風の通り道

Haruto遙灯

序章 風の気配

風の通り道は、季節の境目のように曖昧だった。


 彩は、マンションの窓を開け放ち、

 部屋を抜ける風の温度を確かめることがある。

 暑くもなく、寒くもない、どちらとも言えない夜気。

 その揺らぎの中に、自分の“現在地”を測る癖がついた。


 新築で購入した2LDKの部屋には、必要最低限の家具しかない。

 広いリビングの真ん中に立つと、

 部屋全体の余白が、自分の未来の余白のように思えることがあった。


 看護師十三年目。

 夜勤にも緊急にも慣れ、患者の表情のかすかな変化も読めるようになった。

 誰かの不安を受け止めることは、自然にできるようになった。

 だけど──

 自分の寂しさだけは、どこに置けばいいのか分からないままだった。


 恋を手放してから、ずいぶん時が経つ。

 忙しい仕事、上手に笑う日常、

 休日の静けさ、ひとりで食べる夕食の温度。


 「ひとりで生きていく」と決めたはずなのに、

 ときどき、胸の奥を通り抜ける風が冷たく感じる夜がある。


 心に触れられないまま、静かに流れていく時間。

 誰のものでもない、誰のためでもない日々。


 それでも、どこかで思う。

 ――いつかまた、何かが動く日が来るのだろうか。


 その気配は、まだ形にならず、

 ただ淡く揺れている。


 部屋の空気がわずかに揺れ、

 薄いカーテンが静かに波打った。


 その風はまだ、

 “誰かへ向かう風”ではなかった。


 けれど、確かにそこには

 かすかな予感のようなものが

 ひそやかに生まれかけていた。

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