第20話 成長する芽と、“夜の盗難未遂”

朝の光が差し込む中、

試験区画の芽は、ついに小さな葉を開いた。


淡い黄緑。

細いが、確かな生命の色。


セラが両手を胸元で握りしめて見つめていた。


「……出ました……二枚目の葉です!

 このままいけば、苗にできます!」


マリアも嬉しそうに記録を書き込む。


「発芽二枚目、本日確認……!」


視界が小さく光り、表示を出した。


『発芽進展:安定

 苗化成功率:中 → 中高

 総合評価:良好』


ようやく、

希望が“形”に変わり始めた。


だが──

希望は、必ず影を呼ぶ。



その日の夕方。

俺はアズベルと共に巡回の報告を受けていた。


兵士の一人が、固い顔のまま言う。


「……領主様。

 昼下がり、“試験区画の近く”に

 見知らぬ影がうろついていました」


アズベルが眉をひそめた。


「何者だ?」


「若い男です。

 昨日の商人の連れ……ではありません。

 二度姿を見せ、三度目で逃げました」


視界が淡く表示を出す。


『目的:不明

 行動:監視・探索

匂いの確認の可能性 高

 危険度:中高』


香り麦の芽が開いた日に、

監視の影が現れる。


偶然ではない。


俺は兵に問うた。


「そいつは何をしていた?」


「区画の周りを歩き回って……

 まるで“風の向き”を確かめるように、

 鼻を鳴らしていました」


セラが息を呑む。


「……匂い……

 香り麦の匂いを探して……?」


マリアの顔が緊張に変わる。


「嗅ぎ分けられる人は、ほとんどいません。

 なのに、こんな早い段階で……?」


アズベルは低く言った。


「……敵は“香り麦そのもの”を狙い始めたな」


視界に文字が追加される。


『特産価値:外部認知の危険

 対策:隠蔽・封鎖・警戒強化

 領外組織:動き始めの兆候』



夜。

その警戒は現実になった。


屋敷へ戻る直前、

再び兵が駆け込んできた。


「領主様!

 試験区画に“侵入者”が──!!」


アズベルとともに駆けつけると、

区画の囲いがわずかに壊れ、

足跡が二つ残っていた。


土の表面を指でなぞると──

視界が即座に反応した。


『触れた痕跡:あり

 目的:種または芽の探索

 持ち帰り行動:未遂』


未遂──

つまり、奪われる寸前だった。


セラが震える声で言う。


「……この子、抜かれそうだった……

 もう少しで……」


香り麦の芽は無事。

だが、

“狙われた事実” は消せない。


アズベルが怒りを押し殺しながら言った。


「……領主様。

 これは、もう“偶然の侵入”ではありません。

 組織的な動きの匂いがします」


「だろうな」


「見回りを増やしますか?」


俺は少し考え、首を横に振る。


「増やさない」


マリアが驚いた顔をした。


「え……!? なぜですか?」


視界の表示が、俺の判断を補強するように重なる。


『早期に動けば“相手に警戒を悟らせる”

 現時点での兵力増強は逆効果』


俺は静かに言った。


「こちらが慌てていると悟られれば、

 敵はもっと潜る。

 今は“動いていないように見せる”のが最善だ」


アズベルが頷く。


「……確かに。

 偵察相手には、こちらの手の内を見せないほうが良い」


「ただし──」


俺は区画を見つめ、言葉を続けた。


「この芽は守る。

 絶対に」


セラが静かに答えた。


「……はい。

 囲いを二重にします。

 わたしが夜も見ます」


「ダメだ」


セラは目を丸くする。


「危険だからではない。

 お前は昼間、土を見る仕事がある。

 夜は兵に任せる」


視界が小さく光る。


『役割分担:適正

 負担集中:不可』



囲いを補強し、

侵入者の足跡を記録し、

夜の巡回をひとつ増やす。


静かな風の中、

小さな芽が月光に照らされて揺れた。


その姿は、

どこか頼りなく、

しかし確かに未来を宿していた。


この子を守れなければ、

領地の未来も、村人の希望も折れる。


俺は小さく息を吐いた。


「……ここが“最初の境界”だな」


アズベルが問う。


「境界、ですか?」


「内政だけでは守れない。

 外との駆け引きが始まる境界だ」


視界が静かに文字を浮かべる。


『この回をもって “第一部 完結”』


試験の芽は、確かに生きている。

だが、狙う影もまた動き始めている。

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