憧れだけじゃ届かない――それでも俺は英雄を目指す

海鳴 雫

森喰らう心臓(ハート)

第1話 憧れと現実の狭間で

英雄になりたい。

 それは子どもの頃から、俺――リアン・クロードがずっと口にしてきた夢だ。


 きっかけなんて、単純なものだった。

 村を救った英雄の姿を見たあの日。

 焼け落ちる家々の前で、彼は立っていた。

 誰よりも勇敢で、誰よりも美しくて、そして……誰よりも、遠い存在だった。


 だから俺は思ったんだ。

 「いつか、あんな英雄になる」って。



 十五歳になった今、俺は小さなルディアの冒険者ギルドに所属している。

 得意武器はダガー。

 小さくて扱いやすいが、威力も射程も中途半端。

 仲間からは「器用貧乏」なんて呼ばれる。


 それでも俺は、信じていた。

 ――努力すれば、英雄にだってなれる。


 そんな俺に、初めて“チャンス”が訪れた。


「ボス個体ブラッド・ウルフの討伐依頼。……リアン、行けるか?」


 ギルド長の言葉に、思わず拳を握った。

 夢の入口が、ようやく目の前に開かれた気がした。



 森の奥、濃い霧の中で、獣の唸りが響いた。

 全身に黒い毛をまとい、血のような赤い眼を光らせる狼――ブラッド・ウルフ。

 ボス個体と呼ばれるだけあって、気配だけで全身が凍りつく。


「……やれる。俺なら、やれる」


 震える声で自分に言い聞かせた。

 ダガーを構え、駆け出す。

 だが、一撃目で悟る。――届かない。


 速い。硬い。

 刃が弾かれるたびに、腕が痺れた。

 跳ね返され、地面に叩きつけられる。

 息が、吸えない。

 視界がぐらりと揺れる。


 ――英雄どころか、生きて帰れないかもしれない。


 絶望が喉を塞いだ、その瞬間。


「リアンッ!!」


 銀の閃光が闇を裂いた。

 双剣が唸り、狼の体を貫く。

 刃が交差するたびに、火花が咲く。


 その背中を、俺は見上げた。


「セリア……」


 俺の幼馴染、セリア・ルーミエル。

 年上で、強くて、美しくて、俺がいつも追いかけてきた人。


 彼女の双剣が最後の一撃を放ち、ブラッド・ウルフが崩れ落ちる。


「……また無茶したね」

 そう言って笑う彼女の顔を見て、胸の奥が焼けるように熱くなった。


 助けられた安堵よりも、

 守られる悔しさの方が、ずっと強かった。



 夜。

 ギルド裏の訓練場。

 俺はひとり、月明かりの下でダガーを振っていた。


 何度も、何度も。

 手が痛み、血が滲んでも、止められなかった。


 振って、振って、振って――何も変わらない。


 「どうすれば……強くなれるんだ……?」


 誰もいない空間で呟いた声が、虚しく響いた。

 セリアのように速くなれたら。

 セリアのように強くなれたら。

 あのとき、俺が彼女を守れたのだろうか。


 悔しさと情けなさが混ざって、喉が詰まる。

 英雄を夢見た少年は、現実の壁の前で立ち尽くしていた。


 それでも、諦めるわけにはいかない。


 ――俺は、英雄になりたいんだ。

 あの背中を、追いかけたいんだ。


 その夜、初めて「強くなりたい」と本気で願った。

 そして、それが俺の苦悩の一日目となった。

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