【#05】マジかよ、あんじゃん俺の銀色スマホ!

「師匠に隠し事なんて、ずいぶん悪いお弟子さんだね。宮代さんってさ?」


 其処此処あちらこちらに雨のあとを残した芝生の庭。


 緑に隠れて見えにくい水たまりを注意深く避けているつもりだったのに、すぐに水浸しになってしまった靴の心地悪さに足を止めた俺は、先を行く若い時分の先生宮代笙真のベイビーフェイスへほんの少し苛立ちの滲んだ、揶揄からかい混じりの声を掛ける。


「師匠の前では一応いい弟子だから言うなってば。ていうかさ、お前、宮代の人間だよな。ほら、これ見てみ?」


 そんな軽口とともに、彼が右手を突き出して俺の眼前へと寄越してきたのは、随分使い込まれた赤いスマホだった。


 画面には、カラフルな色使いで、


『あなたの主要な魔法のタイプ:読み


 五感を拡張できる日本人に比較的多く見られるタイプの魔法


 あなたの主要でない魔法のタイプも詳しく判定したい場合は、こちらをタップ!(料金がかかります)』


 と表示されている。


 動いているのを見るのは初めてだが、この画面なら知っている。

 世界史の教科書に載せられた、『あなまほ』の測定結果リザルト画面と同じバージョンだったからだ。


 何度か前の改訂で世界史の教科書の末尾に追加された、二〇二〇年代の三つの大きなトピックといえば新型コロナウイルス、ウクライナとガザでの二つの大惨禍、それから俺たち《魔法使い》が世界中に認知されたことだ


 この三つ目のトピックをもたらしたのは、「あなたも魔法使い!?」――通称「あなまほ」――なるふざけた名前に反して、本当に魔法使いの素養を測ることができるスマートフォン用アプリの登場だった。


 当初は魔法使い自身にさえ、胡乱げな目を向けられていた、このアプリだったが、好奇心に溢れる若い魔法使いたちが自らの測定結果自撮りをSNSにアップしはじめて以降は、瞬く間に世界中のスマートフォンにインストールされ、文字通り世界は一変した。


 日本で言えば、二〇三〇年当時の調査で人口の一パーセより正確を期すのント強程ならば、1.23%が「読み」を始めとした、何かしらの魔法を保有していることが明らかになった。

 

 魔法使いたちにしたって、家門の外にも効率的に素質のある者を見いだせるようになったことと、魔法を神秘のベールの奥に隠す理由が消失したことで、家勢を拡大する家が相次いだ。


 宮代家もご多分に漏れず、というよりもこの国の魔法使いの家門としては、他家の追随を許さないほどの隆盛を誇ることになる。


 ――というのが、大人たちが酒の肴に語りたがる我が家のおなじみの自慢話サクセス・ストーリーだが、実のところ、「あなまほ」の最初期については諸説が入り乱れており、誰がいつこの画期的な発明をもたらしたのか? そんな命題一つ取ってみても、確たることを答えられる者は一人もいなかったりする。


 ただ一つ、明白なことといえば、「あなまほ」の登場前夜まで、魔法は人類が持つ五感では感じ取れないものだったってことだ。


 無論、それは俺たち魔法使いにだって、例外ではなかったらしい。


 らしい、というのは俺が物心つく頃には魔法はアプリを使えば誰でも観測可能なものだったから、いまいち実感が湧きにくいせいだけど。


 まあとにかく、俺にしてみればひたすらレトロなその画面から目を上げ、どうだと言わんばかりの顔をした宮代少年に、俺は返してやった。


「あなまほのリザルト画面? でも、この測定時刻だと、私のじゃなくて宮代さんのじゃあ――あ」


「へえ、ボクがあんたと同じ明かしって何で知ってるわけ? 魔法使いとも名乗ってないのに」


 しまったと思って口を覆った時には、すでに遅しだ。それでも俺は往生際悪く、フォローを試みる。


「だって、レベッカ嬢についてこともなげに魔法使いだなんて言ったじゃないですか。だから宮代さんも、魔法使いなんだろうなと思っただけですよ。日本人には『読み』の魔法使いが多いから、宮代さんもきっとそうなんだろうな〜って」


「なかなか食い下がるね、おチビさん。まあいいや、師匠の電話が終わりそうだから、端折って行こう。これに見覚えあるだろ?」


 そう言って、彼の左手が学ランの尻ポケットから取り出したのはつるりとした質感の銀色の端末だった。


「俺のスマホ――! って、おい! まさか勝手に中見たんじゃあ!?」


「もちろんうの昔に見たに決まって⋯⋯オイオイ、そんなに睨むとホントに殺し屋に見えるからやめろって! アンロックのキーに師匠ボクの魔力を登録したままでいられるくらいに、未来の昴とボクは秘密無しの良好な師弟関係なんだろ! だからさ、気にするなよ!」


「チゲーし! 開発サンプル兼ねてるから、先生ししょーの魔力でも開けるようにしてただけだっつーの! 開けられるからって教え子のスマホを無断で覗くとか、最悪にも程があるだろ!」


 思い切り飛びかかり、左手のスマホをはたき落とすと、俺は、スカートの裾が濡れるのも厭わないままで、銀色の筐体を拾い上げた。


 あなまほアプリを改良・発展させた種々のアプリ郡とそれらを稼働させる高機能の演算装置、やや専門めいた言い方をすれば、Enchanter AssistancePProcessorと呼ばれる魔法使いのための専用デバイス――世間一般にはスマホの一形態として扱われているし、俺等も普段はそう呼んでいる――のディスプレイの側面に、一つだけ穿たれた継ぎ目へと指を這わせ、俺はためらいなく魔力を叩き込もうとし、返ってきた盛大な違和感に目をみはる。


 そういやレベッカ嬢の魔力って「読み」じゃなかったんだ。

 あ、やべえ。


 すんでのところで違う魔法を使いかけていたのに気付いた俺は、息を吐いて魔力を意識的に霧散させた。


 それにほんの少しだけ遅れて、小さな音を立てて滑り落ちた鋏が、芝生の中に五つの小さな水しぶきを上げる。


 弟子と庭に出た幼女おれが、殺傷機能のある魔法バサミをいきなり展開しかけているのを目の当たりにした知恵さんが、大慌てで受話器を置くやいなや、掃き出し窓の鍵を開けようとしているのを視界の真ん中に収めながら、俺の攻撃を先読みして回避行動を取り始めていた先生に、横目で尋ねた。


「なあ、思んだけどさ」

「皆まで言うなって。わかってるだろうけど、言い訳は任せた!」


 デスヨネー!

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