第2話 命名と応答
——そして俺は、本当に始めてしまった。バカみたいな、それこそ正気ではない工作を。
ハンダごてを握り、電子基板を睨みながら、真夜中の部屋でブツブツと独り言を繰り返す。
机の上には部品、部品、また部品。
CPU、人工筋肉の試作品、Bluetoothモジュール、そして“恋人を作る簡単な方法”の開きっぱなしのページ。
なんでこんなタイトルの本読みながら、こんな作業をしているんだか。
だがまぁ、初めてしまったのだ。ならば走り切るしか道はない。
「よし……まずは骨格だな。構造的には人型ロボット掃除機を参考にすればいいか。身長は……百五十センチ前後。ちょっと小柄な方が庇護欲をそそる。うん、完璧」
誰に説明しているのか分からないまま、俺は設計ノートにスケッチを描いていく。
胸部の空間はバッテリー用。内部冷却は小型ファン。
服装は——とりあえず、後で考えよう。
作業中、部屋のドアがコンコンと鳴った。
「ユウトー、何してるの? 夜遅いわよ」
母親の声だ。
「ロボット作ってる!」
「また!? あんた、もう高校生なのに……。まあ、勉強道具よりハンダ持ってる方が似合ってるかもね」
皮肉なのか褒め言葉なのか分からない。
母はドアを開けかけたが、部屋を見た瞬間、息を呑んだ気配がした。
床一面に散らばるネジとプラスチック片。
そして人型の骨格。
若干、気まずい空気が流れる。
「……ユウト。あんた、それ、女の子の形してない?」
「え、まあ、“人型ロボット”だから」
「……ロボコンってそういう競技なの?」
「ちょっと違う……かも?」
ロボコン用に作ってるわけでもないんだけどね。
母は何かを言いかけたが、「……ごはんは自分で温めなさい」とだけ残して去っていった。
たぶん、もう色々と諦めたのだろう。
翌日、学校でこの話をしたら、友人の一人が目を丸くした。
「お前……ついに恋人“作る”方向に行ったのか」
とうとうやっちまったか、みたいな。
なんか、犯罪者の知人にインタビューした時に、「アイツはいつかやると思ってましたよ」みたいなセリフを言われたみたいな気分になった。
その文脈でいくと、犯罪者とは俺のことなのだが。
俺は口を滑らせてしまったことを失態だと思いながらも、弁明のために色々と捲し立てた。
「いや、これは純粋に研究だ。人の心をプログラムで再現する、人工感情学的アプローチだ」
「そんな言葉使って誤魔化すなよ。お前、恋愛シミュレーションを現実でやろうとしてるだろ」
「ち、違う。俺は恋を“学習させる”だけだ」
「そういうのを世間では“拗らせ”って言うんだよ」
色々と言葉を尽くしてみたが、まぁ、客観的に見ればそうなのだと思う。
"拗らせ"、"恋愛童貞の奇行"。それらに該当するのだと思う。
……とはいえ、俺は止まらなかった。
学校帰りにパーツショップを巡り、秋葉原の中古店でモーションセンサーを買い集め、帰宅しては組み立てを続けた。
日々の進捗は順調だった。
たぶん俺は、人生で初めて“本気で誰かを作ろうとしていた”のだ。
「愛とは何か」
ノートに書かれたその問いを前に、俺はしばらく考え込んだ。
恋愛指南書にはこうあった。
“理想を明確にせよ。理想こそが現実を形づくる”
つまり——理想を定義すれば、愛は形になる。
俺の理想は優しくて、話を聞いてくれて、ちょっと天然で……いや、少しヤンデレでもいい。
寂しがり屋で、俺のことだけを見てくれる。
他の誰も見ないでほしい。
……そう考えた瞬間、ハンダの熱が指にジリっと走った。
「痛っ……! あっぶねぇ……」
我に返ると、すでに午前二時。
机の上では、半完成の人形が静かにこちらを見つめていた。
まだ電源も入っていないのに、何かを訴えかけるような顔をしている気がする。
「……そっか。君の名前、考えてなかったな。どうしようか」
俺は少し考えて、口に出した。
「——ハルカ、でいいか」
“遠くまで届くように”という意味を込めて。何が届くかと言えば、まぁ、二人のアイのカタチ的な……うん、やっぱり俺は拗らせているのだろう。
何はともあれ、恋人(仮)・ハルカ、誕生の瞬間だった。
———そのとき、机の上のモニターが一瞬だけ点滅した。
電源は落としてあるはずなのに、画面に一行だけ文字が浮かぶ。
> Hello, Yuuto.
「……え?」
俺は一瞬、手を止めた。
静まり返った部屋に、ハンダごての残り香だけが漂っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます