第2話 ダイブ

 ダンジョン都市ホレットの外れ、崖のように切り立った石壁に円形の広間が口を開けていた。

 広間の石畳はうっすらと淡い光が脈打っているのが見える。


「今日も多いな」


 ダイブ待ちの列に並びながら、小さく息を吐く。

 周囲には、他のパーティーも順番を待っている。

 鎧のきしむ音、武具のぶつかる金属音、興奮と不安の混じった声。


「よし、そろそろ俺たちの番だ」


 レオンがギルド職員からのGOサインを受けて振り返る。


「今日もちゃちゃっと稼ぐにゃ!」


 フィーが軽くストレッチをしながら、にやりと笑った。


「無茶はしませんよ」


 メリスが肩にかけた杖をトントンと指で叩く。

 セリアは小さく頷き、魔力を馴染ませるように指先で空をなぞっている。


 腰の剣に手を添える。

 柄に触れた瞬間、熱い気持ちがスッと落ち着く。


「じゃあ行くか」


 レオンが広間の中心に進み、全員の顔を見回す。


「今日も浅層から様子見だ。まずは中層手前まで、慎重に行く」


「おし」

「了解」

「了解です」

「任せるにゃ」

「は、はい……」


 みんなの声が重なる。

 剣の柄を握り、瞼を閉じる。

 剣を上段から振り下ろすイメージ。

 軽い。


(今日はイメージがいいな)


 セリアが隣で小さく息を吐いた。


「……リド。さっきも言ったけど、ほんとに無茶はしないでね」


「大丈夫だって。浅層だろ? ちょっと暴れて、セーフエリアで一息つくくらいだ」


 軽く笑って肩をすくめると、セリアはまだ不安そうに眉を寄せた。


「前回、魔流ソルメアがおかしかったじゃない……私、ちょっと、嫌な感じがするの」


「気のせい気のせい。何かあってもさ、俺が先に全部倒して守るからさ」


(心配しすぎなんだよな……浅層だぞ?)


 レオンが手を上げる。


「いくぞ――ダイブ」


 短い声が響いた瞬間、足元の光が一気に強くなった。

 視界が白に塗りつぶされ、体がふっと浮く。


 次の瞬間、身体が重力を取り戻し、ひんやりとした湿気が肌を撫でた。


 洞窟の匂い。

 石と土の冷たい気配。

 足元の岩には細い水脈が走り、ぽたり、ぽたりと水滴の音が響いている。


 粗い岩壁が四方を囲み、頭上には光苔と光石が点々と光っていて明るさは十分とれている。

 幅広の通路は遠くまで続く。

 先行したパーティーの姿はない。


「いつも通り、先行とは被ってないな」


 レオンが周囲を一望し頷いた。


「前衛はリドと俺で、中列タリク、後衛セリアとメリスだ。フィー後衛で警戒を頼む」


「にゃ! 魔物の発見は任せるにゃ!」


「了解、さっさと行こうぜ」


「タリク、力が入りすぎですよ」


「は、はい……」


「そうにゃ、もっと力を抜くにゃ」


 リドは真っ先に歩き出した。

 ダンジョンに入ってからは、体の芯からじんじんするような高揚した感覚があった。


魔素ソルマが濃いからか……? いや、悪くないな。むしろ軽いくらいだ)


 しばらく進むと岩陰から唸り声が上がった。


「来るぞ!」


 レオンの声と同時に、三体の魔物が飛び出す。

 灰色の体毛に赤い目。

 第一層に一番多く出現するグレーウルフだ。


「こいつらなら余裕だな!」


 リドは前に出て一気に踏み込んだ。

 よく見て先頭の一体を引きつけ、飛び掛かってきたグレーウルフに剣を横一文字に走らせる。


「しっ」


 重さはほとんど感じない。

 剣先がグレーウルフに食い込んでいくが、手に伝わる抵抗が妙に薄い。


 一体目の首が、あっさりと飛んだ。


 続けて二歩目。

 剣先を落とし、逆袈裟に振り上げて二体目の首を飛ばす。


 三体目は低めに飛びかかってくるが、スウェーで避ける。

 余裕で剣を戻し、剣を叩き下ろす。


 あっさりと肉を断ち首を落とす。

 血飛沫が少し頬をかすめる。


「よし、終わり!」


 振り返ると、みんなが一歩下がった場所でこちらを見ていた。

 フィーが目を丸くする。


「うわ、いつもより速いにゃ。あっという間だったにゃ」


「リド、いつも以上に動きが……軽いですね」


 メリスが目を細めた。

 セリアは杖を構えたまま、驚いている。


「い、今の……魔法入れる隙、なかった……」


「今日は調子がいいみたいだ。この程度なら俺一人で十分だって」


血よ散れブレイラ・スパーダ、 刃よ整えリネア・スティルム


 剣の状態を確認して鞘に戻す。

 体はまだ調子が上がっていきそうな感じがしている。


(やっぱり調子いいな)


 レオンがゆっくりと近づく。


「リド、成長したな。ただ後衛は把握するように」


「大丈夫、大した敵じゃない」


 褒め言葉に嬉しくなったが、反射的に口が動いていた。

 レオンの視線が一瞬だけ鋭くなり、すぐに逸れる。


「……浅層なら大丈夫だろう。だが、人は急に切り替えができるようなものじゃない」


「はいはい、わかってるって」


 言葉ではそう返したが、胸の奥は違う。


(浅層からビビってたら、いつまで経っても稼げないだろ)


 再び隊列を整えて進む。

 横の脇道からの新しい気配にフィーが反応した。


「横からくるにゃ、たぶん四体、ん~五体いる。タリク」


「う、うん……!」


 フィーの見立て通り今度は五体だった。

 角を曲がった瞬間、狭い通路いっぱいに魔物が並んでいる。


「さっきより多いにゃ」


 フィーが低く唸る。


敵はここだドラン・ベイル


 タリクが引きつけると、グレーウルフは一斉にタリクに襲い掛かろうとする。


「まとめて片付ける」


 リドはアイコンタクトすらせずに突っ込んだ。


「リド!」


 セリアの声が聞こえたが、足は止まらない。


 グレーウルフはタリクしか見えていない。

 最初の一体へ飛び掛かり、胴をあっさり二分する。

 すかさず二体目に横薙ぎを叩き込む。


「っ、重っ……!」


 さっきまでとは違い感触が重い。


「リド、下がって!」


 後方からセリアの声。

 詠唱の短い光弾魔法を準備しているのが見える。


(このくらい――俺一人で十分だ)


 構わず踏み込み、三体目へ剣を突き入れた。

 タリクへ届いたのは二体。


打ち返せガンド・ブラト


 タリクが大楯ではじき返す。

 一体はメリスが鞭で打ち据えて、フィーがとどめを刺す。


 残り一体はレオンが難なく切り捨てた。


「……ふぅ。ほら、やっぱり大したことねえだろ」


 剣を肩に担ぎ、振り返る。

 セリアはまだ魔素ソルマを杖先に集めたまま、固まっていた。


「リド……射線、完全に塞いでたよ……」


「え?」


「さっきの角度なら、一発でまとめて焼けたのに……入れられなかった」


 セリアの声は震えていた。

 リドは一瞬だけ言葉に詰まる。


(……そっか。でも、結果的にはノーダメだしな)


「悪い。まあ、結果オーライってやつで」


 そう言って肩を竦めると、セリアは「はぁ」と息を吐いた。


「いやごめんセリア」


 じと目でリドを睨むセリアにタジタジになって謝る。


「メリス、どう見える?」


 レオンが問う。


「さっきから、魔物の数が少し多い印象です。魔流ソルメアの異常で魔素ソルマが濃くなっている影響ですね」


「さっきの奴、ちょっと斬りづらかったにゃ」


 メリスとフィーの言葉に、レオンは顎に手を当てる。


「一層の時点でこの変化か……慎重にいかないとな」


 タリクが小声で呟いた。


「あ、俺もちょっと……受けた感じ……重かったです。なんか、押し込まれる感じで……」


(そんな変化あったか?)


 自分の手のひらを握ったり開いたりしてみるが、そんな感触の変化はあったか?

 さっき感じた重さは、もうすっかり忘れていた。


 代わりに、どんどん調子が上がっているのが分かる。


(みんな、気にしすぎなんじゃないか……? 俺は全然動けるのに)


「リド」


 レオンがはっきりと名を呼ぶ。


「前に出すぎるな。多分、魔素ソルマが濃くなった影響だと思う。後衛の位置取りを優先だ」


「だからさ――」


「今日はダメだ」


 ぴしゃりと言葉が遮られた。

 レオンは普段と変わらない瞳でリドを見つめる。

 心なしか冷たく感じてしまう。


(……俺だって、みんなを守るために動いてるのに)


「……了解」


 リドは視線をそらした。


 再び歩き出す。

 通路の先、地面の割れ目から冷たい風が吹き上げてくる。

 その風に乗って、獣の匂いが濃くなる。


「また来るにゃ。数……さっきより多いにゃ」


 フィーが耳を伏せる。


 曲がり角の向こうから、複数の足音が響いてきた。

 金属音がするからゴブリンだろう。


 五体。いや、もっといそうだ。

 敵の足音が心地いいリズムに聞こえる。


(こんくらい、まとめて相手してやる)


 剣の柄を握り直す。

 背後から、セリアの小さな声がした。


「リド、後ろ忘れないでね……?」


「ああ」


 聞いているのかいないのか。

 リドは脚に力を入れ、獲物に狙いを定めた。


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