第9話 白の魔女
「放浪の魔女……に似てるけど違うねぇ。何者だい?」
私を空中で捕まえた人は軽やかな身のこなしで地面に降り立った。谷の魔女を無視して私を地面に立たせる
「助けが遅れてしまい申し訳ありません」
「……何で私を助けてくれたの?」
「それは勿論……」
女が何かを言おうとして口を閉ざす。再び口を開いて何かを言ったけれど、吹き荒れる風のせいで私の耳には届かなかった。
「誰だか知らないけど、アタシを無視するとは良い度胸だねぇ」
谷の魔女が竜巻に乗ってこちらに迫ってくる。また吹き飛ばされるのかと体を縮こまらせたけれど、女は顔色一つ変えずに竜巻を見据えた。片手で私を抱き寄せ、もう片方の手を前にかざす。すると、半透明の板が薄く広がった。
竜巻と板がぶつかる。よろめいたのは谷の魔女の方だった。板には傷一つなく、光を反射して不思議な色合いをしている。結界に似ているけれど別物だろうか。
谷の魔女がぎょっと目を見開いた。
「光魔法……お目にかかるのはいつ振りかねぇ。アタシの風を受け止めるとは大したもんだよ。アタシは谷の魔女、アンタは?」
「わたくしにまだ二つ名はありません。ですが、かの賢者は一度だけわたくしをこう呼びました」
――白の魔女と。
魔女の象徴である黒とは正反対の色。その名前にどのような意味があるのか私にはわからないけれど、谷の魔女は息を呑んで女――白の魔女を凝視した。その目は驚きから疑いの色に変わる。
「アンタは魔女だって言うんかい? 最後の世代より気配が薄いじゃないか」
「はい、これもわたくしが『白』であるからでしょう」
「光魔法の使い手で『白』を名乗れる魔女は、この世でたった一人だけさ。それでも撤回しないなら、アタシに『白』である証を見せな」
「手合わせということですね、受けて立ちます」
白の魔女が
「ソフィア、下がってください」
「誰?」
こちらを見て言っているのだから私で間違いないのだろうけれど、若干違う。そもそも、白の魔女に名前を明かしたことがあっただろうか。
「さぁ、白の魔女ならこれを防いでみなよ!」
谷の魔女が掲げていた手を振り下ろすと、巨大な風の渦が周囲の木々をなぎ倒しながら近づいてきた。
「光の壁展開、風が弱いところを探します」
白の魔女が渦から目を離さずに小さく呟く。細剣を握る手に力がこもる。
「そこです」
白の魔女の魔力が瞬間的に膨れ上がったかと思うと、突然姿を消した。
「っ! いつの間に――!」
ヴェラットの声がして私は振り返り、彼の視線を追う。白の魔女が細剣を谷の魔女の喉元に突きつけているのが見えた。風の渦が消失する。
「……参ったよ。本当に『白』なんだね?」
「はい、そう言ったではありませんか」
「その子に手を出したらアンタが現れるってわけか。なら手に入れるのは諦めるよ。……ヴェラット、結界を消しな」
ヴェラットが剣の柄から手を離すと、山頂を囲っていた結界が姿を消した。エマとカイとレオの三人がかりでルドルフを押さえて正気を取り戻すよう訴えかけているけれど、ルドルフは吠えて暴れるだけだ。局所的な風が吹くと三人は尻餅をついて、ルドルフは空高く運ばれていった。
「わっ、なんだよこの風! このっ、アニキを返せ!」
「どうしてルドルフだけ空を飛んでるの!?」
「これはもしや魔法? ……ソフィ、無事かい!?」
「あっ、変な壁なくなってる!」
必死に手を伸ばすレオだけれど、ルドルフはどんどん離れていく。やがて同じく風に乗って空を飛んでいる谷の魔女の隣で静止した。
「リーダー……ルドルフを返して」
「何言ってるんだい? こいつは元々アタシのもんさ。一時的にアンタに貸してやったけど、足を怪我したからもう必要ないよねぇ?」
「そんなことない!」
ルドルフは大剣を振り回す攻撃力も凄まじいけれど、山で育ったからか五感が優れていて魔物の気配にいち早く気づくのだ。攻撃も索敵も私の上を行く。彼がいなければパーティーがまとまらないし、なくてはならない存在なのだ。
「白の魔女、ルドルフを取り戻して! 私達の大切な仲間!」
「……残念ですが、それはできません」
「どうして!」
「彼は谷の魔女の支配下にあります。彼女の命令に逆らえず、帰れと言われればあなた達の元を去り、殺せと言われればあなた達を攻撃するでしょう。支配を解く方法も見つかってません。今は見送る他ないのです」
悔しそうに谷の魔女とルドルフを見上げる白の魔女からは無念さが伝わってきて、私はこれ以上何かを要求することはできなかった。
「じゃあね、白の魔女、ソフィ」
風が高速に渦を巻き、思わず手て顔を覆い背ける。風が収まったとき、ルドルフと谷の魔女はどこにもいなかった。
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