第21話 強敵
ルアは静かに剣を突きの構えに変えた。
その動きは無駄がなく、まるで空間そのものが息を呑むような静寂を生む。
阿修羅五式 改
──
そして次の瞬間、光速そのものと化した突きが放たれる。
剣先に眩い光が凝縮していく。
光は脈動し、圧縮され、ついには一点の白色に収束した。
対象、防御、加護――すべてを貫通する“絶対の貫通”が、一直線にルーシーへ殺到する!
ルーシーは反射的に物理防御魔法を起動した。
魔法陣が弾けるように展開され、即時に防壁が生成される。
だが、この技は物理防御魔法すら意味をなさない。
光の槍と化した剣先は迷うことなく防御を穿ち、抵抗を粉砕しながら突き進む。
ついに防壁を突破した、その刹那――ルアの全身が何かに絡みつかれた。
空中に浮かぶ無数の魔法陣。
そこから伸びた漆黒の鎖が蛇のようにのたうち、瞬時にルアの四肢を拘束していた。
「う、動けない……」
ルアは激しく息を呑む。全身を縛る鎖の感触が鋭く、まさに皮膚を裂くように食い込んでいる。
この状況は致命的――動きはほとんど奪われ、まさに絶体絶命の瞬間だった。
「冷静になれ……!」
自分に言い聞かせながら、ルアは軋む鎖に締め上げられたまま、わずかに動く視界と触覚だけで状況を必死に読み取る。
手首、腕、肩に伝わる圧迫、鎖が描く角度の流れ、金属の冷たさ――すべてを瞬時に解析する。
「鎖の切筋……見えた!」
わずかに浮かぶ希望に、心の奥で小さな火花が弾ける。
絶望の中でも、ルアの頭は冷徹に次の一手を計算していた。
そして、手に伝わる振動から、鎖の微かな緩みとねじれを感知する。
まさに、ここから反撃を生み出す一瞬の隙だ。
左腕だけが、ほんの僅かに自由だ。
ルアはその隙を逃さず、双剣の片方を抜き放ち、一気に振り抜いた!
鋼鉄のような鎖は、まるで紙のように断たれた。
続けざまに全ての鎖を斬り裂き、ルアは大きく後方へ跳躍した。
空気が抉れ、地面が裂けるほどの勢いで。
(前からは剣撃、後ろからは鎖……スキがない)
「それなら、最強の剣技で勝負を決める」
ルアは腰を沈め、脚に力を蓄える。
龍魔力が渦巻くように脚から全身へ満ちていく。
ルーシーは一糸の乱れもなく剣を正面に構えた。
まるで神殿に立つ天使のように、隙は一分たりとも存在しない。
そして、天へ向けて剣を掲げる。
天剣──《爆》
掲げた瞬間、天地の理がねじ曲がった。
凄まじい爆音と衝撃が一斉にルアを襲い、周囲一帯をまとめて吹き飛ばしていく。
爆発は鎮まる気配を見せず、何度も何度も連続して襲いかかる。
だが、しかしその爆発は、ルアの剣に切られた!すると次第に炎は円形を描くように収束し、中心へ向かって消えていった。
地には亀裂が走り、焦げた大地が煙を上げている。
その中心から、ルアが動いた。
龍魔五式
──
龍神剣ドラグノアから放たれたのは、世界を凍結させるほどの冷気。
時間さえ凍りつくかのような沈黙が戦場を包み込んだ。
空気、魔力、炎――あらゆる現象が白く凍てついていく。
対してルーシーは再び天に剣を向けた。
天剣──《爆炎》
ルーシーが剣をルアへ向けると同時に、烈火の奔流が爆発的に広がった。
爆炎の連鎖が奔り、まるで世界そのものを焼き尽くすかのように空間を染め上げる。
凍てつく氷晶の牢獄と、爆炎の嵐が激突した。
氷が弾け、炎が軋む。
白と赤が何度も衝突し合い、世界が悲鳴を上げる。
そして――
氷は溶け、炎は消えた。
――――
刹那、二人の少女──ルアとルーシーは同時に地面を蹴り上げた。
二人の距離は瞬く間に縮まり、周囲の空気が甲高く悲鳴をあげるように裂けていく。
互いを正面に捉えたルアとルーシーは、まるで引き合うように、一直線に光の速度で駆け抜けていった。
ルアの視界がひらく。
神眼がルーシーの剣筋を「一秒先」まで読み切った!
(得意の突きでくる!だったら……)
背後では魔法陣が十枚、禍々しい光をきらめかせ、そこから放たれた鎖が蛇のように追撃してきていた。
ルーシーが叫ぶ!
「天剣──《突》!」
瞬間、放たれた突きは“連続した壁”のように襲いかかる。
打突が一つ一つではない。無数の光線が連なり、終わりのない暴風の槍と化していた。
ルアは攻撃を受けながらも、神眼でそのほとんどを見切った。
迫りくる剣撃のわずかな間隙を滑るように抜け、宙へ大きく跳躍――。
刹那。
龍技──
──
天頂から光が収束し、ルアの口元から灼熱のブレスが放たれる。
大気が焼け焦げる赤光。しかし、ルーシーは即座に防御魔法を展開し、その全てを何とか受け止めた。
光が散った瞬間、ルーシーは跳躍。
残像を引きながらルアの腰を鋭く斬り上げ、最後に蹴りで叩き落とした!
ルアは地面に叩きつけられながらも、転がる勢いを殺し、すぐに戦闘態勢へ移る。
胸が上下し、汗が飛び散る。それでも瞳は鋭いままだ。
(強い!とんでもなく強い!勝ち筋が全て潰される、魔法剣を使っちゃう?でもあれは反則級だよね。どうしよう……これ以上本気出したら会場潰れるし、普通に戦えば時間がかかってしまう……!!私、時間かけるの得意だった!)
ルアは覚悟を決めた。
彼女はルーシーの攻撃をすべて受け流し、力ではなく技巧だけで耐え続ける。
隙が生まれた瞬間にだけ小さく斬撃を入れ、あとはひたすら流し続けた。
じわじわと、確実に、ルーシーのリズムを奪っていく。
そのはずだった――その刹那。
「天剣──《光》!」
叫びと同時、ルーシーの剣が爆裂するように輝いた。
鋼の刃がまるで太陽になったかのような純白光を撒き散らし、視界が灼かれる。
次の瞬間、ルアの世界から“色”が消えた。
真っ白な空白だけが残り、距離も速度も奪われる。
(やば……見えな……!)
視界を失い、わずか一瞬、反応が遅れる。だがその一瞬で十分だった。
光を裂き、ルーシーの影が滑り込む。
足音すら置き去りにする踏み込み。
空気を押し割る圧力が、ルアの腹部へ一直線に左拳が突き刺さった。
全身を貫く振動が、骨と筋肉を揺らす。
打撃音が、内側から爆ぜる。
鈍い衝撃が内臓を揺らし、肺が一瞬つぶれ、息が漏れた。
だが――ルアもまた、反射で拳を放っていた。
左拳が稲妻のように突き抜け、ルーシーの顎を狙い澄まして撃ち抜いた!
二つの拳撃が交差した。
その衝突で空気は裂け、衝撃波が二人の周囲に渦を巻く。
まるで小さな爆発が起こったかのように、衝突点から風圧が渦を巻き、観客席にまで衝撃波が届く。
砂や砂煙が舞い上がり、椅子が震え、歓声と悲鳴が入り混じる。二人の身体が揺れ、動きがぴたりと止まった。
視界は揺れ、呼吸は乱れ、音が遠ざかる。その場の空気すら、二人の激突に凍りついたかのようだった。
静寂――だが、それは嵐の前の静けさではなく、戦いの余韻そのものだった。
そして次の瞬間――
切られた糸の人形のように、二人は同時に崩れ落ちた。
砂煙がふわりと舞い上がり、観客席からどよめきが広がる。息を飲む気配が伝わるほどの緊張が会場を支配した。
動かない。どちらも立ち上がらない。
倒れ伏した二つの影が、激闘の全てを物語っていた。
長く、白熱した闘いが、こうして幕を閉じた――観客の胸に深く刻まれながら。
――――
「試合終了ー!勝者はルア選手とルーシー選手の同時優勝となります!皆様、盛大な拍手をお願いします!」
巨大闘技場に歓声が爆ぜる。万の観客が立ち上がり、割れんばかりの拍手が降り注いだ。砂煙の中、二人の少女がゆっくりと立ち上がる。
鎧には無数の傷。呼吸も荒い。だが、その瞳はまだ、戦いの余熱を宿していた。
「ルーシー!凄く強いね!戦うの、凄く楽しかった。またいつか、実践で戦ってみたいなー!」
ルアは満面の笑みで手を広げ、戦闘の緊迫を忘れたように輝く。その姿に、観客席からさらに声援が湧く。
「何言ってんのよ、あんたこそ強すぎるわよ!ルアは人間の限界をとっくに超えてるよ」
ルーシーは肩で息をしながらも、呆れたように笑った。だがその言葉に、わずかな敬意が滲んでいた。
二人は、剣を横に置き、かたい握手を交わす。その瞬間、まるで戦いで張り詰めていた空気がほどけ、闘技場に温かいものが満ちていく。
表彰式が始まり、二人の前に豪奢な箱が運ばれる。
優勝賞金は金貨千枚ずつ。さらに副賞として「英雄」の二つ名が与えられた。
金貨の山を見たルーシーの表情が一瞬で緩む。
そして、にやにやと何かを数えている。どう見ても、何に使うか考えている顔だ。
激闘の果てに勝敗が決し、観客の熱気も次第に静まっていく。
こうして壮絶を極めた剣闘士大会は、ゆっくりと静かに幕を閉じた。
――――
「ねえルーシー、ご飯一緒に食べに行かない?美味しいところ知ってるんだよね!」
ルアが軽やかに誘う。
「行くいく!また腹ぺこだよ。お肉が食べたい!」
喜びが爆発したようにルーシーが元気に答える。彼女の希望により、今日のメニューは肉料理に決まった。
二人は並んで歩き、冒険者たちが集まる活気ある店へ入っていく。
店内は剣闘士大会の余韻で大盛り上がり。勝敗、技の分析、推し選手の話題が飛び交い、どの席も熱気に包まれている。
ルアとルーシーは顔を隠すようにマントのフードを深く被り、店の一番端の席へと滑り込んだ。
サラダ、肉料理、スープを注文し、湯気の立つ料理が並ぶ。二人は戦いを振り返りながら、楽しそうに談笑した。
時折、衝撃の余韻で体が微かに揺れるのを感じながら、互いの戦闘技術や動きの話に花を咲かせる。
しばらくして、ルアがそっと声を潜めた。
「ルーシーってさ、もしかして天界から来たの?」
ルーシーは目を見開いた。次の瞬間、口から飲んでいたスープが勢いよく吹き出す。
「え?ちょっ、何でそれを知ってんの?誰にも話してないんだけど」
両手をバタバタと慌てる。周囲の客がちらっとこちらを見るほどの動揺だ。
「ルーシーが使った技『天剣』は、神様も使っていたから、もしかしたらと思って聞いてみたんだよ!」
ルアは気まずさもなく、にこっと笑う。
「え?神様?おいおいおい!まるで神様と戦ったことがあるみたいな言い方だよね?」
ルーシーは完全に理解が追いついていない。
「私は見ていただけなんだけど、私の師匠達が神様と戦ったよ。確か闘神マルスと破壊神シヴァ、雷神トールだったと思う。私は魔法担当だったんだけど、何もできなかったんだ……」
静かに、悔しそうに語るルア。その言葉に、ルーシーが突然立ち上がった。椅子が大きく軋む。
心臓が高鳴り、手が小刻みに震える。普段は冷静な彼女も、言葉の重さに圧倒されていた。
「ぬやたそれ?はなかかぉつの?まめをね?」
何を言っているのか、完全に謎だ。が、とにかくショックを受けているのだけは伝わる。
「ルーシー落ち着いて!これ、お水飲んで!」
ルアが差し出した水を一気に飲むと、ルーシーはさらに慌てながら声を震わせた。
「本当に神に喧嘩を売ったの?!それは本当??」
周囲の客が一瞬静まり返るほどの声量だった。
ルーシーの瞳は恐怖と驚きで大きく見開かれ、胸の高鳴りが手に取るように伝わる。
「正確には師匠たちが喧嘩を売ったんだけどね!とりあえず三柱とヘラクレスは討伐成功したよ!」
屈託なく笑うルア。その笑顔があまりにも自然で、逆に恐ろしい。
「──討伐が成功した!?」
ルーシーの表情は絶句を通り越して、もはや石像のようだ。
口の中で何かをぶつぶつと呟きながら、震える手を胸に当てる。
「でも、ルアの戦闘力を見ていると、師匠が神に喧嘩を売ったっていうのも納得出来る、でも神を殺すことができるとは思えないよ」
ルーシーは額に手を当て、過去の記憶を必死に掘り起こしているようだった。
「斬ってもすぐ回復しちゃうから?」
ルアも過去の光景を思い出しながら答える。
「それもそうなんだけど、神の絶対的な力は、人間とは根本的に違うんだよ」
ルーシーはなおも半信半疑だった。
「じゃあ今から家に来る?師匠たち紹介するよ!神様のこといろいろ話してくれると思うしね」
ルアが天真爛漫に提案する。
「行く!家っていい響きだし、暖かそう!」
ルーシーは目を輝かせ、嬉しそうに胸に手を当てた。
その一言には、天界では得られなかった“家族への憧れ”や、安らぎを求める気持ちが滲んでいた。
「じゃあ今からすぐに行こう!みんな起きていると思うし」
ルアは立ち上がり、代金を払い、二人で店の外へ出る。
夜風が頬を撫で、星明かりが街を淡く照らす。二人の呼吸が夜の空気に混ざり、緊張が徐々に解けていく。
次の瞬間、ルアが指先を弾くと光陣が展開。
転移魔法が明滅し、二人の姿はゆっくりと消え――
そのままルアの「家」へと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます