第5話 能力の限界と、領地の全体像

翌朝、空は曇り気味だったが、作業には支障のない天候だった。

村人たちは広場に集まり、昨日よりも明らかに動きが軽い。

希望とまでは言わないが、“動く理由”が増えたのだろう。


レオンは地図を広げ、簡単に言葉を添えた。


「今日の作業に入る前に、グレイス領の全体を確認する。

 効率を上げるためだ」


村人たちは静かに耳を傾ける。

まだ信頼はないが、昨日の結果が彼らの態度を変えていた。


レオンは地図の上に指を置きながら説明する。


「まず、領主館は中央にあり、その周囲に三つの集落がある。

 東がアーリ村、西がブレム村、南がナリス村だ。

 いずれも水路に依存している」


視界に淡い文字が浮かぶ。


『領地構造:三村依存型

 問題:主水路の機能不全による連鎖的衰退

 改善:主水路→副水路の順で修復が最適』


レオンは続ける。


「山側から流れる主水路は、この三つの村を経由して農地と街道に水を運ぶ。

 だが今は、上流三箇所の詰まりで流れが止まっている。

 昨日の一箇所目で三割は復旧した。

 残り二箇所を直せば、農地の半分以上が生き返る」


村人たちは地図を真剣に見つめていた。


するとドランが言った。


「……確かに、こうして見ると分かりやすいな。

 水が止まれば村が死ぬ理由も納得だ」


「その通りだ」

レオンは静かにうなずく。


「だからこそ、順番が重要になる。

 我々は一番効果の大きい部分から直していく」


『領民理解度:上昇』

視界に文字が浮かぶ。


こうして“領地構造”を言語化するだけで、

作業への納得度が上がるのが分かる。



作業に向かう前、レオンは水路へ通じる道の入口で立ち止まった。

そして自分の視界に現れる文字を確認する。


試しに、道端の崩れかけた木柵を見つめる。


『原因:湿気と老朽化

 改善:交換が必要』


次に、昨日掘った水路を見る。


『効果:流量増加。次の作業へ』


ただ、それだけだ。


そこには“成功する確率”や“作業後の全体結果”までは書かれていない。


——この能力は、原因と改善を示すだけ。

未来の保証はしてくれない。


レオンは静かに息を吐いた。


「……万能ではない、ということか」


昨日は水を取り戻せたが、

今後の作業でも毎回同じようにいくとは限らない。


原因と改善が分かっても、

必要な人員が足りなければ、

天候が崩れれば、

予期せぬ事態が起きれば、

全てが予定通りに進むわけではない。


“理屈が通る”だけで、

“成功が約束される”わけではない。


これは能力の明確な制約だった。


マリアが近づいてくる。


「レオン様、何か気になることが?」


「いや。少し確認をしていただけだ」

レオンは淡々と言った。


「俺の力は、原因と改善を示すだけだ。

 結果を保証してはくれない。

 そこだけは理解しておきたい」


マリアは少し目を丸くした。


「……そういうものなのですね。

 でも、それで十分です。

 “何をすればいいか分かる”だけで、私たちは動けます」


言われてみればその通りだった。

この村の人々は、誰も改善の方向を知らなかった。

正しい順番が分からず、無駄を積み重ね、諦めていた。


原因と改善が分かるだけで、

人は動き、村は回る。


それを昨日の作業が証明している。



山道へ向かう一行が歩き出す前に、

レオンは三人の顔を見た。


ドラン。

マリア。

そして古株の兵士アズベル。


この三人が、序盤の立て直しの軸になる。


『役割適性:

 ドラン=地域知識

 マリア=調整と情報伝達

 アズベル=安全と兵の統率』


視界の淡い文字が、自然に理由を補足してくる。


つまり——

レオンが“全体の優先順位”を決め、

三人が“現場運用”を支える形が最適なのだ。


レオンは短く言った。


「今日から三人の役割を明確にする。

 ドランは地形と村の知識を生かし、道と作業場所の把握を。

 マリアは村人の調整と連絡を。

 アズベルは警戒と兵の動きを統率する」


三人は素直にうなずいた。

反発はない。

むしろ、各々が「ようやく役割が定まった」と感じているようだった。



二箇所目の倒木現場に到着すると、

昨日よりも多くの村人がすでに待機していた。


鍬を持ち、縄を持ち、斧を持つ者もいる。


レオンは全員を見渡して、簡潔に告げた。


「今日の仕事は倒木の切断と撤去だ。

 無理はさせない。

 だが——全員でやれば一日で終わる」


「おう!」

「任せろ!」

「昨日の流れ、見てきたからな!」


声が揃い始めていた。


すでに、空気が昨日とは違う。


視界に薄い文字が浮かぶ。


『領民感情:期待 → 行動意欲』


——変わり始めた。


水が流れ、人が動き、空気が変わる。

構造が変われば、領地は回る。


レオンは倒木へ歩み寄り、

最初の号令をかけた。


「始めるぞ。

 今日でここは片付ける」


その声に、人々の力強い返答が返る。


そして、再建の二日目が本格的に始まった。

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