第9話 伝説の聖剣
──千年以上刺さったまま、持ち主を待ち続けた剣。
それは、時を超えてもなお輝きを失わず、まるで“選ばれし者”を待っているかのようだった。
その剣を――アスラは命懸けで引き抜いたのだ。
受付の女性は目を見開き、口が開いたまま言葉を失っていた。
まるで目の前で“伝説”が現実になったかのような衝撃。
アスラは抜き放った剣を見つめ、ゆっくりと素振りを始めた。
刃が空を裂き、風が唸る。
剣圧だけで花びらが舞い上がり、地面の砂が波のように広がる。
「凄い、重さを感じない。しかも刃が発する剣気が尋常でない。魔力を込めてみるか」
アスラは息を整え、魔力を一気に剣へと流し込む。
瞬間、空気が震え、地が鳴る。
剣は無尽蔵に魔力を吸い上げながら、刃全体が白く燃え上がった。
それはまるで、“神の光”が宿ったかのような輝きだった。
「この剣もらってもいいんですよね?」
アスラが恐る恐る問いかける。
「はい、抜いた方の所有物になりますので、この剣はアスラ様の物となります。おめでとうございます!」
受付の女性は感動と恐怖が入り混じった声で、祝福の言葉を送った。
「ところで、この剣の名前はなんていうんですか?」
アスラの目は期待に満ちていた。
「その剣の名前は、古い書物によると、“ラグナロク”というみたいですよ」
アスラは拳を握り、笑顔で叫んだ。
「ラグナロク……いい名前だ!」
その瞬間、風が吹き抜け、剣の刃が微かに共鳴した。
まるで、持ち主を認めたかのように。
アスラはラグナロクの譲渡契約を済ませると、足早にギルドを出ていった。
空は朱に染まり、影が長く伸びる。
それでもアスラの胸は軽かった。
「この力があれば、きっと――」
そう呟きながら、彼は走り続けた。
――――
「ゼロ、ルア、ただいま!今帰ったよ!」
扉を開けた瞬間、アスラの声が響く。
「おー、アスラ!お帰り。その顔を見るに、良いことがあったな?」
ゼロがにやりと笑った。
「アスラ、おかえり!ドラゴンブレスできるようになったよー!!」
ルアが嬉しそうに跳ねながら言う。
「ドラゴンブレス凄いな!また強くなったな。いい子だ」
アスラが優しくルアの頭を撫でる。
「それで、何の剣を手に入れたんだ?」
ゼロが興味津々に尋ねる。
「ああ、ラグナロクを手に入れたよ!これでヘラクレスと戦える!」
アスラの声は高鳴り、部屋の中が熱を帯びる。
「やったな!次は我の魔剣を探してくれ!」
ゼロは嬉しそうに叫ぶ。
「そうだな、それも必要だ。第四の勇者をやった後にゼロの剣を探してみるか」
アスラが笑うと、ゼロの瞳が嬉しそうに輝いた。
――――
その夜。
ルアが眠りについたあと、アスラとゼロは酒を酌み交わしていた。
焚き火の火が静かに揺れ、二人の影が壁に映る。
「最近のルアの調子はどうだ?戦闘力はもちろん、心の方が心配なんだ」
アスラは酒を口に運びながら、静かに問う。
ゼロがゆっくりと答える。
「ルアの心の傷はまだ癒えてない。匂いでわかる。悲しみ、裏切り、絶望が体を支配している。」
アスラは目を伏せ、言葉を失った。
共に暮らし、笑い、戦ってきた少女の心の奥に、まだ暗い影が残っていることを痛感する。
「だが、ルアはそれを乗り越えようとしている。毎日の訓練に、その気持ちをぶつけているように見える」
ゼロの声は静かで、どこか優しかった。
「強くなることで、自分の過去を精算しようとしているようにも見える」
そう言ったゼロの目には、憐れみではなく、誇りがあった。
アスラはゆっくりと杯を置く。
「二人でルアを最強の冒険者にしないか?」
「そうだな。あの子はセンスの塊だ。龍技も使えるし、他の技もすぐに覚えるだろう。思ってるより早く最強になるかもしれん」
二人は静かに笑った。
夜空には星が瞬き、まるで新たな運命の始まりを祝福するかのようだった。
──二人の夢が、確かにそこに生まれた。
――――
情報屋から連絡が来た。
勇者一行の情報だ。
今回は三名のみの軍行らしい。
だが、少数とはいえ、彼らは歴代の中でも最上位の実力者たちだった。
メンバーは――
勇者 ゼファリオ・グリフィアス。
戦士 英雄ヘラクレス。
賢者 アルカディウス・ゼルファリオ。
その名を聞くだけで、空気が一瞬重く沈んだ気がした。
世界を救う勇者、神々が鍛え上げた比類なき肉体、そして智慧を司る賢者。
まさに三位一体の破壊力だ。
少数精鋭。
もしかして、俺たちの人数に合わせて調整されたのか――。
アスラは眉をひそめた。
この偶然は偶然ではない。
誰かが戦の形を「整えた」のだ。
まるで見えぬ神の意志が、戦場全体を掌握しているかのように感じられた。
ゼロも無言で情報紙を取り、細い目を光らせながら読み進めていく。
「まず、ヘラクレスは俺がやる!ゼロは勇者をお願いできるか?」
アスラは低く言い放った。その声音には覚悟が宿っていた。
「了解だよ、今度は勇者が相手か。……あーでもなぁ、俺もヘラクレスと戦いたい!」
ゼロがいつもの調子で駄々をこねる。
アスラは苦笑した。
「俺が殺られた後なら好きなだけ暴れて全滅させてやれ!」
冗談めかして言ったその声に、かすかな死の覚悟がにじむ。
ゼロはふっと息を漏らし、口角を上げた。
「……ははっ、言うねぇ。なら、負けるなよ。」
「だが問題は賢者だ。」
アスラが目線を鋭くした。
「今のルアの実力で、賢者を倒せると思うか?」
「ハッキリ言うと、魔法戦では分が悪い。だが、接近戦ならルアには絶対に勝てない。」
ゼロは即答した。自信に満ちた声。だが、それは単なる過信にも聞こえた。
「ゼロはルアの魔法の力量、見誤ってるよ。あの子は五属性同時に起動できる天才だぞ?」
アスラが静かに告げる。
「え?五属性同時に使えるの?それ反則じゃない?」
ゼロが素で引いた。顔から血の気が引いていく。
「俺は習得するまで五百年近くかかったが、ルアは一時間で習得した。……あの子には何かある気がするんだ。」
アスラは遠くを見るような目で言った。
その目には、弟子に対する期待と、どこか説明のつかない不安が交錯していた。
二人は夜遅くまで、ルアの訓練プランを練り続けた。
外は静寂。だが、その静けさの裏で、何かが動き始めていた。
――――
──天界。
白光に満ちた神殿の奥、玉座の間に冷たい声が響いた。
「まだ、黒い仮面の男は見つからないのですか?」
女神アテナは玉座に腰掛けたまま、冷たく問う。
金色の瞳が細められ、その視線だけで体が凍りつく。
「は、申し訳ございません!現在、天界・人界・冥界すべてで捜索中ですが、仮面の下の素顔が不明で……」
報告する天兵の声が震えていた。
アテナは静かに立ち上がる。
その瞬間、床の聖紋が光を放ち、足元に細かな亀裂が走った。
空間が震える。神気の奔流が空間そのものを軋ませた。
「言い訳は聞きたくない。」
その声には神の威厳よりも、怒りが宿っていた。
「“理”を乱す者を放置すれば、輪廻の輪そのものが崩壊する。」
一拍。
天上の雲がざわめき、金の雷が閃く。
「ヘラクレスを落とされれば、神々の均衡は終わる。次はない――必ず捕らえなさい。」
沈黙。
その言葉は神々への命令ではなく、“宣告”だった。
――――
アスラはベッドの上で丸まっていた。
全身が鉛のように重い。
(……キツイ、何も出来ない……平穏なはずなのに、何かが足りない……消えたい……)
思考が濁り、まぶたが落ちていく。静かな呼吸の中に、疲労と焦燥が混ざっていた。
「このまま心の揺らぎがなくなれば、もう少しで、這い上がれる……あと少しだ」
外では、ルアが訓練をしていた。
龍の魔力を継ぐ少女の喉から、赤い光がほとばしる。
轟音。
地面が抉れ、空間が熱に震えた。
それでも、威力はまだ足りない。
だがルアは諦めない。汗と涙を滲ませながら、何度も何度もブレスを吐いた。
少しずつ、光の密度が増していく。
魔力が燃え、熱が走り、夜空の星すら霞むほどに。
午後からは魔力制御訓練へ移行した。
魔力を絞り、圧縮し、凝縮する。
その過程で痛みが走る。内側から焼かれるような痛み。
それでもルアは唇を噛みしめて続けた。
(アスラのために……私は強くなる……)
夜が訪れた頃、彼女の魔力は確かに一段上へと昇華していた。
――――
ルアが家に帰ると、居間にはアスラがいた。
椅子に深く座り込み、頭を垂れている。
その姿はどこか壊れそうで、ルアの胸が締めつけられた。
「アスラー!お疲れさま!今日も成果あり!!」
明るく言いながら、親指を立てる。
アスラも、ゆっくりと顔を上げ、同じように親指を立てた。
その笑みは弱々しかったが、どこか安心したようでもあった。
「ルア、使えるようになってほしい魔法が四つあるんだけど、優先的に覚えてもらえるかい?」
「え?どんな魔法?もちろん覚えるよ!」
アスラは机の上に古びた魔導書を置いた。
ページの間から、淡い紅光が漏れ出している。
そこに記されていたのは、禁忌と呼ばれる魔法群だった。
――――
第十三階梯魔法
第十四階梯魔法
⸻
「この四つだ。魔法陣はここにある。次の戦いに必要になるから使えるようになってくれないか?」
アスラの声は真剣だった。
「……第十四階梯……」
ルアは息を呑んだ。
人間の限界を超える、神代魔法。魔力制御を一歩でも誤れば、自身の命ごと焼き尽くす。
「大丈夫だ!コツは俺が教えるから、明日からやろう!」
アスラは少しだけ笑った。どこか少年のような笑顔で。
「ふ、ふあんだよー!」
ルアは泣きそうな声を上げた。
だが、その小さな手の中には、確かに“覚悟”が灯っていた。
――――
「じゃあ、
それは世界の理を焼き尽くす、終焉の火だ。
発動と同時に、空は血に染まり、大地は溶岩と化す。
半径数十里にわたり紅蓮の渦が巻き起こり、炎は魂すらも燃やし尽くす魔法だ。ヤバいだろ?」
ルアは息を飲む。額から冷や汗が流れ、手のひらもわずかに震えていた。
魔法陣の線が微かに光を放ち、今にも爆発しそうな圧力が空気を押し潰す。
その圧倒的な熱量と力の奔流に、ルアの体が思わず硬直する。
「杖からの発動は時間がかかるから、無詠唱での発動を極めよう!」
ルアの頭の中で「死んだ」と叫ぶ。
(第十四階梯魔法を無詠唱?生きていけるわけがない……)
それからのアスラの訓練は、地獄のように厳しかった。
「まず、左手で魔法陣に手を添えながら、右手で発動する。これをやってもらう!」
紙に描かれた魔法陣は一見簡単な模様に見えたが、その下で渦巻く魔力の流れは極めて複雑で、少しでも操作を誤れば爆発的な暴走を引き起こす。
「魔力の流れを"超螺旋”で制御するという、人には不可能と思われていた操作ーールアにはそれが見えていた。」
ルアは紙を頼りに、右手で魔力を精密に操る感覚を体に叩き込んでいった。
─ 一週間。
昼も夜もなく、ルアは魔法陣と向き合い、全神経を魔力に集中させた。
一度コツを掴むと、残り三つの第十三階梯魔法の習得も驚くほど早く、魔力の道が少しずつ開かれた。
だが、第十四階梯魔法、
魔力の流れを制御する手順は極めて複雑で、何度も破綻し、魔法は暴走する。
作り直し、再操作、そして再び暴走の繰り返し。それでもルアは決して諦めなかった。
弱音すら吐かず、ただひたすら魔法と向き合い続ける。
食事も睡眠も忘れ、汗で髪も顔もびっしょりになりながら、全神経を魔力に集中させた。
(……絶対に、
ルアは右手に全神経を集中させ、暴れ回る魔力を必死に制御する。
何度も魔力が暴走し、魔法陣の線が乱れ、指先に痛みが走る。
体中の力を振り絞り、呼吸を整え、繰り返すこと十数度――
ついに、
ルアは全身汗まみれで膝から崩れ落ち、しばらく動けなかった。
赤と金の炎が手元で渦を巻き、周囲を震わせ、周囲に熱気が満ちる。
ルアは全身汗まみれで倒れ、力尽きた。
アスラはすかさずルアを抱き上げ、部屋まで運び、ベッドに優しく寝かせる。
その手の温もりが、疲れ切ったルアを包み込む。
――――
新しい情報が届いた。
勇者一行は王都セレリアに十五日後に到着するという。
王都には二日間滞在し、その後ダンジョンへ向かう予定だ。
だが、本当の狙いは別にある――俺たちだ。
戦場は決まった。
王都セレリア南十キロ地点の平原。広大な草原が戦場となる。
ここなら、全力で戦える。全ての魔法と剣技を解放できる場所だ。
作戦は明確だ。
アスラはヘラクレス、ゼロは勇者、ルアは賢者。
視線を交わし、わずかに頷き合うだけで、互いの覚悟は伝わる。
まだ敵は見えない。だが胸の奥で、何かがざわめき、期待と緊張が入り混じる。
十五日後、短いようで、永遠に感じるほど長い時間だった。
全ての準備は整った。
あとは――あの三人がやってくるのを待つだけだった。
柔らかい風が草原を撫で、緊張を和らげるように吹き抜ける。
戦いの始まりは、まだ少し先。だが、心はすでに高鳴っていた。
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