第18話 若者の正体と、“水路だけが描かれた地図”
館の物置部屋に入ると、
若者は古い布を掛けられ、
浅い呼吸で横になっていた。
年は十六か十七。
顔立ちはまだ幼さが残り、
痩せてはいるが“旅慣れた者の姿勢”をしている。
アズベルが小声で説明する。
「発見されたときは倒れていました。
空腹と疲労……それだけです。
傷はない」
俺は頷き、若者の荷を見た。
小さな袋と、折りたたまれた紙片。
その紙片を広げると──
視界がすぐに反応した。
『地図素材:手作業
描写重点:第一水路・副水路
縮尺:正確
用途:調査・報告向け』
領地全体は描かれていない。
村も、畑も、道筋も白紙のまま。
だが──
水路の位置だけが、驚くほど精密だった。
アズベルが眉を寄せる。
「この正確さ……普通の村人や商人には描けませんな」
マリアも紙を覗き込み、小さく息を飲む。
「水路の“分岐点”まで正確……
ここ、先日レオン様が整えられた場所ですよね?」
「そうだ」
つまり──
この地図は、“復旧後の水路”を見て描いたものだ。
視界にさらに表示が浮かぶ。
『地図情報:流出源 不明
意図:水路機能の把握
危険度:中高
対策:情報封鎖必須』
そのとき、若者がゆっくりと目を開いた。
◇
若者はしばらく天井を見つめ、
状況を理解すると、慌てて体を起こそうとした。
俺は手を出し、落ち着かせる。
「無理に動くな。
ここはグレイス領の館だ」
若者は驚き、口を開いた。
「……俺……捕まった……んですか……?」
「違う。
街道で倒れていたお前を保護しただけだ」
一瞬、若者の表情に“安堵”が走った。
その反応は、隠しようがないほど自然だった。
アズベルが続ける。
「お前、名前は?」
「……ルーク。
ルーク・ナーベルです」
声は震えているが、嘘をついているようには見えなかった。
俺は紙片を見せた。
「これはお前の持ち物だな?
誰に頼まれて、この地図を描いた?」
若者の顔が固まった。
沈黙。
目の揺れ。
喉の上下。
視界が表示する。
『反応:動揺
虚偽の可能性:中
ただし“恐怖反応が先”』
嘘というよりも、
「言えない相手を恐れている」反応だ。
俺は静かに言った。
「ルーク。
俺はお前を責めるつもりはない。
ただ……お前が何者なのかだけ知りたい」
ルークは唇を噛み、ようやく言葉を絞り出した。
「……俺は……
“ガルド商会”の下働きです」
アズベルが眉をひそめた。
「ガルド商会……?
ハイレン領の中央市場にある店か」
ルークは弱々しく頷く。
「……はい。
店主に言われたんです。
“グレイスの水の状況だけ見てこい”って……」
マリアが驚く。
「水の状況だけ?」
そこで俺の中で、ひとつの線がつながる。
昨日の焚き火跡。
足跡の規則性。
副水路への興味。
そして──
水路だけが描かれた地図。
視界が淡く文字を浮かべる。
『外部関心対象:水資源
香り麦ではなく“水”
目的:交易・支配・価格操作の可能性』
ルークは続けた。
「……本当に、ただ見て記録するだけでした。
店主は、“領地が復活するなら、商売になる”って……
だから、命令に逆らえなくて……」
アズベルが低い声で問う。
「お前は兵か? 斥候か?」
ルークは必死で首を振った。
「違います!
本当にただの下働きで……
地図も、店主に描かされて……
それだけなんです!」
視界の表示が変わる。
『虚偽 低
情報提供意欲:中
危険性:低(強制されている)』
この若者は“使われただけ”だ。
問題はルークではなく──
ガルド商会の背後にいる勢力 だ。
ガルド商会が勝手に動くとは思えない。
ハイレンの影が、
水路の形を知りたがっている。
俺は判断を下した。
「ルーク。
お前を拘束はしない。
だがしばらくはここで休め。
安全は保証する」
ルークは涙がにじむほど強く頷いた。
「……ありがとうございます……
本当に……ありがとうございます……!」
アズベルが静かに言う。
「レオン様。
ガルド商会の背後……“調べるべきですな”」
マリアも同意するように頷く。
「水路だけを狙うなんて……
普通の商会ではありえません」
視界も同じ判断を示す。
『次の課題:
外部情報の収集
内政の速度維持
治安の維持と情報封鎖』
俺は深く息を吸い、言葉を決めた。
「……動くぞ。
この領地を守るために、
“外を知る”必要が出てきた」
風が静かに吹き抜け、
布切れの地図が揺れた。
香り麦が芽を出したその裏で、
外の影も確実に形を持ち始めている。
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