ヤンデレを作る簡単な方法(物理的に)
御愛
第1話 出会ってしまった本
放課後の本屋って、どうしてこんなにも学生が少ないんだろうか。
きっと、皆んな友達や恋人との予定でいっぱいで、ここに来る予定なんて無いんだろうな、と一人卑屈に考えてみる。
非リアの僻みである。全くもって情けないとは感じているが、これも性分である。如何ともし難い。
そんなことを考えながら、平積みの参考書の間を抜けて、ひとりふらふらと文庫コーナーへ向かう俺――桐原ユウトは、何故かその日だけ、恋愛指南書の棚の前で立ち止まっていた。
"恋愛指南書"なんてコーナーはないのだが、その一角だけは妙に浮ついた字面を飾った表紙の本が多いのである。よって、勝手に命名させてもらった。
そして俺が足を止めた理由は、その中の一冊にあった。
「“恋人を作る簡単な方法”……?」
タイトルからして怪しい。表紙には、真っ赤なハートと「誰でも簡単に恋人ができる!」の文字。
どう見ても胡散臭い自己啓発本だ。もしくは恋人作りのマニュアル本か。だが、なぜか俺の手は勝手に伸びていた。
恋愛。彼女。そんな言葉は、俺の辞書に載っていない。
中学三年間、女子と話した回数は片手で足りる。実際に数えている虚しさと言ったらない。
高校に入っても、話しかけられるのは文化祭の準備とか、提出物の確認くらいだ。
恋愛経験ゼロどころか、異性と「目を合わせた回数」すら平均を大きく下回っていると思う。
一人、悪友と呼ぶべき存在はあるが、そいつとはどう考えても恋愛に発展しそうな雰囲気はない。異性にカウントして良いか悩むような存在だった。
……だから、こういう本に惹かれてしまうのかもしれない。
「“恋人を作る簡単な方法”ね……そんなもん、あるなら誰も苦労しねぇよ」
独り呟きながらも、興味本位でページをめくってみる。
中身は思っていたより真面目な内容だった。
“理想の相手を明確にイメージし、現実に投影することから始めよう”
“恋人とは、あなたが望む形を与えることで初めて現れる存在である”
――まるで宗教か、オカルトか。そんな現実から浮いた、ふわりとしたイメージを持った。
ただ、不思議と文体が理系っぽい。
“設計”“構築”“最適化”“試作”など、恋愛指南書に似つかわしくない言葉が並んでいた。
俺は眉をひそめる。
この著者、“恋人”の定義を間違えてないか?
だが、妙な説得力があった。
『存在しないなら作ればいい』
その一文に、なぜか心が止まった。
……作る?
恋人を、“作る”?
その時、背筋をゾワリと電流が走った。
思い返せば、俺の部屋には壊れかけのドローンや電子工作の残骸が山のようにある。
ハンダごても、マイコンも、AIチップも。
“作る”なんて言葉に反応してしまうのは、技術オタクの性かもしれない。
「……いやいや、まさか。人間を作るわけないだろ」
古の錬金術じゃあるまいし。
苦笑いして本を閉じようとした瞬間、背表紙の内側に、何かが貼りついているのに気づいた。
小さな白いメモ紙。そこには乱暴な字で、こう書かれていた。
> “この本を最後まで読んだ者は、恋人を“創造”できる。”
「……創造?」
俺はメモをまじまじと見つめた。
冗談のつもりで書いた落書きかもしれない。だが、なぜかその言葉が、脳の奥で燻り続けた。
“作れば、手に入るかもしれない”
その夜、帰宅した俺は、机の上に本を置き、工具箱を引き寄せた。
何をするつもりなのか、自分でも分からない。
ただ、この退屈な日常を変えたいという衝動だけが、指先を動かしていた。
「……恋人を、作る。ね」
ハンダごてのスイッチを入れる。
ジリ、と音がして、鉄の先端が赤く光った。
夜の静寂の中で、その熱だけが確かに現実を溶かしていく気がした。
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