第3話 限界の夜 ― 二つの刃 ―
夜の帳が落ち、訓練場は沈黙していた。
リアンは、ただ立ち尽くしていた。
両手は震え、心は燃え尽きた灰のように空虚だった。
焦燥。
悔しさ。
劣等感。
それらすべてが、渦巻くように胸を締めつける。
セリアの言葉が脳裏をよぎる。
――焦る前に、自分を見つけて。
“自分”とはなんだ。
俺にできることって、なんだ。
彼女のように双剣を振るうことはできない。
だが、ダガーなら、俺にしか扱えない。
この短い刃で、どうすれば“届かない距離”を越えられるのか。
リアンは、自分の腰に下げた鞘を見つめた。
そこには、戦い続けてきた一本のダガー。
その隣に、討伐で得た“もう一本”の予備がある。
静かに手を伸ばし、二本を握った。
刃の感触。重さ。冷たさ。
なぜか、心臓が高鳴った。
「……一本で届かないなら」
息を吸う。
瞳が月明かりを映す。
「――二本で、届かせればいい」
その瞬間、心の奥にあった霧が、わずかに晴れた気がした。
◆
新しい日が始まった。
リアンは、朝から訓練場に立っていた。
両手に一本ずつダガーを握りしめる。
その構えはぎこちなく、腕は不自然に震えていた。
右手が動けば、左が遅れる。
左を出せば、右が止まる。
呼吸のリズムが合わない。
思うように動けない。
セリアのように優雅に振るうことを想像していたが――現実は、惨憺たる有様だった。
斬撃が空を切り、バランスを崩して転ぶ。
砂に手をつき、息を荒げる。
「……っ、ちくしょう……!」
焦燥が再びこみ上げる。
何も変わらない。
二本にしたところで、強くなれるわけじゃない。
頭では分かっている。
だが、心はそれを否定したい。
届かなかった刃の痛みが、胸の奥でまだ燻っている。
セリアに守られたあの日の自分を、二度と繰り返したくなかった。
――それだけだった。
◆
夕暮れ。
リアンは倒れ込むように座り込み、両のダガーを見つめた。
掌は豆だらけで、指先から血が滲んでいる。
息をするたびに肺が焼けるように痛い。
それでも、止められなかった。
止めたら、また置いていかれる気がした。
――焦るな、と言われた。
けれど、焦らなければ、何も掴めない。
「……俺は、英雄になりたいんだ」
その言葉が、自分の声として耳に届いた瞬間、涙が滲んだ。
子供の頃に言った言葉と、同じ響きだった。
ただの憧れ。
けれど、今は違う。
この焦燥の中で生まれた“覚悟”だった。
◆
夜。
訓練場の砂に、二本の軌跡が残っていた。
まだ不揃いで、まだ荒い。
だが確かに、そこには“新しい道”の形があった。
セリアが見たら笑うかもしれない。
それでもいい。
笑われても構わない。
届かないなら、もがいてでも届かせる。
そのための“二つの刃”だ。
リアンは静かに立ち上がり、二本のダガーを握り直した。
焦燥の果てでようやく見つけた、“自分だけの戦い方”。
それが、まだ未完成であろうと――
彼の運命は、確かに動き始めていた。
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