる。

誰もがその質問の答えを恐れ、しかし聞かねばならないと理解していた。

灯りの揺らぎすら声を潜めたような静けさ。


ルーシーは迷いなく言葉を紡ぐ。


「多分だけど、戦いに特化した神しかこないはず。だとすれば、残りは戦神アレス、戦と死の神オーディン、戦いの女神アテナ、そして戦力を補うために、大天使ミカエル……この四人は必ず来る!」


その声には、堕ちる前に天界にいた者だけが持つ確信と知識があった。


その名を聞くだけで、ルアの背に冷たいものが走る。

アレス、オーディン、アテナ、ミカエル──

どれも世界を揺るがす存在だ。


アスラは腕を組み、ゆっくりと考え込んだ。


「俺もルーシーの意見に賛成だ!大天使ミカエルは予想外だが、彼女の話は信憑性が高いと感じる」


仲間の誰よりも冷静に状況を見ているアスラが言うのだから、その予測はほぼ確実だ。


ゼロが真面目な顔をして尋ねる。


「前回の三柱の神と今回の三柱の神とでは、どちらの方が戦闘力が高いんだ?」


その問いに、ルーシーは即答した。


「間違いなく、今回の三柱よ」


その瞬間、広間の空気が凍りついた。

あの地獄のような戦いよりも強い──

それは、誰もが心のどこかで薄く予感していたが、口に出されると重くのしかかった。


アスラは深く息を吸い、皆を見回して言った。


「今回はみんなで連携して戦おうと思うんだがどうだ?一応相手は決めておくんだが、一対一をしながら、他の敵も狙う。俺たちの好きなバトルロワイヤルだ!」


その言葉に、戦士たちの血が静かに騒ぎ始める。

一対一でありながら、周囲の戦況を常に読む──

まさに実力が試される最高の戦場。


「おう!いいんじゃないか?我は歓迎だぞ!」


ゼロが拳を鳴らす。

その音は、これから始まる死闘の合図のようにも聞こえた。


「連携は承知した。だが、オーディンは私が殺る」


ジークは冷たく静かな声で宣言する。

その目には、揺るぎない殺意と決意が宿っていた。


「私もそっちの方がいいかな!ルーシーもいるし。ルーシーもそれでいい?」


ルアが問いかける。

声は優しいが、手は強く握られていた。


「私もそれで大丈夫だよ!連携に関してはちょっと勉強させてね!」


ルーシーが微笑むと、場に一瞬だけ安堵が生まれた。

しかし、すぐに気付く。

この五人は、もう一度“神殺し”に向けて歩き出したのだ。


室内には、灯りの揺れる音だけが響く。


嵐の前の静けさのように、重く鋭い沈黙が長く続いた。

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