The普通な平凡村人系モブ顔の俺、目立ちたくて美少女を助けるも勝手に素顔を隠した謎の実力者扱いされる

座頭海月

一章

第1話 あまりにも影が薄い


 ――辺境の村・グレイン。


 この村で十八年過ごしてきた俺、スミスは、朝日を浴びながら小さく拳を握った。


「……今日こそ、俺は目立つ。絶対に目立ってやる!」


 気合は十分。声量も十分。


「おはようございます!ラテスおばさん!!」


 しかし通りがかった隣人村人であるラテスさんは、俺の横を完全に素通りした。


「あの…聞こえてましたよね?俺、ここにいますよ?」

「……あっ、す…スメスくん、いたのね!もう、挨拶してくれればいいのに」

「あ、はい、すんません…」


 はい。俺、スミス。存在感ゼロです。


 正確には「目立たなすぎる」


 前世の会社員時代からそうだったけど、この世界でもその体質は健在らしい。


 でも!でもだ!


「今世こそは有名人…いや、ヒーローになる。絶対に!」


 俺は村の門の前に立ち、背負い袋をぎゅっと握り締めた。


 転生時に与えられた規格外の力――全魔法適性、無限の魔力、超再生に超耐久に超加速。


 この村からあまり出たこともなく、出たとしても近所の森の魔物を狩るくらいなのでこの世界での俺の実力は不明だが、村の狩人のおっちゃんにも褒められるくらいなのでそこそこ強いとは思う。


 そんな力を持っているのにもかかわらず、この世界に来てから一度として主人公らしいことが起きてない。


 理由は二つ。まず影が薄いこと、そして…


「こんな田舎じゃそんなイベントも起きないってことだ!」


 そんな勢いで、俺は十八年間暮らした村を飛び出したのだった。


 挨拶?名前も覚えてくれない村の奴らにわざわざするかよ!!うわーん!!


 ◇


 俺は村から街へ向かうため、街道ではなく森の中を歩いていた。


 ショートカットと、久しぶりに狩りをするためだ。


 この森、普段からなかなかいいレベルの魔物がうじゃうじゃいるので肩慣らしには丁度いい場所なのである。


「お……?」


 そうして魔物を探しながら街の方へと向かっていると、遠くの方から魔物の気配と、少女の悲鳴が聞こえた。


「キャアァァァッ!」


 さらに金属の打ち合う音。魔物の咆哮。


 俺の脳は一瞬で理解した。


(これは……いわゆるイベントというやつか!!)


 ヒーローが颯爽と登場し、美少女を助け、感謝され、後に町で再会する王道のやつだ。


 ようやく来た、俺の時代が!


「よっしゃ!やったるぞ!!」


 森に向けて全力ダッシュする。


 そうして雑木林を駆け抜けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、四人の美少女冒険者が巨大な狼型魔物に囲まれる姿だった。


(おー、白狼か。この森だと割とポピュラーな魔物だな)


 そんな狼共に囲まれるように、黄金の髪を揺らす剣士と、淡い水色の髪にローブを纏った少女、黒装束の斥候らしき黒髪の女の子に、銀髪の魔術師がいた。


(うわぁ……全員めちゃくちゃ可愛い……!)


 あそこまでの美少女、見たことがない。白狼程度に追い詰められてるってことは、新米冒険者か?


 あの見た目と装備からして貴族とかそういうタイプの人種だろうし、自分たちの実力を過信してちょっとレベルの高い森の奥に進んじゃった…そんなところだろう。


「うっ…!!」

「み、ミーナ!セレスに治癒魔法を……っ!」

「…ごめんなさい〜…魔力が…切れちゃいました〜……」

「そんなっ…クロエ、あの狼の相手は――」

「無理、速すぎる……!」


 後ろにいたセレスと呼ばれた銀髪の魔術師ちゃんが奇襲によって白狼から一撃をもらい重症を負うと、かろうじて保っていた陣形が崩れる。


 絶体絶命、それでも諦めずリーダーらしき金髪の少女が歯を食いしばって剣を構え直した、その時。


(……これ、間違いなく俺の出番だよな?)


 胸の内でニヤリと笑う。


 ここで彼女たちを助け、感謝されて、名前を聞かれて、名前だけ名乗って後に再会して、仲良くなって、一夜を共に――ゲフンゲフン。


 一度深呼吸し、俺は木陰から軽く手をかざした。


「――風刃」


 彼女たちが近いので、しっかりと狙いを定めて魔法を放つ。


 次の瞬間、五体の魔物が音もなく輪切りになった。


 血が周囲に飛び散り、スプラッター映画のような光景が森の中に広がる。


(おっと、ちょっとやりすぎたか?)

「「「「……え?」」」」


 美少女四人の動きが完全に止まる。


 俺はそんな彼女達のもとに、のそのそと木陰から歩み寄り、不安にさせないようできるだけ笑顔で、優しい声で話しかけた。


「大丈夫ですか?」


 ――瞬間、四人がビクリと震えた。


 金髪の剣士ちゃんが、驚愕の目で俺を見る。


「な、な……な……っ!」


(あ…やっぱりやりすぎた?まぁ仕方ないよね。流石にこれは女の子に見せるもんじゃなかったか…印象に残そうと思って派手にしたが派手すぎるのも良くないな。気をつけよう)


 そんなことを考えながら、返事を待つ。


 しかし。


「あなた……どこから現れたんですか……?」

「え?」


 銀髪の魔術師ちゃんが、まるで幽霊でも見たような顔で呟いた。


「気配が……ゼロ。いえ、ゼロどころか、そこに自然な空気のように存在していた……人間がそんなこと……?」

(いや、普通に歩いてきただけですけど!?)


 金髪の剣士ちゃんも口を開く。


「い、いつの間に……背後に……?」

(いや正面から来たんだけど!?)


 淡い水色髪のヒーラーちゃんもぽかんとして俺の顔を見つめている。


「…さっきまで居なかったのに突然…もしや、伝説の転移魔法でしょうか〜…?」

(なんでだよ!)


 黒装束の少女は、俺を見ながら眉をひそめていた。


「……黒装束…顔は認識阻害で隠してる……暗殺者?」


(だからそんな格好してねぇ!!普通のシャツとズボン!というか認識阻害ってなんだよ!)


 困惑が止まらない俺。


 しかし彼女たちはさらに一歩踏み込んだ。


「もしや……お顔を隠しているのには理由が?」

(隠してねぇええええええんだよ!!)


 金髪の剣士ちゃんが、胸に手を当てて深々と頭を下げる。


「……いえ、恩人に質問攻めをするなど失礼でしたね。命を救っていただき、ありがとうございます……“仮面の英雄”様」

(勝手に変な名前がついてるうううう!!)


 全力で心の中で叫ぶも、声に出せない。


 なんで否定しないのかって?コミュ症だからだよ!!


 なんかめっちゃ盛り上がってるところを違いますってバッサリ否定するのめちゃくちゃ勇気いるわこれ。


(どうしよう……言い出すタイミングが……!)


 そうやって悩んでいる間に、四人は更に勘違いで盛り上がっていた。


 俺を見る目がキラキラしてて恥ずかしい!というか、早くその銀髪の娘治療してあげれば!?結構傷深いよ!!


 俺はそんなことを考えながら涙目になりつつも、そろそろ潮時だと判断した。


 こういうのは引き時が大事だ。それに、ずっと一緒にいるより、こっちのほうが印象深いだろう?


 決して、なんか変な勘違いされてて怖くなったわけではない。これ以上ここにいて悪化するのが怖いとか、美少女に囲まれて居心地が悪いとか、うわ陰キャジャーンとか言われてイジられるのが怖いとかそんなわけがない。


「……じゃ、じゃあ俺はこれで」

「えっ……消えたッ!?」

「やっぱり転移魔法ですか〜!?」

「完全に……魔力が断たれた……!」

「信じられない……あの男、やはり暗殺者」


(だから歩いて離れただけ!!)


 結局、俺の姿は最後まで正確に認識されなかったかのように思えた。


(あの……顔くらいは覚えてくれたよね……?)


 そんな心の叫びを胸にしまいながら、俺は街道へ戻っていった。


 森を抜け、街道へ戻ると、胸の高鳴りが止まらなかった。


(……ふぅ。いや、きっと大丈夫だ。これで俺の名は街で噂になって――)


 俺は拳を握る。


 ついに、ついにヒーローになれた。


 助けた美少女たちが街へ戻れば「スミスさんに助けられました!」って報告してくれるはず。


 ギルドへ行けば、きっと――


「あなたが、あのスミスさんですね!」

「ずっと探していました!」

「ぜひ一緒にクエストを!」

「え、俺ですか?まぁまぁそんな……」


 そういう未来が……くる!


 絶対にくる!!多分くる!!きっとくる!!おそらくくる!!


(……さっきはちょっと変な会話になったけど、たぶん気のせいだよな。うん)


 自分に言い聞かせながら、スミスは逆に、森の奥へと進んでいた。


「よーし、ちょっと時間を置いて待ちに行くぞ〜」


 こういうのは、クールタイムが必要だというのをスミスは理解していた。噂が広がり、その噂が最高潮に達したときに現れるほうが注目度が高いと。


 ちなみに、気づいた人もいるかもしれないが、スミスは名前を名乗っていない。


 つまり、スミスだと名乗っても、人気者になれるわけないのだが…


 スミスの認識ではちょっと勘違いはあったものの、なんだかんだうまく行った判定なので、そんなことに、気付けるわけもなかったのであった。



 ◇



 三日後、スミスはようやく街へと着いた。


「――なぁ聞いたか? 顔を隠した謎の男の話」


 街の入り口で、いきなりそんな噂が耳に飛び込んできた。


(お…!もしかして、俺の話か?)


 門番の二人が楽しそうに話している。


「なんでもS級パーティが叶わなかったフェンリルの群れを一撃で皆殺しにしたって話だぜ」

「黒装束で仮面を付けてるって噂だよな」

「え?俺は顔がぼやけてどんなやつかわからないようになってるって、魔法で顔を隠してるって聞いたけど」


(………………ん?)


 うーん?いや、俺の話じゃなさそうだな。所々合ってる点はあるけど、白狼の正式名称は知らないがフェンリルなんて大層な敵ではないだろう。多分そんなフェンリルの部下とかその辺だろう。


 それに、助けた彼女達もS級パーティなんて呼ばれるほど強そうにも見えなかった。全員貴族のボンボンみたいな綺麗な格好してたし、あの狼に追い詰められるくらいだ。あれくらいの奴らな森の奥に無限にいる。


 それに、俺は仮面をつけていない。確かにそんな呼ばれ方もしたが、流石に冷静になれば俺が仮面をしていないことくらいわかるだろう。


 見た目も普通の黒シャツとズボン。黒装束ってのもあってはいるが、この人たちの言う黒装束のイメージは多分ローブとかポンチョとかそういうやつだろう。


 どうやら、タイミングが悪かったみたいだな…まさか、そんなイベントが起きてるなんて、羨ましい限りである。


 そうして、ガッカリしながら門を潜ろうと門番に話しかけようとしたとき…


 その時――


「――あなたたち。その“仮面の英雄”について詳しく教えていただけますか?」


 凛とした声が響いた。


 振り返ると、さっき助けた金髪剣士ちゃんが立っていた。


 背後には仲間である三人の美少女たちも並んでいる。


(うわあああ!?いるいる、早速再会?!ドキドキしてきた!)


 金髪剣士ちゃんは門番たちの前で深々と頭を下げる。


「私たちは『熾之乙女』は、その噂の彼を探していまして、門番である貴方方ならばそのような人を見たという人もいるのではないかと思いまして…」


(…って、やっぱり俺じゃねぇえかぁ!!!)


 心の中で地面に倒れ込みたくなる。あれぇ?なんか凄い違う。いや、噂作戦は上手くいってるんだけど、なんか違う!


 そうやって頭を抱えていると、彼女たちはそれぞれ勝手なイメージを語り始めた。


「彼の魔法は光のように舞う剣撃でした……きっと高貴な生まれです」By金髪ちゃん

(いやただの村人だよ俺!)


「転移魔法の使い手でぇ……すっごく強かったの…」By水色髪ちゃん

(だからそんな便利な魔法使えないよ!?)


「気配ゼロ。音ゼロ。姿は……仮面の黒装束だったはず。絶体暗殺者」By黒髪ちゃん

(その認識どこから来たんだよ!というか君、暗殺者推し激しいね?)


「魔力の流れが純粋……まるで精霊の化身のようだった……」By銀髪ちゃん

(人間だよ俺!ただの地味な村人Aだよ!!)


 門番たちが目を輝かせる。


「やっぱ相当な実力者なんだな……!」

「その英雄が、この街にいるのか……?」

「それでは、そういった人物は見かけていないと…?」

「あぁ、お力になれなくて申し訳ない」

「では、私達はこれで。依頼で森へ向かいますので」


(あれー?ここにいるよー?ほら、英雄さんだよー?)


 しかし誰一人、俺の顔を見て「お前だー」と言わない。


 横を通っても、近くに立ってみても、完全無視。


(なんで……なんで素顔で助けたのに……!?)


 やっとのことで勇気を振り絞り、俺は小声で声をかけてみた。


「あの、すみません。もしかして――」

「失礼。今、忙しいので」

(ヒィンッ、声冷た!めちゃくちゃ怖い!!)


 ナンパだとでも思われたのか、金髪剣士ちゃんにバッサリ遮られた。


 目が全然俺に向いてない。視界に入ってない。


 この世界に生まれて、初めて助けた相手に邪険にされて心がバキバキに折れそうになる。


 しかし追い討ちはまだ続く。


「あなた、こんなところで立っていないで早く街へなさい」

「日が暮れたら危ない」


 と、銀髪ちゃんと黒髪ちゃんが俺を通りすがりの一般人扱いで押しのけてくる。


(一般人扱い……正しいけど……違うんです 俺、あなたたち助けたんですけど……!)


 水色髪ちゃんなんて、にこっと微笑みながらこう言った。


「ごめんなさいね〜、貴方を相手にしている暇はないのよ〜」

(今ここにいるんだけどぉぉぉ!!)


 そうして、トドメに門番達が言う。


「おいおい、『熾之乙女』相手にナンパとかよくやるぜ」

「さっさと入れよ〜」

(ナンパじゃねェェェェ!!!)


 ――こうして。


 本当は目立ちたかっただけの俺は、街に入る前から正体不明の英雄として勝手に属性を盛られまくり…


 本物の本人なのに、誰からも一切気づかれないという理不尽すぎるスタートを切ることになった。


(俺の……俺のヒーロー人生……どうしてこうなった……?)


 それでも俺は、涙をこらえながら思う。


(……でも、これだけ噂になってるってことは……きっと、いずれ誰かが俺の正体に気づいてくれるはず……!)


 その希望だけを胸に、俺は街門をくぐった。


 ――この時の俺はまだ知らない。


 この地獄は、まだ始まったばかりだということを。



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