第16話 弑逆の夜

 その日の夜半、皆が寝静まった頃、べリア城塞にて事態は急激に動き出す。

 サレナのゲストルームに、武装した騎士数名が音を殺して忍び込み、サレナが寝ているベッドに近づき剣を振りかぶる。

「サレナちゃん!」

 暗殺慣れしているため、不審な気配に敏感に反応して目を覚ましたゾディアが、習慣として枕元に置いてある弓をとって騎士たちを迎撃する。サレナも速やかに起き上がり、戦闘モード起動。無手で不審者を迎撃する。騎士たちは音をたてないように鎧をまとっていなかった。完全武装の兵士10名を無手で相手取るサレナの武からすれば、とるに足らない相手だった。

「殿下、ご無事ですか!」異常を察知したエリックとシュカールがかけつける。

「問題ないが、何が起こっておるのじゃ。こやつら、賊ではなく北領騎士団よの?」

「正確な状況はわかりませんが、ベリアの兵が、隠すこともなく王女殿下を襲ってきた以上、急ぎ身を隠した方がよいでしょう。どの程度まで事態が悪化するかわかりません。私が事前に調べてあった、城塞と神殿をつなぐ祭祀用の通路を通って、いったんルキア殿と合流しましょう。」

 最悪の事態を想定して、それぞれ速やかに完全武装を整え、シュカールの先導により通路へ向かった。途中遭遇した騎士団はエリックが斬り捨て、見張りや巡回の兵はゾディアが遠矢で処理しつつ進む。

「ベリア城塞全体が完全に我々を敵とみなしてますね。」

 シュカールは考え込みながら独り言ちた。

「ふむ、思いあたる可能性は無きにしもあらずか。殿下、ルキア殿と合流した後は、カルス君たちとも合流しましょう。その頃には大方状況もあたりがつけられると思います。」

「シュカールにまかせる!」

 一行は寝静まった神殿に辿りつき、ルキアを起こしてもらった。非常事態であることを察したルキアは、完全武装の装いで現れた。

「何があったの?」

「詳しい状況はまだわかりませんが、王女殿下が襲撃され、ベリア城塞の兵たちが我々を狙っています。いったんカルス君たちとも合流し、市街を離れるべきかと。」

「わかったわ。行きましょう。」

 神殿の門扉に辿りついた時、門前に北領騎士団の中隊が彼らを出迎えた。

「王女殿下。我々も手荒なことはしたくありません。黙ってご同行いただけますか。」

 中隊長らしき騎士が申し出た。

「初手で殺しに来ておいてからに、よく言うものよ。」 

「残念です。お前たち、かかれ!王女は生け捕りにせよという指示だ。」

 中隊長の指示で騎士団が襲い掛かる。

「神殿を戦場にするな、討って出るぞ!」

 エリックが相手を押し返しながら門から飛び出す。シュカールは自衛用に身に着けた小太刀で引き気味に防御に徹し、ルキアは魔法を振りまく。それでもエリックとサレナがいれば、正規の騎士団とはいえ相手にならないかと思われたが、次々と増援が現れる。

「一万人相手にしなくてはならんのかのぅ。」

「なんの、万夫不当と言われたこのエリック。敵は疲労だけですがルキアがいればそれも問題ありません。一万人切り捨てて御覧に入れます。」

「そこは心配しておらんのじゃが、相手はエデン王国の騎士じゃ。気が進まぬし、ほとんど唯一の手駒に牙を向けられる王家の在り方を反省しているところじゃ。」

「殿下、確かに我々が北領騎士団を斬れば斬るほど、本来の敵を利することになりますが、今は非常時、まずは降りかかる火の粉をはらわねば、その後もございません。」

 シュカールがサレナの逡巡をたしなめる。

「そうじゃの。」

 絶え間なく、そして際限なく戦闘が続く中、不意に爆音が鳴り響き、騎士団側の陣営の一角が崩れたった。

「ジェノサイダーモード」

 無機質で、抑揚がないノイズの混ざった音声が響きわたる。同時に全身鋼鉄の戦士が敵中に現れ、やはり鋼鉄製の腕を振りまわしながら、何やら爆発する珠をばらまいている。

「ルキア!こっちだ。騎士団はカラクリに任せて引くぞ!」

「トールズ!?」

「何者じゃ?」

「王女殿下、彼は私の幼馴染です。信頼できる人物ですので、ここは彼に従いましょう。」

 突然現れたトールズに導かれ、戦場から離脱する。入り組んだ小道の袋小路に入ると、突き当りの壁のカラクリが作動すると地下への道が現れ、一行はそこに逃げ込んだ。


 一方、黄金の小鹿亭にも、夜更けに轟く爆音は届いていた。ロキシスは調べものに行ったまま、まだ戻ってきていない。

「神殿の方角だな。多分何かまずい事態が起きている。カサンドラ、行こう。」

「ムニャムニャ。もう食べられないからカルス君にあげる。」

 非常事態より睡眠優先の健康優良児カサンドラを引っぱたいて起こし、カルスは武装を整えて神殿の方へ向かった。爆音が飛び交う交戦が見えてきたところで、カルスの前に人影が立ちふさがった。

「女連れで夜遊びとは感心しないな。カルス。」

「アリエス!?いや、これはそういうことじゃなくて……。」

 なぜかあたふたするカルス。

「せっかくの夜だ、私の相手もしてもらおうか。」

「くっ!カサンドラ、お前は神殿の方に逃げてルキアさんと合流しろ!」

「え、お母さん!?」

 寝ぼけてきょろきょろしているので、とりあえず放置。

「アリエス、なぜ、お前がここにいる。」

 襲い掛かってくる剣閃を捌きながら、カルスは疑問を投げかけた。狙いであるサレナを追いかけて、というだけでは説明がつかない。なぜ、敵地であるはずのベリアの街を堂々と歩き回っているのだ。

「なぜだろうな。」

 アスクレピオスの一件といい、カルスたちが想定していない深さでエリードはベリアに食い込んでいる?

 カルスとアリエスの戦闘は変な表現ではあるが、安定した応酬を交わしていた。すでに三度目であり互いの手管も知れている。ただ、いつもと違い強化魔法が寝ぼけてる分カルスが不利だ。

 と、その時、神殿近郊の戦場から流れ弾が飛んできて、カルスたちの近くで爆発した。咄嗟に耐衝撃の対応をしたので負傷はしなかったものの……

「げっ、やばっ!」

 足元の石畳が豪快に崩落し、カルスとアリエスは地下の空間に放り出された。


 しばらく気を失っていたのだろうか。カルスが目を覚ますと、そこは遺跡のような空間だった。かなりの距離を落ちてきたようだ。上方の穴から街明かりが少し入ってきているので真っ暗闇ではないが、結構地上は遠い。よく生きていたものだ。周りを見渡すとアリエスが倒れている。近づいて様子を見ると、息はあるようだが、意識はまだ戻っていない。殺した方がいいか?ただ、明らかに敵なのだが、カルスはアリエスにあまり敵愾心を持つことができない。自分の実験の成果の一つと言っていた。それは自分と同じく、アリエスも実験を施されていた側であるということだろう。そのせいだろうか。それ以上に、カルスはアリエスから自分と近い気配のようなものを感じるのだ。自分から抽出したマナを何かしら加工されているからかもしれない。

 落ちてきた遺跡は古代の墓地か何かだろうか。地上にある神殿と何か関係がありそうだが、ずいぶん古い時代の遺跡のように見える。周りを見渡すと、ところどころに鋼鉄でできた人型の何かが転がっている。なんとなく地上で爆発物を振りまいていたカラクリに似てる気がする。ちなみに遺跡を墓地だと思ったのは、さほどの密度ではないものの、アンデッドが徘徊しているからだ。幸いフィアローゼンは、マナを纏っている分通常の武器よりもアンデッドに通用しやすい。カルスは時折近づいてくるゴーストやスケルトンを作業的に討伐していた。

何体目かのスケルトンを破壊した時に、アリエスがようやく意識を取り戻した。

「貴様、何をしている。」

「何って見りゃわかるだろ。アンデッドを倒していたんだよ。」

「なぜ私が生きている。」

「運がよかったんだろ。」

「わかっているだろ。そういうことではない。」

 アリエスは立ち上がろうとして倒れた。どうやら足をやってしまったらしい。

「無理はするなよ。鞘を杖代わりにすれば歩けるか?」

「何とかな。ここはどういう場所なのだ。」

「正確にはわからないけど、墓地の遺跡っぽいね。ここから動かずにいても状況は変わらないと思うから、ゆっくりでいい、一緒に出口を探そう。一人で置いていったら自衛もできないだろ?」

「情けをかけられたとて、私が情にほだされると思ったら大間違いだぞ。」

「そんなことは思っちゃいないさ。ただ、殺す気にも見捨てる気にもならないだけだ。」

「戦闘では役に立てそうもないが、魔法で明かりを確保してやろう。」

 アリエスが魔法でランタン代わりの明かりをともすと、天井の穴から離れるにつれ暗くなっていた視界がかなりましになった。アリエスが足を引きずりながらなので、ゆっくりではあるが、離れないようにしながら遺跡の中を探索する。

「アリエスはエリードの騎士なのか?」

「いや、私はあくまでアカデミアの研究成果が生んだ兵士だ。特殊部隊の隊長はまかされているがな。騎士団ではない。それに、研究成果とは言っても、所詮失敗作だ。」

「あれだけの魔法を操るのに?」

「研究の目的はそんなことではないからな。」

「じゃあ何が目的なんだ?」

「それを貴様に伝えてよいかどうか判断する自由を、私は持っていない。」

「……。」

「カルスよ。記憶を取り戻したいか?」

「そりゃあね。自分のことがわからないってのは落ち着かないもんだし、もしかしたら記憶をなくす前の自分には、なにかやるべきことがあったんじゃないか、ってのは気になる。」

「記憶なんて、戻ったところで絶望しかないかもしれんぞ。」

「やっぱり何か知ってるんだな。」

「あぁ。」

 ふと、それまで何もいなかったはずの前方に気配がし、カルスはフィアローゼンを構えた。

「何かいる。アリエス、気をつけろ。」

 気配はこちらの方に歩いて来て、フードを被った男性が姿を現した。

「マスター!?」

 アリエスの知っている人物のようだが、同じようにここに現れたことについては驚いているようだ。

「アリエス、危機に陥っているようだったので迎えに来たぞ。今お前という戦力を失うわけにはいかんからな。」

 男は感情の感じられない調子で話し出した。

「カルスよ、初対面ではないのだが、お前は覚えていないだろうし、この姿では覚えていてもわからぬだろうから自己紹介しておこう。マスター・ウリエラと呼ばれている。アリエスの上官にあたるといえば立場はわかりやすいかな。塔の実験の責任者でもある。」

「ウリエラ?エリックさんやルキアさんの行方不明になってる仲間と同じ名前だけど……?」

「あぁ、そのウリエラだ。厳密にいうと全く一緒というわけではないが。そもそも魔導士としての私は、マナの根源たる神についての研究をしておった。結果としてアカデミアが求め続けていた秘法の開発と行使に成功はしたが代償も大きくてな。」

「代償?」

「世界の秘密に触れる代わりに、使命を背負うことになったのだ。呪いのようなものだが。たまたま身柄が手に入ったお前の力を使えれば手っ取り早いと思って実験を繰り返していたのだが、そううまくもいかないようだ。」

「そういわれても忘れている以上、どういうことかさっぱりだけどな。わかるように説明してくれるとありがたいんだが?」

「そうであろう。さっぱりでかまわん。今は我も別の手段のために動いておる。一応敵対勢力であるお前に懇切丁寧に教えてやるつもりは今のところない。」

「教える気がない割には色々しゃべってくれるじゃないか。」

「まぁ、つまらぬ感傷だ。たまには同胞と話したくなる時もあるのだ。」

「同胞?なぁ、俺とお前は何者なんだ?ウリエラはエリード出身とは聞いていたけど、今のがそういう意味で言ったようには聞こえない。」

「さてな。もし機会があればウシオの町を訪れるといい。何か気づくこともあるかもしれんぞ?記憶を取り戻せばお前は、必ず我の目的に賛同するはずだ。その時は、訪れてくるがいい。仲間を増やすことはやぶさかではない。」

 フードの人物は、無造作にアリエスに近づき、空間が歪んで見えた瞬間、アリエスごと消えた。

「……空間転移魔法、だと?」

 聞きたいことはいっぱいあった。だが、小出しに情報を与えられるたび、正直わからないことも増えていく一方だ。得た情報と増える疑問を整理しながら、ウルスという町の名前を心の中で反芻する。そしてカルスは暗闇の中、一人彷徨った。

 しばらく遺跡を探索した後、ようやく地上への出口が見つかった。神殿の戦闘はもう収まっているようだったので、神殿に行って状況を聞いたが、神官たちは夜中に突然王女たちが現れてルキアを連れて出ていった直後、門の前で戦闘が始まったというくらいしか知らなかった。

 ひとまず、ロキシスが戻ってきているかもしれないので、宿に戻ることにした。

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