第5話 火曜日の夜




男「チクショウ、あのサウナにはもう行けねぇな。まさかよ、あんな客層だったなんてな。」




悪魔「…」(何度も行ってて気づかなかったの?わたしは入り口でもう、ただならぬ雰囲気を感じてたわよ。)




 まあいいわ。ところで、





 わたしはもう、この男に願いを聞くことは無いのよ。


もう、わかっているから。



 わたしがこの男のところに来たのは日曜日の夕方、水曜の朝まであと少し。





 わたしたちは、あの恐ろしいサウナから帰ってきたところよ。




 それが不思議なことに、この男は帰った途端に部屋の掃除を始めたの。




 わたしはそれを座って見ていたの。




 ゴミを袋に詰めて、食器を洗って、お風呂も、額に汗してひたすら掃除をする男を、わたしは見ている。


 手伝わないのって?わたしは悪魔よ。この男もそれをわかっているから。




(沈黙)ゴソゴソ ガサゴソ がたがた 掃除の音だけが響いている。



掃除機「ブオオオオオオオオ!」



掃除機なんてあったのね。



なってないわね。先にすることがあるでしょ。掃除機をかける時は先ず、窓を全開にするよの。




ホコリ(モワモワ









男「ゲフォゲフォ!ゲツフォ!!  …ふぅ、疲れちまったな。続きは明日やるか。」




ええ、それがいいわ。そうすればいいわ。そうしましょうね。




悪魔っ子「…」




男「この布団も明日干さないとな。」



もそもそ 男は重たく湿った布団に潜り込む。




悪魔は男の枕元にちょこんと座る。紅い瞳が男を見下ろす。




これ、3日目、たったの3日目よ。当たり前みたいな顔しないで。




男「グオオオオ スピー 」




寝ちゃったわね。酒も飲まずに。



ホコリ(モワモワ



よくこんな所で寝られるわね。



わたしには関係無いけど。






わたしは男を見下ろす。




悪魔は眠らない。悪魔だから。




もし、朝までこうしていられたら、運命は…




水曜日が始まる


午前0時30分






男(ムクリ




男が目を覚ます。


枕元にちょこんと座るわたしを見上げて、何やら不満そうにモゾモゾしている。


やっぱり、起きちゃうのね。




男「んあー、ちくしょう、物足りねーな。酒を切らしちまってたんだ。  しかたねぇ…」チラチラ




悪魔っ子(ジッ


この男はわたしの方を見る。お酒を切らしている?しかたない?


明日まで飲むのを諦めるってこと?


わたしはただ、見届けるだけよ。





男(チラチラ





わたしに何を求めているの?「お酒は明日まで我慢すればいいじゃない?」それとも、「一緒に買いに行きましょう。」それともそれとも、「一緒にお布団に入ってあげる。」がお望みかしら?



愚か者ね。本当に愚か。





わたしは悪魔なのよ。そういうのは、他「人」に求めなさい。





午前0時40分





男「ちくしょう、どーすっかなー、コンビには高ぇしなぁ、仕方無ぇ、一緒に来てくれよ。お前は寒くねぇんだろ、頼むぜ。」




悪魔っ子 立ち上がる 「…」沈黙





わたしは悪魔よ、それを忘れないでね。




玄関の鍵「ガチャガチャ」



−−−−−−−−−−夜道−−−−−−−−−−



午前1時





あっという間ね。


まさに、脇目も振らず24hの食品スーパーまで来てしまったわね。


いえ、そうでもないわね。


脇目は振ってたわ。


途中、コンビニの前を通り過ぎる時の、この男の顔、拳を握りしめ必死に耐えていたもの。


コンビニで買えば今すぐ酒が飲めるものね。


それを、高いからって我慢。あんなに必死に。




そんなに、そんなに、今すぐ酒が飲みたいのかしら。



(病の悪魔の赤い瞳は、人間の病を見透かす。)




 病の悪魔はその赤い瞳をそっと伏せてたままでいる。




−−−−−−−−−−24h食品スーパー−−−−−−−−−−



 

 闇夜に浮かぶ、食品スーパー、まぶしいわ。まるで不夜城ね。


 真夜中に食品を買いに来る必要があるのかしら?



 何でもあるのね。


 ここで買い物をすれば、家族に毎日おいしいお料理を食べさせてやれるわね。





 男は、かなりの量の酒を買う。酒しか買わない。




 ピッ ピッ ピッピッピッ セルフレジの音が鳴る。


男 ピッ ポッ パッ(リボ払い)





悪魔っ子は見ている。珍しげに。


キャッシュレスレジが珍しいのか、


果実酒を漬ける用のホワイトリカーをそのまま飲む為に買う男が珍しいのか、


リボ払いで、ありもしない、いもしない未来の自分からお金を借りる男が珍しいのか、



悪魔っ子(ジィーーー)




レジを出た近くには、客が買ったものを袋に詰めるための台がある。そこには、氷の入ったクーラーボックスや、電子レンジもあるわ。



 

会計が終わると、男は大き目のガラスのコップに入ったお酒を取り出す。


日本酒だ。


ガラスのコップに 300ml と書いた青いシールが目立っている。



そのコップには、二重のフタがついている。



脱着可能なプラスチックのキャップの下に、開けたら閉められないアルミのフタだ。



プラスチックのキャップとアルミのフタを外し、お店の電子レンジで……(2分)…チーン!


温め終わったら、


男はそのコップに、プラスチックのキャップだけをはめる。




「ウヒョー、温ったけぇ」すぐ飲める300mlの熱燗の出来上がりだ。




悪魔っ子は、うれしそうにする男を見ている。


これ、外に出たらすぐ飲めるわね。



悪魔っ子「…」沈黙



これはきっと上級者向け、素人にはオススメできないやつだわ。いえ、誰にもオススメできないわ。なぜ、こんなものが、こんなに、売ってるの?300mlの日本酒って気軽に飲めるの?


こんなの悪魔もビックリね。





 お店のレジのところの電子レンジから、お酒の匂いが立ち上る。(モワァーン



 店員(ジッ



男は、店員の視線なんか気にせずに食品スーパーを後にする。








つづく






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