第2話 守護六家
悪魔と出会って半年。
フォンセ主導によるブランク侯爵家の大掃除は、僕の生活を一変させた。
問題のある使用人を一掃し、不正だらけの帳簿を正し、新たな商会を取引先にすると、ブランク侯爵家の台所事情が大きく改善したのだ。
以前の商会が納入する食材が、値段の割に味も質も悪く、フォンセが調査した結果、日常的に中抜きや価格や産地を偽装していることが明らかになり、取引中止を伝えると、契約違反だと裁判を起こされた結果、うちの大勝利。
商会は我が家に多額の賠償金を支払う羽目になった挙げ句、改善するまで全店業務停止命令が出され、領内から撤退していった。
今では八割ほどの価格で、新鮮で美味しい食材が手に入るようになって料理担当者が大張り切り。
本でしか見たことのなかった活きのいい魚を使った料理が食卓に上がる日もある。
賠償金を使って領内の防壁や橋の補修が出来たので、これはお財布にもお腹にもありがたい変化だ。
一方頭を抱えたのが、使用人の件。
実に使用人の五割が窃盗等の罪で逮捕、二割は窃盗品の返却と罰金を受け入れたため解雇、横領をしていた執事長、メイド長、料理長、財務担当の四人は悪質だと国に判断されて犯罪奴隷に落ち、家族にも多額の罰金刑が下された。
流石に使用人の七割が居なくなったら家が回らないと、フォンセに求人募集するように頼んだら、襲爵直後で間諜が入り込む危険性や、時間を取って人間性や素性の裏取りをしなければ再び逮捕者が出かねないこと、新しく使用人を雇うよりも、闇の神殿から神官を派遣するので、浮いたお金で領地を立て直す方が良いと止められた。
ありがたいけど、それって神殿長の職権を乱用してない?と聞くと、闇の神殿がブランク侯爵家の後ろ盾になったのだから何の問題もありませんと微笑まれてしまった。
身バレ上等なのか、何も考えていないのか、悪魔もフォンセに賛同したので神官の派遣を受け入れる事にしたのだけど、使用人服にサッシュを付けて働く彼らを見ると、タダ働きさせているのが申し訳なく思ってしまう。
「……フォンセ、何かいい案はない?」
「ダーク坊ちゃま、些か情報が足りません。もう少し詳しく話していただけますか?」
「えーとね、派遣してもらってる神官達のこと。やっぱりタダ働きは駄目だと思うんだ」
「ああ、その件でございますか。どうかお気になさらず。我々はブランク侯爵家で奉仕出来ることが何よりの褒美なのです。金銭を得る以上に掛け替えのない経験をさせていただいておりますから」
「それって、うちが王家の守護六家の一つだから?」
ブランク侯爵家の初代からの家系図や、歴史が書かれたとても分厚い本。
初見の事が多くて、ついつい夜更かししそうになると、どこからともなく悪魔が現れ、早く寝ろと本を没収していくので、読み終わるまで五日も掛かってしまった。
「おや、もう読み終えたのですか?ダーク坊ちゃまは勤勉でございますね」
「ようやく両親が仕事もせずに遊び回れていた理由が分かったよ。ブランク侯爵家は代々瘴気の発生源を封じ込める結界の保全係で、毎年王家から報酬を貰っていたんだね」
「さようでございます。ブランク侯爵家に闇の神殿があるように、他の守護六家にも対応する火・水・土・風・光の何れかの神殿があり、我々は時の領主と共に結界の保全、強化に努めてまいりました」
「神殿も王家から報酬を貰えるんだよね?」
「はい。寄付という形で頂いております」
「じゃあ僕も神殿に寄付したらいい?給料っていう俗世的なのが駄目なんだよね?」
「いいえ、そうではありません。我々はダーク坊ちゃまのお陰で千載一遇の好機を頂いております。金銭はむしろこちら側が支払うべきなのですが、そうすれば使途不明金になり王家に目を付けられかねませんので、代わりにブランク侯爵家で奉仕活動をさせていただいているのです。つまり恩返しの一環ですので報酬の必要はございません」
「千載一遇の好機って、もしかして悪魔が関係してる?」
「……申し訳ございません。その質問にはお答えできかねます」
「まぁ悪魔って伝説上の存在だもんね。本に書かれてはいるけど、実在するとは思われていないというか。そんな存在が我が家に居着いていたら、禁忌であっても気になって近くで観察や研究したくなるよね。僕も絶滅したっていうドラゴンが目の前に現れたら仲良くなって背中に乗って飛びたいと思うもん」
「……ええ、まあ、さようでございますね」
「そっか、やっぱり悪魔は偉そうなだけあってすごいんだね。悪魔がフォンセを呼んでくれたお陰で財政が改善してきたし、屋敷も隅々まで掃除が行き届いて咳き込むことが少なくなったし、荒れた庭も整えてくれたから体力作りを兼ねた散歩が楽しいんだ。だから僕、悪魔に感謝してるんだけど、いつも礼は不要だって言われてさ、もしかして感謝すると悪魔にダメージを与えちゃうのかな?どう思う?」
「ご安心ください。それはただの照れ隠しでございます」
「照れ隠し?悪魔にも照れとかあるの?」
「おや、ダーク坊ちゃまの前では意外と感情豊かでございますよ?」
「──くだらん。昼食の時間を忘れてする話ではないだろう」
ニョキッと机から生えてきた悪魔。
顔だけ出して話すのが、生首に見えて怖いと文句を言ってから、胸像くらいまで出てくるようになった。
相変わらずの黒ずくめだけど、意外と優しい悪魔である。
「え?もうそんな時間?」
「大きくなるためにしっかり食べると宣言しておきながら、すぐに食事を疎かにするのは良くないぞ」
「はーい。気をつけます」
侯爵になった事で、いくつか社交をこなした僕は、自分が同年代よりも貧弱な事に気付いてしまった。
襲爵祝いに来た叔父夫婦の五歳の従兄弟に、背丈だけでなく食事量やかけっこでも大敗したのだ。
長年の栄養不足と外出禁止による運動不足が原因だとしても、やるせない気持ちになった僕は、この機会に体を鍛えることにした。
毎日の散歩もその一環だ。
体を動かせばお腹が減って沢山ご飯を食べられるから。
最初はすぐに疲れて熱が出たり、体調を崩していたけど、今では花を楽しむ余裕も出来て、そこそこ軽快に歩けるようになった。
でもまだ一品ずつ出されるフルコース形式だと、いつも途中で満腹になって完食出来ないため、現在テーブルマナーの勉強の時以外はワンプレート形式を採用している。
フォンセ曰く、ワンプレートで完食する自信をつけてから、徐々に食事量を増やしていきましょうとのことだ。
どうやら食事を残した時にしょんぼりし過ぎたようで、気を使わせてしまったと少し反省した。
「今日はチーズオムレツだ」
「え?悪魔が作ったの?」
「会心の出来だ。冷める前に移動するぞ」
返事を聞かずに移動させるのはやめて欲しい。
大好物のチーズオムレツが冷めるのは嫌だけど、移動魔法特有のふわっとする感覚に慣れないんだよね。
食堂の定位置に座ると悪魔がパチンッと指を鳴らした。
「うわ、本当に美味しそう!」
バーンッと目の前に登場したふんわりオムレツ。
色良し、形良し、香りも良し。
後は味が良ければ満点だ。
「余が作ったのだから、美味しそうではなく美味しいのだ」
「よく言うよ。悪魔が美味しく作れるようになったのって最近のことでしょ。いただきます。……うん!うんうん!悪魔、このチーズオムレツすごく美味しいよ!チーズたっぷりだ!」
一口食べたら幸せになる味。
熱々をフーフーしながら食べる僕を見て悪魔が一つ頷いた。
「気が向いたらまた作ってやろう」
「うん!これだけ美味しかったら大歓迎だよ!」
「ふん」
「ダーク坊ちゃま、ご覧ください。主が照れてらっしゃいます」
「軽口を叩くな」
「申し訳ございません」
悪魔とフォンセは主と下僕の関係だけど意外と仲が良い。
使用人として働く神官達も悪魔に心服しているように見えるのは、僕の気のせいか、フォンセの巧みな話術で下僕化したのか。
毎朝欠かさず礼拝するくらい信仰に厚いのに不思議だよね。
「──そうだ。裏庭の礼拝堂を開放するのはどうかな?」
「……急にどうした?」
「あの分厚い歴史書にさ、ブランク侯爵家の礼拝堂は、王家と守護六家しか建立が許されていない、火・水・土・風・光・闇の六柱を一度に礼拝出来る特別なものだと書いていたんだ。まだ僕も知ったばかりで入ったことがないし、先ず掃除が必要だと思うけど、開放したら神官達に喜ばれるんじゃないかな?」
「ダーク坊ちゃま、そのような過分なお心遣いは不要でございます。礼拝堂は特別な場所。これ以上はどうご恩を返せば良いのか」
「そんな畏まらなくても大丈夫だよ。礼拝堂も特別だからと敬遠されるより、お祈りしてくれる人がいた方が喜ぶんじゃないかな?」
「……ですが」
「食事が冷める。せっかくの申し出なのだ、甘んじて受け入れれば良い。恐縮だと思うならば、命果てるまで心を尽くして仕えよ」
「はっ」
「……大袈裟すぎない?」
「早く食べろ。もうすぐ昼寝の時間だ」
「悪魔、僕はもうすぐ八歳だ。昼寝は必ずしも必要じゃないって本に書いてたよ?」
「そなたには必要だ。無理をすればまた体調を崩すぞ」
「……はーい。分かったよ」
悪魔お手製のチーズオムレツはとっても美味しいけれど、ワンプレート形式ではない時は、好き嫌いが有るのか無いのか自分でも分からない僕に気を使って、何種類ものパンが籠に盛られ、サラダも冷たいのや温かいのを三種類くらい用意してもらえるのが、ありがたいけど少し困っている。
色んな味を試せるのは嬉しいし楽しいんだよ?
でも見ているだけでお腹いっぱいになって、どれにしようか悩んで、結局一口ずつ食べるんだけど、最後の方は満腹で味がわからなくて、料理担当者に申し訳なくなるんだ。
以前、お腹いっぱいになったら無理して食べなくても大丈夫だと言われたけど、残すのが勿体ないし、料理担当者にも悪いので、悪魔のチーズオムレツを完食してもう満腹だけど、スープをちびちび飲みながら、まだ手を付けていないサラダ達の為に、お腹が減るのを待っている。
お昼寝の時間に間に合うとは思えない。
「ダーク坊ちゃま、本日のデザートはカスタードアップルパイでございます。間もなく焼き立てのものが届きますので、お皿をお下げいたしましょうか?」
「え?カスタードアップルパイって新作だよね?美味しそう!」
「旬のものを食べるのは正しい」
「体に良いってこと?」
「そうだ」
「美味しくて体に良いなら最高だね。沢山食べて早く大きくなりたいよ。……でも多分一切れは大き過ぎるかも」
「食べられる分だけ食べれば良い。余れば他の者が食べるだろう」
「その通りでございます。ダーク坊ちゃま、焦る必要はありません。丈夫な体作りのために、栄養たっぷりの食事を取る事が大切だと申しましたが、無理して食べて体調を崩されては本末転倒でございます。先ず食事を楽しみましょう。その中で美味しく食べられる量を把握して、好きな物を探してみてはいかがでしょうか?」
悪魔がパチンッと指を鳴らすとテーブル上のものが消えた。
余った料理はどうなるんだろう?
両親は僕が食べられないよう床に捨てた上で踏み躙っていたけど。
そういう時は決まって僕に片付けさせて、お腹を鳴らしながら床を掃除する僕を見て笑っていた。
「……うん、そうだね。僕さ、悪魔と会うまで水だけで過ごす日も多かったから、食べられる時に食べておかないとって、どうしても思っちゃうんだ。だからまだ朝昼晩食べる事にも慣れなくて、お腹いっぱいで食べられないのに残しちゃ駄目だって無理してしまうんだと思う。こんな穏やかな日を過ごせるのが信じられなくて、時々全部夢なんじゃないかって怖くなるんだ」
「くだらん。余が居るのに何を不安に思うことがある」
「だって悪魔自体が伝説上の存在じゃないか。それに実はあの時本棚に押し潰されて死んでいたけど、それを自覚せずに魂の状態で彷徨っているみたいな夢もよく見るし、魘された僕を起こしてくれるのが暗闇で生首もどきの悪魔だから二度怖いし」
「怖い?夜中に起こす際は、そなたの望み通り明かりを携えているだろう」
「あのね、今の悪魔の燭台の持ち方じゃ、顔を下から照らしてて、生首感が一層増すんだよ」
「全体的に明るくすれば眩しいと言い、明かりを絞れば怖いと言う。そなたの望みは難解だな」
「うーん、そうだ。僕じゃうまく伝えられないから、明かりの調整具合をフォンセ達に確認してもらうのはどう?半数以上に問題なしって言われたら採用で」
「ふん。仕方あるまい。──手配しておけ」
「はっ、かしこまりました」
カスタードアップルパイは優しい味だった。
ホールで運ばれてきたカスタードアップルパイを、悪魔が真ん中部分をくり抜いて僕のお皿に乗せた時は驚いたけど、多分前にミートパイのサクサク部分を食べ辛そうにしていたから、気を遣ってくれたんだと思う。
満腹で二口しか食べられなかったけど、皆の気持ちが嬉しくて何だか心がぽかぽかした。
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