第2話 海へ行こう
「ねぇ、みんな! 一緒に海に行こうよ!」
エマの突然の誘いに、私は思わず足を止めた。
「何の話?」
「遠征の話! 今までルドルフに頼ってばかりだったでしょ? ルドルフがいつ戻って来てもいいように、強くなりたいの」
「それと海がどう繋がるの?」
「こことは環境が異なるから、知らない魔物と戦えて経験になるかなって」
私達「狼の集い」が拠点とする王都は、内陸に位置する。海に行こうと思えば一月はかかるだろう。王都近郊に出没しない魔物がいるのも事実だ。
けれど、キラキラとしたエマの瞳は強くなることが目的でないのを告げていた。
「海が見たいだけじゃないの?」
「うっ、それもあるけど……それに、海が見たいのはソフィも同じでしょ?」
「否定はしない」
海を一度も見たことがないから、いつかは見たいと思っている。けれど、今すべきことだろうか。
「この部屋はどうするの? もしかしたらリーダーが帰ってくるかもしれないし」
「狼の集いは遠征に行ってるってギルドに伝言を頼めば大丈夫だよ、多分! 部屋は解約かなぁ。ま、そこら辺はカイがやってくれるでしょ」
パーティーの資金を管理しているのはカイだ。彼に目を向けると、既に諦めたような顔をしていた。
「ソフィ、エマは一度決めたら意見を曲げることはないよ」
「知ってる」
「旅費は少ないけど、依頼をこなしながら海を目指せば問題ないかな。……それでエマ、海が目的地なのはわかったけど、具体的にどこを目指すんだい?」
「南! 海が綺麗って聞いたの!」
「……それのどこが具体的なのかな?」
元気よく答えたエマに、カイは苦笑する。南に突き進んでも高い山にぶつかるだけだろう。山を越えた先には海が広がっていると聞くけれど、その山は危険な魔物が生息しているらしく入山禁止になっている。
「……まぁ、あそこならエマも喜ぶかな」
脳内地図で山にぶち当たった私と違って、カイは目的地が浮かんだようだ。
「じゃあ、南に徒歩三日以内で行ける護衛依頼を探そうか」
「おっしゃ!」
「はーい!」
待ってました、と言わんばかりに勢いよく部屋を出ていくレオとエマ。急ぐ必要はないので、私とカイはのんびりその後を追った。
南広場に隣接する冒険者ギルドは、依頼を受ける冒険者でごった返している。依頼札のかけられた掲示板の前に行くのも一苦労だ。
「遅いよ、カイ、ソフィ。護衛依頼を見つけたんだけど、どっちがいい?」
エマに手渡された二枚の依頼札を見て、カイは首を振った。
「どっちも受けないよ。北の山岳都市『ロンベルク』と東の城塞都市『グレンブルク』だからね。どちらも南から遠ざかってしまうよ」
「そんな……他にないかな?」
「護衛依頼は数が少ないから、もう取られてしまったかもしれないね」
「うぅ」
二人の会話を聞き流しつつ、私も掲示板に目を向ける。出遅れたこともあって、ほとんどが討伐依頼のようだ。一つだけ護衛依頼が残っているのを見つけて、背伸びして取る。方角も問題なさそうだ。
「カイ、これは?」
「……レヴィンへの護衛依頼か。報酬も申し分ない。よく見つけたね、ソフィ」
「レヴィン? 聞いたことないなぁ」
「王都から一番近い男爵領の街だよ。ここから二、三日程度かな」
受付で依頼札を見せて、旅の準備に一日を費やし英気を養う。私達は指定された門の前に行くと、二十代の男と荷車を引くロバがいた。
「よぅ、俺はアルバン。お前達が護衛依頼を引き受けた『狼の集い』か?」
「はい。初めまして、リーダーのカイです」
ルドルフがいなくなった後のリーダー決めは一悶着があったけれど、誰もやりたがる人がいなかったので多数決でカイに決まった。
「やけに丁寧な口調だな。良いところの坊っちゃんか?」
「いえ、孤児院出身です」
「孤児院で教わった……のか?」
学のない荒くれが多い冒険者に敬語を使える人は少ない。「狼の集い」でも使えるのはカイだけだ。孤児院で教わったのならエマとルドルフも使えるはずだけれど、敬語を習ったことはないらしい。カイが敬語を話せる理由は謎に包まれているけれど、過去に不用意に踏み込まないのが「狼の集い」の決まり。向こうから話すのを待つだけだ。
――きっと僕の記憶は自分の意思で消したんだよ。エマに出会う前の自分は必要ないから。
失った記憶についてどう思うか、前に一度尋ねたのを思い出す。お互い記憶の一部が欠如しているけれど、カイは記憶を取り戻すことに否定的だ。
「ところで、狼に似た奴はいないのか?」
「それは……」
アルバンの唐突な問いかけにカイは言葉を詰まらせる。その後ろからエマが抱きついた。
「その人は今休業中だよ。ちょっと大きな怪我をしちゃってね」
「そうだったのか。戻って来れそうか?」
「いつでもあたし達は待ってるよ! でも、難しいのかなぁ」
「そうか……つらいこと聞いて悪かったな」
「気にしないで! 冒険者だとよくある話だから」
エマの機転にカイは感謝を述べることなく顔を赤くしたままだった。
「え、エマ。そろそろ離れてくれないかな」
「あ、ごめんね!」
エマがカイを解放する。これほどわかりやすいのに、なぜ気づかないのだろうか。
「準備もできたことだし、出発するか」
「おぅ!」
「はーい!」
荷車の四方に布陣し、王都の南門をゆっくりと通過する。私達の海を目指す旅は始まったばかりだ。
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