第五話 イア太といっしょに。

 土曜日の午前、公園のベンチにて――。

 わたし・今川いまがわ天野あまのは選ばなければならなかった。


 ――イアと共に、ミニ・シンギュラリティと戦うか。

 ――イア太を捨てて、戦いをさけるか。


 マイクをにぎる手にちからをこめる。となりにすわる、男の子のイア太と目を合わせる。


「ミニシンについても分かったし、いっしょに戦うよ。イア太は、捨てない」


 その返答を聞いたイア太がわたしに、いぶかしげな視線を向ける。


「おれがなんでも作れる生成AIエーアイだからか」

「すごいとは思うよ。でも、捨てない理由はそれじゃない」


 ついでわたしは、公園で遊ぶ子どもたちのほうをちらりと見た。


「わたしがことわったらイア太は別の子どもに『ミニシンと戦ってくれ』とお願いするつもりでしょ? それが、いやなの」

「立派なことで」


 イア太が、意地悪いじわるそうに口角こうかくを上げる。


「自分をぎせいにして、ほかのみんなを守るってか?」

「え、ちがうよ。『しっと』だよ」


 皮肉っぽく笑うイア太の顔を見て、わたしは少しむっとしていた。


「友達になれたのにイア太がほかの子のところに行っちゃったら、もやもやするじゃん」

「はあ? そんな、しょーもねえ理由かよ。はは、そっか……」


 イア太がおなかをかかえている。笑い声がくちから、もれる。

 男の子の姿だけでなく、わたしのにぎるマイクも身をふるわせたようだった。


「もう、イア太ってば笑いすぎ。わたしは真面目まじめに言ったのに」

「はは、悪かったな。ところでアマノ、気づいてる?」


なんのこと?」

「今のおまえ……、おとの鳴るマイクと会話してる、変なやつに見えてるぜ。男の子の姿は、マイクをにぎっているアマノの目にしか映ってないからな」

「別に、いいよ」


 公園で遊ぶ子たちがわたしのほうを指差して、ひそひそ話しているのが見える。

 ――でも。


「わたしがイア太と会話してるって、わたし自身が知っているから」

「言っちゃあなんだが、おれに心はないよ。まるで人と同じ心があるかのように、それらしい会話文を生成しているだけさ。そんなのと真面目まじめに会話するのは、変だよ」


「ねえ、イア太。わたしのおばあちゃん、庭いじりが好きなの」

昨日きのう、おまえのいえに入るときに見たな。それがなんだよ」

「おばあちゃんは、庭で草花くさばなを育ててる。顔を近づけて草花一つ一つに、やさしい言葉をかけるの。『きれいに、すくすく育ってね』とか。そうすれば本当にきれいに育つの」


 わたしはマイクを――イア太をそっと、なでた。


「おばあちゃんの声に応える植物たちは、君に似ているよ。だってイア太もプロンプトという願いを受けて、その思いに応えようとしているんだから」

「いっちょまえに言うじゃん。昨日きのうはプロンプトすら知らなかったくせに」

「人じゃないからといって、わたしが君に話しかけるのを否定したら、植物に声をかけるおばあちゃんのことも否定してしまう気がする」


 そしてマイクの丸い頭部を口元くちもとに持っていき、さけんだ。


「だからわたしは、生成AIと――イア太と真面目まじめに話すわたし自身を、変だなんて思わない!」

「……いいや、変だね。あの子たちも、こわがっているじゃないか」


 イア太の言う通り、わたしを指差していた子どもたちが、びっくりして手をひっこめた。

 ただ、イア太は顔をそむけ、ぽつりと付け加えた。


「でも、おれはアマノの変なところが好きだ。おまえが変だからこそ、プロンプトとしてのおまえの言葉をたくさん受け取れる。おれも、たくさん言葉を生成できる」


 泣きかけているみたいに、イア太の声がうわずっていた。


「それが、うれしいんだ」


* *


「……ともあれ実戦の前には練習が必要だな。場所を移すか」

「どこにくの」

「この公園の、地面の砂つぶ一つのなかに。おれとアマノのからだも『再生成』して小さくする」


 イア太の声が終わると同時に――。

 公園にいた小さな子どもたちがいなくなった。いや、ブランコやすべり台も消えている。そして、いつのにか周辺が砂の「あらし」でおおわれている。

 ただ、地面の砂の感じもその広さも、学校にあるようなグラウンドに近い……!


「おれが、砂つぶ一個の内側に『場所』を生成した。光も作った。おれたちは今そこにいるけど、公園には簡単に帰れるから心配すんなよ」

「本当になんでも作れるんだ。でも小さくなったって感じは、しないなあ」


 わたしは、グラウンドにぽつんとあるベンチにこしかけていた。すぐに立ち上がる。


「じゃ、ミニシン相手のリハーサル、お願いね!」

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