義兄上(絶対にそうは呼びません)のシスコンを侮ってはいけない Side:シャルル

 濃い魔力と共に近くの空間が歪んだ。

 転移魔法が使われたと気づくのと同時に、闇色の影から白金の長髪の美丈夫が出てくる。それは、私の婚約者になる予定の人の兄だった。


 ここは私の執務室。護衛は扉の外で待機していて、側近たちには室外での用事を頼んでいる。

 これほど一人でいることに感謝するのはそうそうないだろう。もしも誰かがいたら呆気なく倒されてしまっていただろうから、……護衛や側近たちが。


 彼は、普段の礼儀正しさはそのまま、まとう雰囲気と魔力を鋭くさせてそれに似合わないほど楽しそうに笑っている。義兄上あにうえと呼んだが最後、気づく暇もなく殺されるのは確実だ。


 私が第二王子だという事実なんて関係なく、やるときはやるのがこの人である。


「お久しぶりですね、シャルル殿下」


 うやうやしく礼の姿勢を取った彼の体幹は一切揺るがなかった。魔法だけでなく、剣術も〈最上級〉まで極めたというのは伊達ではない。闇属性魔法〈伝説級〉だなんてもはや意味もわからない。


 〈伝説級〉は存在があり得ないから「伝説」級。それをいともたやすく現実のものとするなんて……。欠点なんてものがあり得ない稀代の天才だと断言できる人を、彼以外に私は知らない。


 ……なんて現実逃避をしていても、現状が変わってくれるわけではない。ひとまず、今にも飛び出してきそうな「影」に止まれと合図を送る。


「こちらこそお久しぶりです、エルヴェ。あなたと会うのは三ヶ月ぶりでしょうか」

「そうですね、先日は


 「お世話になった」のはどう考えても私たちの言葉だろう。

 エルヴェに、姉上——王女との婚約の話を持ちかけたのも、それをなかったことにしたのも、どちらも私たち王族だ。内々で済んだ話とはいえ、エルヴェが仕向けたこととはいえ、事実としてそうなっている。


 それをわかった上で、わざわざ言ってくるのは一も二もなく皮肉だ。


 笑顔も何も浮かべていなかった三ヶ月前ほどではない。だがこれはかなり怒っている。いや、手のひらでもてあそんで楽しんでいるの間違いかもしれない。


 エステル嬢関係なのは明白だが、一体何がどうしてこうなっているのだろう。まさか、と過ったこともあるが、確かめるまでは何とも言えない。


「殿下、何が起こったのか気になるようでしたら、そこの『影』に訊いてみるのはいかがですか?」


 心を読んだようにエルヴェが指差したのは私の左横の空間。直後、王家の諜報を担当している「影」の一人が現れた。


 「影」の主の一員である私ですら近くにいるということしかわからないのに、エルヴェはその場所まで特定した。


 第二王子としても、私個人としても、絶対に敵には回したくない。改めてそう心に決めたのはよかったが、状況が状況だ。すでに半分ほど敵に回しているような事実に頭が痛くなる。


 私は「影」から報告を聞いた。




「——報告感謝します。あなたは早急にアタナーズ公爵へ連絡を。王城に来るよう伝えてください」


 去っていく「影」を見送り、笑顔を崩さないエルヴェへと向き直った。


 ここで私が誤魔化したり嘘を伝えたりしようものなら、すぐさまこの国は傾く。それだけの力が目の前のこの人にはある。


 エルヴェとは、私が四歳のころからの付き合いだ。彼が、最愛の妹——エステル嬢のことを話してくれるくらいには信頼関係を築き上げられたと思っているが、私がエステル嬢を奪うような形になってしまったこの状況で、それはちりと化す。


 彼が、彼女を妹以上に想っていると知っていた。

 彼が、「エステルは世界一大切で、世界一愛しい、俺の全てですよ」と話していたのを覚えていた。

 彼が、私のことを弟のように扱ってくれていたことに気づいていた。


 エルヴェも、エルヴェから聞くエステル嬢も、まるできょうだいができたようで嬉しかった。


 二人には幸せになってほしいと願っていた。

 完璧超人のエルヴェが、彼女に関することでは感情を出してくれるから。笑顔で取り繕うのが上手いエステル嬢が、彼に関することを話すと声のトーンが上がるから。


 私は、エステル嬢との婚約を受け入れてはいけなかった。姉上が婚約を蹴って、私まで婚約を蹴るのは対外的に印象が悪いとはいえ、受け入れたのは間違いだ。


「……私は、私とエステル嬢の婚約を取り消した方が良いと思います」


 エルヴェは綺麗に笑ったまま。


「あなたがエステル嬢を愛していると知った上で、この婚約話を断りきれなかった私にも非はあります。……私が言わんとしていることを察するのは簡単でしょう、エルヴェ?」

「ええ、もちろん。シャルル殿下、少々俺に付き合ってくださいね?」


 笑みを深めた彼はかつてないほどに楽しそうだった。差し出された右手に自分のそれを重ね、握手を交わす。


「……国を傾けるのはどうか止めてくださいよ?」

「それは善処しますよ」


 私は笑顔のエルヴェのなすがまま、フェイエッテ王国が地図から消えないことを祈るのみ。


 ふと一つ疑問に思った。どうしてエルヴェはそんなにも楽しそうなのだろう。エステル嬢と引き裂かれる危機にも関わらず、無表情になるほど怒っていない。三ヶ月前のことを考えてみても今の様子は不自然に思える。


 それに、エステル嬢が伝えるまで何も知らなかったというのは信じがたい。いくらアタナーズ公爵たちが隠そうとしても、エルヴェであれば一瞬で気づきそうだ。


 もしもエルヴェが全て気づいた上でこの行動に出たのなら、つじつまがぴったり合う。それはきっと——エステル嬢と一生を共にする権利を手に入れるためだ。


 盗み見るように視線を向けた先のエルヴェと目が合う。私の気のせいでなければ、彼は、この考えを肯定するように小さく頷いた。


 ……私は、フェイエッテ王家とアタナーズ公爵は、とんでもない人を敵に回してしまったのかもしれない。

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