第14話 夜の焚き火跡と、残された布切れ

夜の冷え込みが強くなった頃。

副水路の確認から戻ったアズベルが、館の入口で俺を待っていた。


表情がいつもと違う。

“良くないものを見た”顔だ。


「領主様。

 今、少し……話したいことがあります」


俺は頷き、部屋へ入りながら促した。


「報告しろ」


アズベルは静かに切り出した。


「見回りの兵が、街道沿いで“焚き火跡”を見つけました。

 昨夜使われたばかりのものです」


焚き火跡自体は珍しくない。

旅人や商人が火を使うことは多い。


だが、その声色は“普通ではない”ということを示していた。


「何か問題が?」


アズベルは懐から小さな布切れを取り出した。


赤茶色の布。

焦げ跡があり、端が鋭く千切れている。


「……これを近くで見つけました」


俺は布を受け取り、手で広げた。

薄いが、丈夫な素材だ。

飾り気はないが、粗末ではない。


視界に淡い表示が浮かぶ。


『布の出所:軍務系

 用途:外套・肩衣の一部

 類似:ハイレン領兵装の布地』


ハイレン──。


その名前が、頭の中で浮かぶ。


アズベルも同じ考えだったようだ。


「ハイレン領の兵士服に似ています。

 色も、織り方も。

 少なくとも──“グレイスの村人の服ではない”」


マリアが目を見開いた。


「では……本当に偵察が入っているのですか?」


アズベルは低く答える。


「断定はできません。

 だが、あの布の質……“軍備品”に近い」


視界が新たな表示を出した。


『外部要因:増加

 領外組織:関与の可能性 中

 意図:不明

 視界能力:人の意図は解析不可』


能力は構造しか示さない。

どれだけ脅威が迫っていようと、意図は読めない。


そこが限界だ。


俺は布を机に置き、ゆっくりと言った。


「見回りの人数は?」


「今は三名。しかし、昨夜の足跡を見る限り……

 こちらを“探っている”動きがある」


「増員はどれほど可能だ?」


「一名が限界です。

 内政を止めるわけにはいきませんので」


視界も同じ判断を返す。


『治安対策:限定的増員

 兵力配分:維持が最適』


そうだ。

内政を崩せば、全てが逆戻りになる。


俺は判断を下した。


「アズベル。

 見回りは四名で固定する。

 ただし、交代の間隔を短くしろ。

 “同じ時間帯に巡回しない”ようにする」


「了解した。

 相手に巡回パターンを読まれないようにします」


「焚き火跡の場所は?」


「第二村へ向かう街道の脇です。

 位置的に、偵察するには都合が良い場所です」


つまり──

副水路と第二村の変化を見にきている

ということだ。


水が戻ったことを、

外部の誰かが知りたがっている。


その意図は視えない。

ただひとつだけ分かるのは、

“領地が価値あるものへ戻りつつあるほど、狙われる” ということ。



翌朝。

現場へ向かうと、焚き火跡が黒く残っていた。


灰は温かさを失っているが、

まだ湿りが残っている。


マリアが周囲を見回しながら言う。


「……かなり急いで立ち去ったみたいです」


木の皮が乱雑に削がれ、

枝に引っかかった布がひらりと揺れる。


アズベルが足跡に手を置いた。


「三人。

 うち一人は軽い足取り……女性か、若者の可能性がある。

 前回の荷車事件に似ています」


荷だけが盗まれた事件。

足跡の混じり。

動きの規則性。


すべてが繋がり始めている。


視界が静かに表示を浮かべた。


『外部調査:継続

 治安悪化:緩やかに進行

 主因:領外組織』


俺は深く息を吸い、判断を下した。


「アズベル。

 この周辺は重点警戒とする。

 ただし兵は追跡するな。

 “追われている”と相手に悟らせない方がいい」


「……了解した」


「ハイレンの動きは、まだ“情報不足”だ。

 戦っても勝てない。

 今は、動きを読む」


マリアも真剣な表情で頷く。


「では私は、領都の商人に“情報”を聞いてきます。

 最近のハイレン領の噂など……何か掴めるかもしれません」


「頼む」


焚き火跡の灰は、

風に乗りながら舞い上がる。


ここから先、

水や土を動かすだけでは領地は守れない。


必要なのは──

情報、判断、そして“相手が何を狙うのか”を読む力だ。


能力では視えない領域が動き始めた。


外からの影は、確実に迫っている。

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