騎士団の視線が集まる先

――騎士団の訓練場は、朝の冷気に包まれ、張りつめた気配をまとっていた。


木陰の来賓席には、すでに貴族やその令嬢たちが並び、小声のさざめきと香の匂いが淡く漂っている。私とサラサも案内され、その一角に腰を下ろした。


「ねえサラサ、なんだかいろんなところから視線を感じるのだけれど…」

「アリア様は相当鈍くていらっしゃるから、たまには殿方の視線を感じるのもいいことですわ」


倒れて以来、だいぶ気安くなったサラサがなんだかわけのわからないことを言っているけど、私はそんなに鈍いわけではありませんよ。どうせ「水晶球を壊した怪力令嬢」「魔力のない無能な義妹」を一目見ようという野次馬たちの視線でしょう。ちゃんと、わかってますからね!



――エルヴィンが総長を務める公爵家騎士団ブラン・グラキアを訪問することが決まったのは、数日前のことだ。


魔力を隠すよう命じられてから、エルヴィンの過保護はますますひどくなっていた。屋敷から一歩外へ出ようとするとエルヴィンがどこかからか飛んできて「外には悪い虫がいるかもしれない」とすぐに抱きとめられてしまうし、お庭で白薔薇のお世話をしようとすると「棘がおまえの美しい指を傷つけてしまわないかと心配だ」と止められるし……しょうがないから読書でも、と公爵家図書館に行くと「何か手伝えることはないか?」と飼い主を見る犬のような瞳で見つめてくる。


ついに限界がきて、「どこかにお出かけさせてください!」と直談判したところ、義兄の目の届く範囲でならということで、騎士団の模擬訓練を見に行くことになったというわけだ。


いざ出かける当日の朝になってもエルヴィンは「そのドレスは肌が見えすぎる」とか「髪を上げるのは良くない。しかし下ろしていても虫が寄ってきてしまう」とかわけのわからない注文をつけてきて、しまいには「外に出るときは常に外套ケープをかぶっていたほうがいい」と言い出した。


あのときはさすがのサラサも怒って、エルヴィンを部屋から追い出しちゃったのよね。その後、サラサは血走った目で「エルヴィン様が気を失われるような、目も見張る美女にしてさしあげますからねっ!」と言ってお化粧、ドレス、髪型、すべてを完璧に仕上げてくれたのだった。


――家を出るまでの苦労に思いをはせていると、どこからか星笛ホーンが鳴り響き、騎士たちが入場してきた。


来賓席にいる令嬢たちから、かすかなため息が聞こえる。

今日は、騎士団の中でも若き精鋭が集められていると聞く。公爵はもとより、国内外の賓客の前にはべることもあるのだろう。腕だけでなく家柄や見目の麗しさも考慮して選ばれているのでは、と思わせる美丈夫たちがそろっていた。


――その中に、ひときわ目をひく美貌が一人。エルヴィンだ。


帝国でも希少とされる紫紺のマントの下には、アザル家の家彩カラーである紫の騎士服が覗く。黒革の手袋に、腰には長剣と短剣。胸元には、精緻な銀細工でかたどられた氷花が飾られ、中心に嵌め込まれた深碧のエメラルドがするどい光を放っている。高い魔力量を示す濃い紫の髪は、薄紫の組み紐でひとつに束ねられ、何とも言えない色気を醸し出していた。


しかし、その身にまとう雰囲気があまりにも怜悧なのに驚く。


――氷刃公ひょうじんこう


そう呼ばれる理由がようやく分かった気がする。


エルヴィンが黒革の手袋を静かに鳴らして剣を抜く。刃が空気を切っただけで、訓練場の温度が下がった。


「本日の想定は、市壁外の小規模乱戦だ。三人、まとめてかかってこい」

低く澄んだ声が風に乗る。号令も合図もなく、土が一斉に跳ねた。


最初の一撃は早かった。

槍を持った騎士と剣をもった騎士が左右から挟み込み、背後から短剣の騎士が忍び寄る。氷刃公は一歩も退かない。半身を滑らせ、足裏で土をかみ、刃がひとひら回る。白い霜が弧を描いて走り、槍の石突がきいんと鳴って凍りついた。短剣を持つ手首が、触れられてもいないのに力を失う。


氷を乗せた刃が音もたてずに舞う。すべてが、静かに、正確に、終わっていく。

気が付けば騎士たちがみな地に倒れていた。


思わず安堵のため息をつく。良かった。エルヴィンは無事だ。怪我もしてない。完璧な義兄が負けるはずがないとわかっていながら、それでもどこかで心配していた自分がいることに気づく。私は案外、義兄思いらしい。


視界の端で、騎士たちの歓声が泡のように弾けた。


「いつにもまして、強すぎる」

「表情一つ崩さず、三人もの騎士を地に這わせるのか……」

「くそっ…どれだけ鍛錬しても、総長には勝てる気がしない」


模擬訓練を終えたエルヴィンが剣を収め、来賓席に近づいてくるのが見えた。

思わず、私は立ち上がり――気づけば走り出していた。

勢い、エルヴィンの腕の中に倒れこむ格好になる。


「アリア、私の義妹はお転婆と見える」

「申し訳ありません、お義兄様。はやる気持ちが抑えられず。あれが、アザル公爵であるお義兄様にしか使いこなせないといわれる魔力剣義グラキエス・オースですのね。まるで演舞を見ているかのような美しさでしたわ」

「これまで幾度となくこなしてきた模擬訓練ではあるが、お前にそう言われると何か特別素晴らしいことを自分が成し遂げた気になるな。ありがとう、アリア。お前の称賛は私の心に響く」


そう言うと、冷徹な氷刃公は優しく微笑み、手袋をはめた私の手の甲に口づけをした。その瞬間、周囲が息をのむように静まり、次いで歓声とため息が弾けた。


「エルヴィン様、笑ったよな?見たか」

「初めて見た。あんな顔」

「いつもの冷たい表情も素敵ですけれど、あのお顔の破壊力はすさまじいものがありますね」

「一度で良いから、あの方のあんなに熱いまなざしを受けたいものですわ」


うんうん、そうだよね。氷刃公として知られるエルヴィンがこんな柔和な笑顔を見せるなんて、皆さん想像がつきませんよね。でもね、伯爵家ではいつもこんな感じなんですよ!というかこっちがデフォルトなんですよ!お義兄様も今みたいに女性に愛想良くすれば、良い御令嬢と知り合えると思うんだけどなぁ。


どうすれば貴族の令嬢たちに義兄を売り込めるだろうかと考えていると、義兄に抱きすくめられ身動きが取れなくなる。エルヴィンは私をまわりから隠すように自分の外套をかけると、いつもの氷刃公の冷徹な声で告げた。


「模擬訓練は以上だ。午後は対群突破の復習をする」

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