第3話 限界の夜 ― 二つの刃 ―

夜の帳が落ち、訓練場は沈黙していた。

 リアンは、ただ立ち尽くしていた。

 両手は震え、心は燃え尽きた灰のように空虚だった。


 焦燥。

 悔しさ。

 劣等感。

 それらすべてが、渦巻くように胸を締めつける。


 セリアの言葉が脳裏をよぎる。

 ――焦る前に、自分を見つけて。


 “自分”とはなんだ。

 俺にできることって、なんだ。

 彼女のように双剣を振るうことはできない。

 だが、ダガーなら、俺にしか扱えない。

 この短い刃で、どうすれば“届かない距離”を越えられるのか。


 リアンは、自分の腰に下げた鞘を見つめた。

 そこには、戦い続けてきた一本のダガー。

 その隣に、討伐で得た“もう一本”の予備がある。


 静かに手を伸ばし、二本を握った。

 刃の感触。重さ。冷たさ。

 なぜか、心臓が高鳴った。


「……一本で届かないなら」


 息を吸う。

 瞳が月明かりを映す。


「――二本で、届かせればいい」


 その瞬間、心の奥にあった霧が、わずかに晴れた気がした。



 新しい日が始まった。

 リアンは、朝から訓練場に立っていた。

 両手に一本ずつダガーを握りしめる。

 その構えはぎこちなく、腕は不自然に震えていた。


 右手が動けば、左が遅れる。

 左を出せば、右が止まる。

 呼吸のリズムが合わない。

 思うように動けない。


 セリアのように優雅に振るうことを想像していたが――現実は、惨憺たる有様だった。


 斬撃が空を切り、バランスを崩して転ぶ。

 砂に手をつき、息を荒げる。


「……っ、ちくしょう……!」


 焦燥が再びこみ上げる。

 何も変わらない。

 二本にしたところで、強くなれるわけじゃない。


 頭では分かっている。

 だが、心はそれを否定したい。


 届かなかった刃の痛みが、胸の奥でまだ燻っている。

 セリアに守られたあの日の自分を、二度と繰り返したくなかった。


 ――それだけだった。



 夕暮れ。

 リアンは倒れ込むように座り込み、両のダガーを見つめた。


 掌は豆だらけで、指先から血が滲んでいる。

 息をするたびに肺が焼けるように痛い。


 それでも、止められなかった。

 止めたら、また置いていかれる気がした。


 ――焦るな、と言われた。

 けれど、焦らなければ、何も掴めない。


「……俺は、英雄になりたいんだ」


 その言葉が、自分の声として耳に届いた瞬間、涙が滲んだ。

 子供の頃に言った言葉と、同じ響きだった。

 ただの憧れ。

 けれど、今は違う。


 この焦燥の中で生まれた“覚悟”だった。



 夜。

 訓練場の砂に、二本の軌跡が残っていた。

 まだ不揃いで、まだ荒い。

 だが確かに、そこには“新しい道”の形があった。


 セリアが見たら笑うかもしれない。

 それでもいい。

 笑われても構わない。


 届かないなら、もがいてでも届かせる。

 そのための“二つの刃”だ。


 リアンは静かに立ち上がり、二本のダガーを握り直した。

 焦燥の果てでようやく見つけた、“自分だけの戦い方”。


 それが、まだ未完成であろうと――

 彼の運命は、確かに動き始めていた。

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