第18話 若者の正体と、“水路だけが描かれた地図”

館の物置部屋に入ると、

若者は古い布を掛けられ、

浅い呼吸で横になっていた。


年は十六か十七。

顔立ちはまだ幼さが残り、

痩せてはいるが“旅慣れた者の姿勢”をしている。


アズベルが小声で説明する。


「発見されたときは倒れていました。

 空腹と疲労……それだけです。

 傷はない」


俺は頷き、若者の荷を見た。


小さな袋と、折りたたまれた紙片。


その紙片を広げると──

視界がすぐに反応した。


『地図素材:手作業

 描写重点:第一水路・副水路

 縮尺:正確

 用途:調査・報告向け』


領地全体は描かれていない。

村も、畑も、道筋も白紙のまま。


だが──

水路の位置だけが、驚くほど精密だった。


アズベルが眉を寄せる。


「この正確さ……普通の村人や商人には描けませんな」


マリアも紙を覗き込み、小さく息を飲む。


「水路の“分岐点”まで正確……

 ここ、先日レオン様が整えられた場所ですよね?」


「そうだ」


つまり──

この地図は、“復旧後の水路”を見て描いたものだ。


視界にさらに表示が浮かぶ。


『地図情報:流出源 不明

 意図:水路機能の把握

 危険度:中高

 対策:情報封鎖必須』


そのとき、若者がゆっくりと目を開いた。



若者はしばらく天井を見つめ、

状況を理解すると、慌てて体を起こそうとした。


俺は手を出し、落ち着かせる。


「無理に動くな。

 ここはグレイス領の館だ」


若者は驚き、口を開いた。


「……俺……捕まった……んですか……?」


「違う。

 街道で倒れていたお前を保護しただけだ」


一瞬、若者の表情に“安堵”が走った。

その反応は、隠しようがないほど自然だった。


アズベルが続ける。


「お前、名前は?」


「……ルーク。

 ルーク・ナーベルです」


声は震えているが、嘘をついているようには見えなかった。


俺は紙片を見せた。


「これはお前の持ち物だな?

 誰に頼まれて、この地図を描いた?」


若者の顔が固まった。


沈黙。

目の揺れ。

喉の上下。


視界が表示する。


『反応:動揺

 虚偽の可能性:中

 ただし“恐怖反応が先”』


嘘というよりも、

「言えない相手を恐れている」反応だ。


俺は静かに言った。


「ルーク。

 俺はお前を責めるつもりはない。

 ただ……お前が何者なのかだけ知りたい」


ルークは唇を噛み、ようやく言葉を絞り出した。


「……俺は……

 “ガルド商会”の下働きです」


アズベルが眉をひそめた。


「ガルド商会……?

 ハイレン領の中央市場にある店か」


ルークは弱々しく頷く。


「……はい。

 店主に言われたんです。

 “グレイスの水の状況だけ見てこい”って……」


マリアが驚く。


「水の状況だけ?」


そこで俺の中で、ひとつの線がつながる。


昨日の焚き火跡。

足跡の規則性。

副水路への興味。

そして──

水路だけが描かれた地図。


視界が淡く文字を浮かべる。


『外部関心対象:水資源

 香り麦ではなく“水”

 目的:交易・支配・価格操作の可能性』


ルークは続けた。


「……本当に、ただ見て記録するだけでした。

 店主は、“領地が復活するなら、商売になる”って……

 だから、命令に逆らえなくて……」


アズベルが低い声で問う。


「お前は兵か? 斥候か?」


ルークは必死で首を振った。


「違います!

 本当にただの下働きで……

 地図も、店主に描かされて……

 それだけなんです!」


視界の表示が変わる。


『虚偽 低

 情報提供意欲:中

 危険性:低(強制されている)』


この若者は“使われただけ”だ。


問題はルークではなく──

ガルド商会の背後にいる勢力 だ。


ガルド商会が勝手に動くとは思えない。


ハイレンの影が、

水路の形を知りたがっている。


俺は判断を下した。


「ルーク。

 お前を拘束はしない。

 だがしばらくはここで休め。

 安全は保証する」


ルークは涙がにじむほど強く頷いた。


「……ありがとうございます……

 本当に……ありがとうございます……!」


アズベルが静かに言う。


「レオン様。

 ガルド商会の背後……“調べるべきですな”」


マリアも同意するように頷く。


「水路だけを狙うなんて……

 普通の商会ではありえません」


視界も同じ判断を示す。


『次の課題:

 外部情報の収集

 内政の速度維持

 治安の維持と情報封鎖』


俺は深く息を吸い、言葉を決めた。


「……動くぞ。

 この領地を守るために、

 “外を知る”必要が出てきた」


風が静かに吹き抜け、

布切れの地図が揺れた。


香り麦が芽を出したその裏で、

外の影も確実に形を持ち始めている。

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