第20話 成長する芽と、“夜の盗難未遂”
朝の光が差し込む中、
試験区画の芽は、ついに小さな葉を開いた。
淡い黄緑。
細いが、確かな生命の色。
セラが両手を胸元で握りしめて見つめていた。
「……出ました……二枚目の葉です!
このままいけば、苗にできます!」
マリアも嬉しそうに記録を書き込む。
「発芽二枚目、本日確認……!」
視界が小さく光り、表示を出した。
『発芽進展:安定
苗化成功率:中 → 中高
総合評価:良好』
ようやく、
希望が“形”に変わり始めた。
だが──
希望は、必ず影を呼ぶ。
◇
その日の夕方。
俺はアズベルと共に巡回の報告を受けていた。
兵士の一人が、固い顔のまま言う。
「……領主様。
昼下がり、“試験区画の近く”に
見知らぬ影がうろついていました」
アズベルが眉をひそめた。
「何者だ?」
「若い男です。
昨日の商人の連れ……ではありません。
二度姿を見せ、三度目で逃げました」
視界が淡く表示を出す。
『目的:不明
行動:監視・探索
匂いの確認の可能性 高
危険度:中高』
香り麦の芽が開いた日に、
監視の影が現れる。
偶然ではない。
俺は兵に問うた。
「そいつは何をしていた?」
「区画の周りを歩き回って……
まるで“風の向き”を確かめるように、
鼻を鳴らしていました」
セラが息を呑む。
「……匂い……
香り麦の匂いを探して……?」
マリアの顔が緊張に変わる。
「嗅ぎ分けられる人は、ほとんどいません。
なのに、こんな早い段階で……?」
アズベルは低く言った。
「……敵は“香り麦そのもの”を狙い始めたな」
視界に文字が追加される。
『特産価値:外部認知の危険
対策:隠蔽・封鎖・警戒強化
領外組織:動き始めの兆候』
◇
夜。
その警戒は現実になった。
屋敷へ戻る直前、
再び兵が駆け込んできた。
「領主様!
試験区画に“侵入者”が──!!」
アズベルとともに駆けつけると、
区画の囲いがわずかに壊れ、
足跡が二つ残っていた。
土の表面を指でなぞると──
視界が即座に反応した。
『触れた痕跡:あり
目的:種または芽の探索
持ち帰り行動:未遂』
未遂──
つまり、奪われる寸前だった。
セラが震える声で言う。
「……この子、抜かれそうだった……
もう少しで……」
香り麦の芽は無事。
だが、
“狙われた事実” は消せない。
アズベルが怒りを押し殺しながら言った。
「……領主様。
これは、もう“偶然の侵入”ではありません。
組織的な動きの匂いがします」
「だろうな」
「見回りを増やしますか?」
俺は少し考え、首を横に振る。
「増やさない」
マリアが驚いた顔をした。
「え……!? なぜですか?」
視界の表示が、俺の判断を補強するように重なる。
『早期に動けば“相手に警戒を悟らせる”
現時点での兵力増強は逆効果』
俺は静かに言った。
「こちらが慌てていると悟られれば、
敵はもっと潜る。
今は“動いていないように見せる”のが最善だ」
アズベルが頷く。
「……確かに。
偵察相手には、こちらの手の内を見せないほうが良い」
「ただし──」
俺は区画を見つめ、言葉を続けた。
「この芽は守る。
絶対に」
セラが静かに答えた。
「……はい。
囲いを二重にします。
わたしが夜も見ます」
「ダメだ」
セラは目を丸くする。
「危険だからではない。
お前は昼間、土を見る仕事がある。
夜は兵に任せる」
視界が小さく光る。
『役割分担:適正
負担集中:不可』
◇
囲いを補強し、
侵入者の足跡を記録し、
夜の巡回をひとつ増やす。
静かな風の中、
小さな芽が月光に照らされて揺れた。
その姿は、
どこか頼りなく、
しかし確かに未来を宿していた。
この子を守れなければ、
領地の未来も、村人の希望も折れる。
俺は小さく息を吐いた。
「……ここが“最初の境界”だな」
アズベルが問う。
「境界、ですか?」
「内政だけでは守れない。
外との駆け引きが始まる境界だ」
視界が静かに文字を浮かべる。
『この回をもって “第一部 完結”』
試験の芽は、確かに生きている。
だが、狙う影もまた動き始めている。
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